09-08 魔女の懺悔

「どうしようミルファ⋯⋯」

 会議の後自室に戻ったアリシアはミルファと話す。

「どうしようとはネージュ様が王妃になれなくなった事ですか?」

「うん、そう⋯⋯」

 ここへ来る前にミルファはアリシアから、アレクとリオンをくっつける為に出来る事があればやっていくと言われていたため、理解が早かった。

「別によろしいのではないでしょうか?」

「でも⋯⋯私がネージュを王妃になれなくしたんだよ」

「ネージュ様もおっしゃっていましたが、ご自分で責任を取る為に選ばれた事です、アリシア様が仕組まれた事ではありません」

「でもわかってて、それを認めた⋯⋯」

「確かにそうですが気にする必要はないかと⋯⋯もしアレク様とネージュ様が本当に想い合いご結婚されようとするなら何らかの手を打たれるはずです、その時にアリシア様が反対しなければ何の問題にもならないのでは?」

 たしかにミルファの意見はもっともだった。

「確かにそうかもしれない、でも私は人の運命を勝手に変えて⋯⋯最低だ」

 そうアリシアは自虐する。

「⋯⋯アリシア様は、私達にもそんな風に思っていたのですか?」

「⋯⋯え?」

「フィリス様、ルミナス様、それに私は大きく運命が変わりました。 それをアリシア様は悔いていらっしゃるのですか?」

「⋯⋯」

「もしそうだとするなら、気にする必要はありません」

「⋯⋯なんで?」

「フィリス様やルミナス様は元々、自国の為にその身を捧げられたのですから」

 その言葉はアリシアの心を抉るものだった。

「やっぱり迷惑⋯⋯だった?」

「そんな訳ないじゃないですか、あのお二人がただのお役目であんなに楽しそうに出来るはずがありません、お二人にとってもこの関係はかけがえのない物になっています」

「⋯⋯ミルファは、どうなの?」

「確かに私には選択肢はありませんでした。 ただ命じられてアリシア様に差し出されました、しかしそれを私は幸運だと思っています、こうして皆さんと友達になれて⋯⋯アリシア様は知らないでしょうが今更この役目を私から奪おうとする人が結構いるんですよ」

「なにそれ」

 アリシアの心の中で何かがざわつく。

「私はこの役目を⋯⋯いえこの居場所を誰にも譲る気はありません。 戦って守り抜きました、これからもそうするつもりです」

 ミルファの真っすぐな想いがアリシアの心をなだめた。

「じゃあみんなはいいのかな⋯⋯私の友達のままで」

「当然です。 第一、他人の運命を歪めない人間関係なんてありませんよ、教会では懺悔に来る方の対応とかもありますし、誰だって恋をして結婚して自分や誰かの運命を変え続けているんです、それが他人の権利や幸せを奪う事もあります」

「でも、やっぱりやっていい事と悪いことは、あるんじゃないかな」

「⋯⋯アリシア様、教会のシスターの中にはやたらと人に結婚を進めて今まで何組夫婦をまとめたと誇らしげにされる方がいます、なのでアリシア様がやろうとしている事なんてその程度の大したことではないと思います」

「⋯⋯そんな人いるんだ」

「それに私は思うのですが⋯⋯アレク様とネージュ様、お二人が結ばれるのはお二人にとって本当に良い事なのでしょうか?」

「そうなの?」

「私にはアリシア様が推しているリオンさんよりネージュ様との方がよほど政略結婚だと思います、もちろんお二人は王族で貴族なのですから、国益の為に私情を捨てて結婚するのは当然の話ですが」

 ミルファはこれまでのアレクがネージュに対して、リオンの時ほど熱意のこもった眼差しを向けていない事に気づいていた。

「そういえば、そうだね」

 アリシアはそんな微妙な心の機微には気づいてはいないが、リオン以上にネージュとの結婚は政略結婚っぽいという感想には同意だった。

「目の前の気に入った二人がくっつく為に、それとなく気を回すなんてどこにでもあるありふれた事なんです、その結果誰かの恋が破れる時もあります、アリシア様の場合対象が王族だったというだけで」

