12-10 運命の刻
雑談をしていたアリシア達の所にラバンがやって来た。
「今日はよく来てくれた、アリシア殿」
「今夜はお招きありがとう、ラバン王」
そうアリシアは魔女の礼を取る。
そしてそんなアリシア達は、周りの貴族たちから注目を集めていた。
それを確認してラバンはそっと小声でアリシアに囁く。
「アリシア殿、あちらに居るノワール公爵に挨拶してきてくれんか、其方の方からな」
「わかりました?」
アリシアはもともとノワール公爵にも後で挨拶しようと思っていた、いつもネージュに世話になっているので。
しかしこうあらたまって頼まれるのは何か陰謀を感じた。
しかもそれを証明するように隣のフィリスがラバンを非難するような目で見ている。
「お父様それは⋯⋯」
「何なのフィリス?」
フィリスが説明をする。
「⋯⋯アリシア、こういう社交界の場では、基本的に地位の低い者から話しかけてはいけないのよ」
「なら、私が話しかけるのはいいの?」
「今、其方がノワールに話しかければ、其方の地位は公爵と少なくとも同格と周りの者は思うだろうな」
「⋯⋯なぜそんな回りくどい真似を?」
「其方には正式な地位が無いからだ、其方が爵位を貰ってくれればわかりやすくなって楽だったのだが嫌なのだろう? だから周りの貴族たちは其方に話しかけていいのか判断が付かん、しかし今其方の方からノワール公に話しかければ少なくとも子爵以下の貴族はもう話しかけては来んだろうが⋯⋯どうする?」
少しアリシアは考えた。
いずれ社交界にも慣れたアリシアに、周りの貴族が気安く話しかけてくる未来を⋯⋯
確かに面倒だった。
「ありがとうございますラバン王、その心遣いに感謝して行ってきます」
そう言ってアリシアは礼をした後、ノワールの所へと向かった。
「ふう、上手くいったか⋯⋯」
「父上⋯⋯」
「仕方なかろう、余計な面倒事は沢山だからな⋯⋯特に今夜は」
そう言ってラバンはアレク達を見る。
そこにはリオンとネージュに話しかけるアレクの姿があった。
今夜これからアレクは、あの二人と基本的に行動を共にする。
それによってこの二人がアレクの婚約者であると周りに印象付けるのだ。
もちろん今夜は明言はしない。
予定では二か月後のアレクの十九歳の誕生祭での発表になる。
それまでに噂を広めておくのだ、どんな反応があるのか炙り出す為に。
アレクとネージュの婚姻は、おそらくほとんど反発は無いだろう。
しかしリオンとの婚姻は最終的に認められはするが、かなり非難されるはずだとラバンは読んでいる。
だがアレクはその二人を娶ると決意した。
その結果がどうなるのか、どんな反応があるのかラバンでも読み切ることは困難だった。
今日からの二か月間が勝負だ。
その為今夜はアリシアが原因の余計なトラブルなど決して起きては欲しくなかったのだ、ラバンは。
そしてアリシアの方からノワールに挨拶した事によって、この後ラバンの思惑通りアリシアに話しかけようとする貴族は出てくる事は無かったのだった。
「皆の者、楽に聞いてくれ」
ある程度歓談も終わりに近づいた頃、ラバンの演説が始まった。
「去年の余は不覚を取り欠席した事を詫びよう」
そう去年の今頃のラバンは呪いによって病に伏せていたのだ、のちにアリシアが解いたが。
「今年は色んな事があった、悲しい別れもあった」
それが師の事でもあるとアリシアにはわかった。
「だが新たな出会いもあった」
そう言ってラバンは意味ありげにアリシアやアレク達を見る。
「偉大な先人たちが残したものを我らは護り⋯⋯そして、次に伝えねばならん」
そして周りを見渡したラバンは最後にこう言った。
「来年も素晴らしい年にしよう」
この時のタイミングを見計らって侍女たちがグラスを配り始めた。
そしてタイミングを見計らっていたのはローレルたち、純血派も同じだった。
そうこの瞬間、この乾杯のタイミングこそが彼らの狙いだった。
彼らの計画は当初アレクの暗殺だけのはずだった。
しかし王族から全てのエルフの血を取り除く事に、いつしか計画が肥大していったのだ。
だがその企みには最大の障害がある、それがフィリスだった。
単純な彼女の戦闘能力は侮れない、余程の隙をつかなければ暗殺は困難だという結論になる。
だからこそ最初に狙うのはフィリスだ。
そして残りの王族たちも出来るだけ時間を置かず、素早く始末したい。
その為の計画はこうだ。
乾杯の為無防備になったフィリスを、ローレルが毒を塗った短剣で刺す。
それに気を取られた瞬間に同志たちがアレクとラバンを刺す。
そういう手はずだった。
全ての革命はローレルの手から始まる。
ゆっくりとローレルはフィリスの背後に近づく⋯⋯
だがこの時、ローレルにはまだ迷いがあった。
本当にこんな事をして良いのか?
ただネージュの幸せを願っていたはずなのに、どうしてこうなったのか⋯⋯
最後かもしれない、そう思ってローレルはネージュの方を見た。
見てしまった。
ちょうどその時、
たったそれだけの事だった。
たったそれだけの事がローレルには許せなかった。
やはりアレクにネージュを幸せには出来ない、そうローレルは確信した。
もう迷いはなかった。
気配を消しローレルはフィリスのすぐ後ろに忍び寄る⋯⋯
その時フィリスは
フィリスの肘がすぐ後ろに居たローレルに当たってしまい、フィリスはグラスの中身を溢してしまったのだ。
ざわめきが広がる⋯⋯
しかし一瞬で汚れたフィリスのドレスは元通りになった、アリシアの魔法によって。
この場の貴族たちにとって初めてアリシアが魔法を使う所を目撃し、その御業にため息をつく。
「皆さま、お騒がせして申し訳ございません」
そう言ってフィリスは皆に謝罪した。
そしてすぐ後ろの肘が当たったローレルを振り返り――
「貴方にも失礼しました、ローレル伯爵」
そうフィリス話しかけられたローレルの頭は完全に冷え切っていたのだった。
その後フィリスは新しいグラスを受け取り――
「それでは若者たちの素晴らしい未来に⋯⋯乾杯!」
ラバンの音頭で皆が一斉に乾杯した。
そしてタイミングを逃し冷静に戻ったローレルは見た。
ローレル達の計画は失敗だった。
いや何も起こらなかったのだ、計画の全てが⋯⋯
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