13-EX01 オークションに行こう

 エルフィード王宮での新年祭が終わった後の事である。

 アリシア達は王宮で集まり、少しだけ話す事になった。

 そしてその中で出た話題が――

「そうだアレク殿下、化粧液をオークションにかけてみてもいいでしょうか?」

 そう言いだしたのはネージュだった。

「ふむ⋯⋯市場調査の為にか?」

「はい、その通りです」

 その話題について行けないアリシアは疑問を問う。

「オークションって何ですか?」

「ここでのオークションは、新年の初めにおこなわれる競売ね」

 そうフィリスが解説する。

「競売ってだんだん値段が上がっていくあれ?」

「そうだアリシア殿」

 アリシアは本で読んだ知識と違わないか訊ね、アレクが答えた。

「要するにオークションにかけてみて『プリマヴェーラ』の化粧液がどのくらいの値段になるか、調査しておきたいのです」

「それを一般の販売価格の指標にすると言う訳だ」

「⋯⋯なるほど」

 ようやくアリシアにも理解できた。

 確かに今まで無かった物に、いきなり値段を決めろと言われても難しい⋯⋯普段アリシアがよく困る事だった。

 おかげでアリシアが創る物は全て、アレクに値付けをしてもらっているというのが現状だった。

「オークションか⋯⋯面白そうだね」

 どうやらアリシアが興味を持ったことが一同にも伝わった。

「ふむ⋯⋯ならアリシア殿も何か出品してみるか?」

「いいんですか?」

「出来れば薬なんかの、使ったら無くなる物が好ましいが」

「ではエリクサーやユニコーンの雫なんかで」

 エリクサーは怪我や魔力の回復薬で、ユニコーンの雫はあらゆる呪いや病気を治せる万能薬だった。

「ユニコーンの雫も作れたのか⋯⋯」

「そういえば、今まで使う機会はなかったですね」

 アリシアにとっては自分では治せない病気の治療の為に必須の薬であったが、これまで使う機会はなかったのだ。

「そうだな、その二つも現状でどのくらいの値が付くか見ておくか⋯⋯アリシア殿、とりあえず五つずつ王家からの出品という事にしておこうと思うが?」

 そうアレクの方からアリシアに相談を持ち掛ける。

「いいですよ、それで」

 とくに深く考えることなくアリシアは安請け合いをした。

 それがアリシアにとって面倒のない良い方法なのだろうと信頼しているからだった。


 そんな会話があった数日後、王都エルメニアにある講堂にてオークションが行われる事になった。

 今回オークションに参加するのは、アリシア、フィリス、ルミナス、ミルファのいつもの四人にネージュを加えた五人だった。

「オークションか⋯⋯楽しみだね」

 始めての体験にアリシアは心躍っていた。

 ようするに物語でたまにあるイベントを実際に見るのが楽しみという事だった。

「ええそうね⋯⋯でも奴隷や密輸品のブラックマーケットじゃないからね、これは」

 一応念のために釘を刺すフィリスだった。

「無いのか⋯⋯残念」

 アリシアは一体何を期待していたのだろうか⋯⋯


 会場に入ると五人は仮面を渡され、それを被る⋯⋯

 ネージュにはそれが当たり前で、アリシア達はノリノリで楽しみながら仮面を着ける。

 一方ミルファは何故そんな仮面を着けるのか理由がわからなかった。

「どうしてこんな仮面を?」

「それはねミルファちゃん、このオークションに出品される物の出品者や購入者は曖昧にする、という配慮だかなの」

「私たち上に立つ者は年末年始にかけて多くの贈り物をあげたり貰ったりするけど、全部手元に置いておきたい物とは限らないでしょ? だから年明けにオークションを開いて自分にとっては要らないものを出品して、欲しい誰かが買うのよ」