 結局アリシアには自分が正しいと信じられる根拠はなかった。

 だからこの件はもう深く関わらないと決めた⋯⋯今更になって。

 一方ミルファはこの件には関わらないと決めていたはずなのに、ガッツリ関わってしまったという実感だけが残ったのだった。


 そして翌日、三日目のそして今回最後の会議が始まる。

 とは言っても、もうこの二日間で議論は出尽くして最終確認くらいしか行う事はなかったのだが。

 そして美容液に関してはネージュを中心に今後の方針を探っていくとだけ発表し、今後の聖魔銀会とは関わるかどうかは未定だと宣言した。

 しかし会議には少ないが女性の貴族も参加しており、その関心は高かったのだ。

 だがその様子を見た、ほとんどの男性貴族は下手に関わりたくないと考えていた。

 こうしてネージュは、一躍時の人となった。

 アリシアは美容液の開発には関わるがその組織運営や販売などには関わらないと正式に発表された為、女性たちに囲まれ質問攻めにあう事にはならずに済んだのだがネージュは別だった。

 夜遅くになりネージュはやっと解放されて一人息を突く。

 これからする事は山積みだ。

 組織作り、材料集め、製薬師の募集、販路の開拓や宣伝⋯⋯

 今までの人生で培われた全てを生かせる仕事、アレクの代わりではない自分にしか出来ない仕事、今やっとネージュは自分の人生が始まったのだと実感していた、そして王妃になるなんてことはもう頭の中から消し飛んでいたのだった。

「やはりネックになるのは材料の安定供給ですわね⋯⋯絶対需要が増えるに決まっていますし、供給が止まると暴動になるに決まっていますわ」

 海藻に関しては伝手のない人魚や漁村などにこれから当たるしかない、しかし豚魔獣オークの素材や薬草はゾアマン大樹海という当てがある。

「たしかアレク様が仰るにはリオンさんは今の族長の娘でしたよね⋯⋯力を貸してもらえないかしら」

 こうしてネージュは頭の中で、未来への道を描き始めるのだった。


「――それで、ネージュ様はとて優しい人でした」

「⋯⋯そうか」

 突然アレクが意見を聞きたいからリオンを貸してくれと言って来た時、セレナは止められなかった。

 表向きには王族といちギルドマスターでしかないからだ。

 セレナは心配だった、リオンがアレクやネージュと共に話し合うのが、しかしどうやらリオンとネージュは打ち解けてしまったらしい。

 しかもそのネージュに今後の美容液計画を任せる流れになったという。

 その事業をアレクが直接出来ない事はセレナにも理解できた、しかしネージュが担当する事になるとは思っても見なかったのだ。

 リオンが言うには最終的にはアリシアの後押しの結果らしいがそれが本当なら悪辣だなと感じた、実質これでネージュは王妃への道を脱落したからだ、しかもネージュに望んでさせたという⋯⋯

 ――敵には回すまい⋯⋯

 セレナはそんなアリシアへの勘違いを植え付けられていた。

 そしてセレナはこの美容液の計画が成功するのだという事を、ほぼ確信している⋯⋯いつになるかはわからないが。

 過去にセレナが銀色の髪の魔女と別れる際に色々と貰った物がある、今後の十年間を楽に生きられるようにするための配慮だった。

 リオンに渡したミスリルの弓もその中の一つである。

 そして美容液もあった⋯⋯未だにセレナが若々しい肌を保っているのはそのおかげだ、しかしその在庫ももうじき尽きる、だから一刻も早く手軽に買えるようになって欲しいと思うのだった。


 四日目の朝、昨夜は会議の後の打ち上げのパーティーが行われていたがそれも終わり、今回の参加者はそれぞれ帰路に就く。

 今後は冒険者ギルドや傭兵団などを中心に聖魔銀会の説明が行われ、広まっていく予定だ。

 そしてゆくゆくは普通の民の間にも浸透していくに違いない。

 もしかしたらもうこの時点で聖魔銀会はアリシアの手を離れているのかもしれない。

 しかしまだ何かと問題は起こるに違いないので油断は出来なかった。

 そして魔の森へと帰ったアリシアは知らなかった、ネージュがどれほど有能な令嬢だったのかという事を。

 アリシアとリオンがネージュに呼び出されるのは僅か一週間後の事だったのだ。

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