06-04 魔女教団の向かう先

 その日の夜遅く帰ってきたミルファと夕食を一緒に取りながらアリシアは、昼間のルミナスの魔術の成功を伝えた。

「そんな事があったんですか⋯⋯あいかわらず凄い人ですね、ルミナス様は」

「ミルファも凄いけどね」

 アリシアにとっては魔術で飛ぶルミナスよりも、魔法へと至ったミルファの事が信じられなかったのだ。

「実感が無いんですよね、魔法で翼を出して飛ぶのって」

「出来る人には当たり前だからね、魔法は」

 元々ミルファは翼を生み出す魔術を使えることを目指していたのだが、それを魔法で叶えてしまったため達成感といったものがほとんどなく、むしろ〝片翼の聖女〟の称号によって得られたものであるというアリシアの推察を聞いて諦めといった感情が大部分を占めていた。

「⋯⋯あのアリシア様お話は変わりますが、今後の予定についてお伝えしておきます」

「何かあるの?」

「はい、申し訳ないのですが⋯⋯今月の二十日に送魂祭が行われる予定です、そしてその日にアリシア様のご挨拶やお集まり頂いた貴族の方々との交流などが予定されております」

「⋯⋯それだけ?」

 そう言いながらもアリシアはもう十分だという気持ちで一杯だったが、それで終わるとも思えなかった。

「⋯⋯いえその予定ですと教会の関係者の方々がアリシア様とお話する時間が取れない為、十日くらいには来て頂きたいとの事です⋯⋯そのすみません」

「ミルファが謝る事じゃないよ⋯⋯でも何を話すの? 挨拶だけでそんなに時間はかからないんじゃないの?」

「そのアリシア様の教団設立に関する事です」

「⋯⋯ああ、あの事か⋯⋯うん、覚えていたよ」

 いかにも面倒そうな問題の為、アリシアが考えない様にしていた事だった。

「送魂祭の後は皆さん速やかにそれぞれの担当地区へ戻らねばならず、この日程でお願いしたいと⋯⋯」

「⋯⋯まあいいか、面倒事は先に済ませておきたいし、それアレク様も来てもらった方がいいのかな?」

「その予定のはずです、既に連絡したと言っておられましたから」

 どうやら各国へ配った通信魔法具は役立っているようだと、アリシアは思った。

「日程を考えると明日か明後日にでもアレク様は国を出るのかな? 後でフィリスに聞いてみよう」

 エルフィード王国首都エルメニアからローシャの大聖堂までは大体五日あれば着く、帝国とは違って高低差がほとんどないため馬車の速度が速いためである。


 次の日アリシアはアレクに会いにエルフィード城にやってきた、昨夜の内にフィリスに会いに行くからと言付けをしていたためスムーズに面会できた。

「おはよう、アリシア殿」

「おはようございます、アレク様」

 そして二人の打ち合わせが始まる。

 まずアレクとその補佐官は明日出発する予定だった、しかし当日はアリシアも現地で会う為転移魔法での移動を依頼されたとしても大した手間では無いためアリシアはその依頼を承諾した、その為もう少し遅らせてもよくなり日程に余裕が出来たアレクは喜んだ。

 なおラバンを始めとした本隊の移動はそれ自体が儀式的な側面もあるため、予定通りの日程での馬車の移動のままである。

 なのでここからはアリシアとアレクの、意見のすり合わせになっていく。

「まずアリシア殿は、銀の魔女教団の設立に賛成でいいんだな?」

「正直言って面倒なので無くていいのですが、私は師の森の魔女教団には今後も続いて欲しいと考えています、別にそれで誰かが助かろうが困ろうがどうでもいいけど、師の名が残る事自体が嬉しい事ですので、それなのに私の教団は作りたくないというのは筋が通らないのでは、と」

「なるほど、よくわかった」

 アレクは基本的にはアリシアは銀の魔女教団の設立を望んではいないのだと理解する、しかし作らなくてはならない以上それがアリシアの負担にならないよう配慮した形を目指さなければならない。

