08-13 森の乙女

 これはまだナロンが一本目の剣を打っていた時の事だ。

 遠くから鉄を打つ音が聞こえて、リオンは目覚めた。

「うー頭が痛い⋯⋯なんでお酒なんか飲むんだろ?」

 昨夜セレナに飲めと言われた一杯目で、リオンは潰れてしまっていたのだった。

 とりあえずリオンはギルドハウスを目指した、セレナに会う為に。

「おはようリオン、昨夜はすまなかったな。 まさかあそこまで酒に弱いとは思っていなくてな」

「いえ⋯⋯大丈夫です」

 とりあえず叱られずに済んで、リオンはホッとする。

「今後お前がアレクの隣に立つならたった一口だけで潰れるようでは困るな、無理をするのもいかんが弱すぎるのも困る、少しずつでいい鍛えろ」

「はい⋯⋯わかりました」

 そう答えながらもリオンは何故セレナが、自分をアレクの隣に立つことを推してくれるのか不思議だった。

「あ⋯⋯あの」

「ん、何だ?」

「どうしてセレナ⋯⋯さんは、私を鍛えようとするのですか?」

「なぜお前とアレクを結びつけようとする理由か?」

「はい⋯⋯反対されないのですか?」

「正直なところ今のお前には不満だ、しかしそれはただヘタレなだけで改善可能だと判断している、しかしお前がいいと思う理由は実に都合がいいからだ」

「都合がいい?」

「ああ、お前は今のエルフの族長の娘だ、順当にいけばお前かその配偶者が次の長候補なのだが⋯⋯お前に任せるのは頼りないと言われているそうじゃないか」

「う⋯⋯」

「そしてエルフと共に発展してきた我が王国も、サンドラ様を迎えてからもう二百年も経っている、そろそろエルフを友ではなく支配すべきではないかという意見も出始めているのだ、王国貴族からな」