 そのミルファの疑問にフィリスとルミナスが答える。

「⋯⋯なるほど、だから売る人も買う人も誰かわからない方が後で問題にならない⋯⋯ですか」

「だから物語ではヤバい出品物が出てくるんだね」

 ミルファとアリシアはそういった事情を理解していった。

「まあ現実では全ての出品物はきちんとチャックされていて大丈夫だけどね」

 そうフィリスが説明を締めくくり、その後アリシア達は席に着いてオークションの開始を待つのだった。


 このオークションでは多くの王国貴族たちの持ち込んだ不用品が出品されている。

 その一部は前日のうちに情報が出回っている。

 無論わざとである。

 そうやって集客を呼び掛けているのだった。

 そんな既に出品が事前に知られている商品の中にアリシアの薬や美容液はあったのだ。

 当然それを求める者はこの会場にも来ていた。

「エリクサー⋯⋯なんとしてでも手に入れなければ⋯⋯」

 その貴族の男は年末に、娘が大やけどを負っていたのだった。

 その少し前に婚約も決まって⋯⋯という時の事だった。

 一応適切な治療は施したがこのままでは跡が残り、婚約も破棄になるだろう。

 娘の未来を守る為にその貴族の男は、どうしてもエリクサーを手に入れたかったのだ。

 そんな貴族の男やアリシア達の思いとは関係なくオークションが始まり進んでいく。

「次の商品は、今ちまたで話題の美容液です」

 その説明にアリシア達は――

「あ⋯⋯ネージュの出したやつだ」

「さて⋯⋯どのくらいの値になるのかしら?」

 アリシア達が見守る中『プリマヴェーラ』の美容液の値段は上がっていった。

「ではまず十万Gグリムから――」

「十二万!」

「十五万!」

「二十万!」

 その光景にアリシアは絶句し、ネージュはふむふむといった感じであった。

「ずいぶん値上がりするね」

「まだ一般販売はされて無くて、限られたルートでの試供品しかありませんからね」

 アリシアの質問にネージュはそう答えた。

 今のところの試算では美容液一瓶の原価は、一万Gグリムくらいらしい。

 ネージュが奔走して作りあげた素材の供給路の賜物である。

 そこから制作の技術料や輸送費などがかかり、利益も上乗せするとなると⋯⋯

「やはり通常価格は十万Gグリム辺りが妥当ですね⋯⋯」

 そうネージュは価格を決める。

「はー高いわね⋯⋯」

 ルミナスは呆れてしまう。

「あまり安すぎても、買ってもらえませんから」

 とりあえず今の段階では貴族向けに販売を目指しているところだった。

 貴族というのは高いものを使っているという事が価値であると考えている生き物なのだ。

 いずれは庶民用の廉価版の作成の為の研究も始めたいとは計画されてはいたが、それはまだ先の話である。

 最終的に美容液は三十万前後の値段で全て売れていった。


 そしてアリシアが出品したエリクサーの登場だった。

「百万!」

「二百万!」

 いきなり値段が跳ね上がり、その後も伸び続ける⋯⋯

「⋯⋯すごい勢いだね」

 どこかアリシアは他人事だった。

「まあエリクサーじゃ、しょうがないわね」

「まったくね」

 現在エリクサーを調合可能なのはアリシアしか居ないだろう。

 過去には作れる魔女は沢山いたのだが、そういった出品はもう五十年以上行われていない。

 少し前まで世の中で出回っているエリクサーはそういった昔の物が蔵出しされて、人から人へと転売されていく物がほとんどだったのだ。

 今回のエリクサーは王家からの出品物でアリシアの紋章入りだった。

 アレクとしても今の時代のエリクサーの需要や相場は未知数だったのだ。

「一千万!」

 とうとう値段は大台に乗ってしまった。

 元々古の時代のエリクサーの末端価格は一千万Gグリムくらいが妥当な金額である。

「千二百万!」

 その貴族の男の最後の叫びはあっさりと――

「千五百万!」

 ――上書きされてしまった。

 そしてその貴族の男は席に座った。

 予算を完全に超え諦めたのだった。

 このオークションでは購入意思のある者だけが立って、それ以外は着席してなければならない決まりだった。

 その貴族の男の脱落で別の貴族がそのエリクサーを購入することが決まった。

 その後、四本のエリクサーが出品されたが貴族の男が購入する事は結局できなかったのだ。

 そんなアリシア達のすぐそばでエリクサーを買えずにうなだれ落ち込む男を哀れだと、アリシアは思った。

 ――後でこっそり売ってあげようかな?