「あのアレク様、教団の本部というか本拠地は魔の森になるのですか?」

「ああその事か、本拠地すなわち聖堂が作られるところはおそらく魔の森周辺にはならないだろう、危険な僻地だし信者の参拝には不向きすぎるからな」

「では師の教団本部はどこなのですか?」

「それならここ首都エルメニアだ、おそらくアリシア殿の本拠地もそうなるだろう」

 しかしアリシアはその答えを聞き考え込む。

「何か気になるのか?」

「いえ、この魔女教って別に複数同時に入信してもいいんですよね?」

「もちろんだ、現に私だっていくつか同時に在籍している」

「でもお布施とかの関係で、こっちに入ったらこっちは抜けるなんて人、居ますよね?」

「まあ多少は居るだろうな」

 アレクは嫌な予感がしてきた。

「アレク様、以前仰ってましたよね師の教団はこの国では一番だと、だからそれを私の教団が邪魔する事はあってはならない」

「⋯⋯つまり何が言いたい?」

「私の教団の本拠地、他国にしませんか?」

 これにはアレクも頭を抱えた、そして自分の一存では答えられないと判断する。

「すまないアリシア殿、その事は父と相談させてくれ⋯⋯」

「ええ構いませんよ」

 その後アリシアは自分が森の魔女教団に入信する手続きをアレクに依頼して、今日の面会はお開きとなった。


「――との事です父上」

「⋯⋯そうか、いじらしいものだなアリシア殿は」

 ラバンが表面上は繕っているが困っているのはアレクにもよくわかった、何せ自分も同じだからだ。

「いかがしましょう父上」

「まずお前の考えを聞こう」

 しばらくアレクは考えてから答える。

「完全に営利目的と割り切るなら悪くないかと、何せ二つの教団が潰しあい利益を奪い合う事は目に見えていますし、他国に本拠地を構えるのならそれはほぼ無くなりますから」

「ふむ、そうだな」

「問題は心象ですね、この事で我がエルフィード王国とアリシア殿が不仲なのではないかと、風説が広まるのは止めようがないかと」

「その通りだな」

 つまりはどうやってアリシア殿を説得して思いとどまらせるか、そうラバンは考え始めた、しかし――

「なぜアリシア殿が他国に自分の教団の本拠地を持つのか、国民が納得のいく理由を考え用意せねばなりません」

 どうやらアレクはアリシアの考えに賛同したいと考えているようだと、ラバンは気づく。

 ラバンとアレクどちらの考えが正しいか、どちらがより利益があるのか現時点では不透明で見立てが立たない、ならいっそこれからのアレクとアリシアの友好関係の強化と割り切るのは悪くないかもしれない。

「よしアレク、アリシア殿の希望に沿ったそしてこの国に致命的な不利益を被らない形で、お前が考え実行しろ」

「よろしいのですか、父上?」

「大っぴらには言えんが、この国はもう魔女の庇護下から脱却すべき時に来ておるのだ、心の支えは森の魔女教団だけでいいだろう」

「わかりました父上、アリシア殿と納得のいく形を模索したいと思います」

「頼んだぞアレク⋯⋯これからのこの国を」


 次の日アリシアとアレクは再び教団の事について話し合う。

「父上からの許可は出た、今後の予定はアリシア殿の意見を尊重したものにする」

「では本当に他国に作るんですか?」

 昨日アリシアはああ言ったがさすがに不味かったと思い直していたのだった。

「他国に教団本部を作りその結果この国とアリシア殿が不仲だからなどという噂が立たないような、何かもっともらしい理由が欲しい」

「理由ですか⋯⋯」

 アリシアは考える、そもそも師の教団の勢力を削ぎたくないというのは、非常に身勝手で傲慢な考えだと思う、それを表に出さずに別の理由を何か用意しなくてはならないと。

 ふとアリシアは帝国皇室が海で遊びたいがためだけに、他国の土地を買っている事を思い出した。

「例えば海が好きだから、そこの土地を選んだとかはいいのでしょうか?」

「少し弱いな⋯⋯海なら王国にもあるからだ」

 またアリシアは考え込む、自分にとって何か大切で欲しいと思えるようなものを探す。

 しかし見つからない、だからアリシアは思った自分は今満たされているのだと、だったら――

「ならアレク様この国にとって私の教団がどこにあれば都合がいいですか?」

「なに?」

 それはアレクにとって意外な申し出だったからだ、魔女は基本施しはしない対価なく行動はしないのだ。

 だから無条件でこの国の利益になるように計らうという発想がアリシアから出てきた事が信じられなかった。

 しかし、アリシアは自分が言葉には出来ない大きなものを受け取っている、という実感があったのだ。

「⋯⋯本当にそれでいいのなら、アクエリア共和国のどこかだな」

 アレクの考えでは帝国にはルーンファスト教団しかほぼ無くて、そこに割り込めばどんな影響が出るかわからず危険だと、しかし共和国には元々中小たくさんの魔女教が乱立しており、今更一つ増えたくらいでどうこうなる恐れも少ない。

「共和国か⋯⋯」

 いずれ魔女教団で働くミルファの故郷でもあるし、それがいいのかもしれない。

 そんなアリシアの考えを聞いたアレクも特に共和国の何処がいいとは言えない為、それで話を進めることにした。

「ではアリシア殿、その形で話を進めていこうと思う」

 こうしてアリシアの教団設立へ向けて話が動き始めたのだった。

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