「そんなのって!」

「ああ、させる気などない! しかしそういう馬鹿は必ず現れるのだ、だからそろそろ我が王家に嫁ぐエルフが居た方が都合がいいのだ、しかもそれが今の族長の娘だぞ?」

「私がお母様の娘だからですか」

「はっきり言えばそうだ、こんな政略結婚など王族には付き物さ⋯⋯しかし当人がそれを望んでいるなら最高じゃないか」

「⋯⋯あの、私はその⋯⋯アレク様の傍には居たいけど⋯⋯決して妻になりたいとか⋯⋯そんな大それたことは⋯⋯」

 その時セレナは思いっ切り机を叩く、その音にリオンはビビった。

「はっきりしろ! お前はアレクの女になりたいのか? なりたくないのか?」

「はい! アレク様のものになりたいです!」

 反射的にリオンはそう宣言してしまう。

 それを聞きセレナは笑う。

「よし! よく言った、だが今のお前を認める訳にはいかない、だが安心しろ私がこの手でお前を鍛え直し必ずアレクに相応しい女にしてやろう!」

「⋯⋯はい⋯⋯ありがとうございます」

 とりあえずリオンはセレナに嫌われている訳ではないと判断する、しかし恐ろしい人である事には変わりはなかった。


「さてリオン、お前の仕事だがもうじき冒険者たちが魔の森へ向かう、それに同行しろ」

「え⋯⋯やっぱり行くのですか魔の森へ」

「当たり前だろ、何のためにお前をここへ連れてきたと思っている?」

 さっきと言ってる事が違うとリオンは思ったが、もちろん口には出さない。

「それで私は何をすれば⋯⋯」

「普段通りでいい、辺りを警戒し冒険者たちの安全の確保がお前の仕事だ⋯⋯出来るな?」

「じゃあ魔の森の魔獣と戦えってことじゃないんですね」

「別に戦っても構わんが優先すべきはお前を含めた全員の安全だ、戦うのは余裕のある時だけでいい、今はな」

「じゃあ準備してきます」

「ちょっと待て⋯⋯これを持っていけ」

 セレナがリオンに渡したのは銀色の弓だった。

「これミスリルの弓⋯⋯ですか?」

「ああそうだ、それなら使えるだろう?」

「はい使えます、でもこんな貴重なものを」

 エルフの弓と矢は基本的に木製である、しかしいざという時の切り札としてのみミスリルの矢は使われるのだ。

 しかしミスリルの弓はもっと貴重である、今では作れるエルフは居ないのでエルフの宝物庫の中で保管されている物がいくつかあるだけだ。

「昔ある魔女に貰った物の中にこれがあってな、だが私はこういうのは性に合わん、お前なら使えるだろ?」

 リオンは弓を引きながら答える。

「はい、凄くいい弓です、ありがとうセレナさん」

「ならいい、では行ってこい」

 そしてリオンは礼をして退室する。

「セレナさんか⋯⋯なかなか可愛げがある、もしアレクが要らんと言ったらずっとそばに置いておくのも悪くないかもな」

 はたしてリオンに義母と呼んでもらえる日が来るのか、セレナにも今はわからないのだった。


 その後、準備の終わったリオンは二つの冒険者パーティーと共に、魔の森へと向かった。

 ギルドハウスから魔の森までは、馬で約三十分ほどである。

 その魔の森の近くに馬を繋いでおく小さな小屋がある、この一行と同行したアルドが残された馬の面倒を見る事になっている。

「では皆さんお気をつけて」

「ああアルドさん、頼んだぜ」

「帰ったら今夜も一杯やろうぜ!」

 そしてリオンもアルドに礼をしてから、皆と一緒に魔の森へと入った。

「ここが魔の森⋯⋯」

「どうだいリオンちゃん、故郷の森とは違うかい?」

「はいだいぶ違います、ゾアマンの森よりも魔素が濃くて殺気も凄いです」

 殺気という言葉に一同気を引き締める。

「近くに居るのか?」

「いえ⋯⋯、一番近くて七百メートルくらいです、一角兎ホーン・ラビットですね」

 そうリオンはある方向へ指を指す。

「おい、誰か今のわかるか?」

 ザナックの疑問にパーティーメンバー一同、誰も答えない。

「疑う訳じゃないがリオンちゃん、その一角兎ホーン・ラビットまで案内出来るか?」

 そのカインの要請にリオンは事も無げに頷く。

「わかりました、じゃあこっちです付いてきてください」

「そっちはさっき言ったのと違うが?」

「風向きが悪いので⋯⋯こっちからの方がいいと思います」

 そしてリオンの先導の元暫く歩く、そしてリオンは立ち止まる。

「どうした?」

「⋯⋯これ以上この人数で近づくと逃げられそうで⋯⋯ここから撃ってもいいですか?」

「⋯⋯わかったやってくれ」

 そしてリオンはミスリルの弓に木製の矢をつがえる、以前エルフの里で触ったミスリルの弓の感触を思い出しながら調節して矢を解き放つ。

 風を切る短い音の後に、小さなうめき声が聞こえた。

 一同がそこへ近づくと、既に絶命している一角兎ホーン・ラビットが発見された。

「あそこからここまで約二百メートルほどか⋯⋯すげえな」

「いや、それ以上にわかんねえよ、ここにこいつが居るなんて」

 冒険者一同に見つめられリオンは慌てる。

「それほど大したことじゃないですよ、エルフなら」

「ならエルフはすげえんだな、大したものさ」

「もっと自信を持った方がいいぜ、リオンちゃんはさ」

「自信⋯⋯」

 リオンは今の自分はアレクに相応しいとはとても思えなかった、しかしここでセレナの元で自信をつける事が出来れば、真っすぐにアレクを見つめる事が出来るのだろうか?

「よし、これより魔の森の調査狩猟を開始する、だがリオンはたとえ魔獣を発見しても俺たちには教えるな、俺たち自身の感覚を研ぎ澄ませたい、だがあまりにも近くに来ても気づかないようなら教えてくれ」

「はい⋯⋯わかりました」

 セレナは言っていた自分がヘタレじゃなければすぐにでもアレクの傍に立てるのだと、でも今の自分にはそんな覚悟はまだ持てない、でもここで何か自信を身に着ける事が出来たなら⋯⋯

 一見すると無駄な遠回りかもしれない、しかしこの道は確かにアレクまで繋がっているとリオンは信じて歩き出す。


 この日の魔の森の調査狩猟は大成功だった。

 しかしリオンはそれよりも、もっとちっぽけな輝きを手に入れたのだった。

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