 現在のアリシアの収納魔法には、エリクサーはかなりの数が詰まっていたのだった。

 しかしそんなアリシアの意識が吹っ飛ぶ物が出品されていた。

「次の商品は『城下町の白百合姫』の一巻です!」

「えっ!?」

「えっ!?」

 アリシアとフィリスが同時に反応した。

 フィリスはアリシアよりも詳しく現状を認識していた。

『城下町の白百合姫』とはあの伝説の作家ナーロンのデビュー作で、その後も何百と続編が書かれた大人気シリーズだ。

 おまけにナーロンの遺志を継ぐ別作家の物まで合わせたら全エピソードは軽く数千は超える為、その全てを知る人は居ないとまで言われている。

 そんなシリーズの一巻はまさに幻で、どんな内容なのかほとんど誰も知らないのが現状だったのだ。

 かつて帝国で出回った『城下町の白百合姫』は、そのほとんどが焼き討ちされて現存する物はとても少ないのだった。

 その一巻がここにある⋯⋯

 アリシアとフィリスの目の色が変わった。

「百万!」

「二百万!」

 思わずアリシアとフィリスは立ち上がり競売に参加した。

「ちょっとあんた達、落ち着きなさいよ!」

「そうですよ、お二人で争ってどうするのです」

 ルミナスとミルファの声でようやく冷静に戻ったアリシアとフィリスは⋯⋯

「そ⋯⋯そうね」

 その後、アリシアが代表で競り合う事になった。

 そしてその本の値段は果てしなく上がっていく⋯⋯

「一億!」

 アリシアの叫び声が会場に轟く。

「一億と百万!」

 最後までアリシアと競り合う貴族がさらに上乗せした。

「く⋯⋯」

 アリシアは普段一億Gグリムまでしか持ち歩かない、それが裏目に出た瞬間だった。

「アリシア! 五百万までなら貸せるから!」

 そのフィリスの言葉でアリシアは――

「一億と三百万!」

 と、その貴族に抗う。

「一億と五百万!」

 そしてアリシアを絶望へと叩き落とす。

「だめだ⋯⋯負ける⋯⋯そうだ、ルミナスもお金貸して、お年玉貰ったんでしょ!?」

 この時のアリシアは、なりふり構ってはいなかった。

「えっと⋯⋯お年玉は⋯⋯ね」

 そのルミナスの反応から貰えなかったのか、もう使い切ったのかわからないが今は持ち合わせが無いとすぐに察する。

「アリシア様、私今百万だけなら持ってます!」

「わたくしは一千万までなら」

 役立たずのルミナスに代わってミルファとネージュのお金も合わさり、アリシアの戦いは続く。

「一億二千万!」

 その宣言でアリシアの負けが決まった。


 ――え⋯⋯負けるの? もう白百合姫は読めないの?


 そんなアリシアの目が隣の貴族の男に合った。

「エリクサー⋯⋯売ってあげる、今なら十本!」

「はい!?」

 アリシアはその男の有り金を全て奪い、エリクサーを押し付けた。

「一億三千万!」

 アリシアの最後の叫びで、ようやく相手の貴族は諦めたのだった。


 今回のオークションでは最高落札金額となり、ナーロンの伝説がまた一つ増えたと後に語り継がれる事になる出来事になった。


 後日、貴族の男はアリシアから買い取ったエリクサーで娘を完治させて、無事婚姻を済ます事が出来たのだった。

 おまけに余ったエリクサーを売って、財産や人脈まで勝ち取った幸運者になった。


 そして無事本を手に入れたアリシア達は――

 ようやく幻の白百合姫の一話目を読む事が出来たのだった。

 無論アリシアはお城でお金をおろして、みんなにお金を返した後でだ。


 そして読み終わりフィリスは大満足だったがアリシアは⋯⋯

「風車の魔女の出番が少ない⋯⋯」

 そう落胆していた。

「確か本格的に出るようになったのは三話目くらいじゃなかったかしら?」

「確か二話目でリリーと出会って、協力するようになったのは三話目だって聞いた事があるわ」

「残念でしたね、アリシア様」

 そう慰められるのだった。


 その後、二話目三話目を求めてアリシアの新たな探求の戦いが始まるのは、まだ先の事である。

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