06-02 淑女への道

「アリシア、後どのくらい?」

「大体五百くらいかな?」

 今アリシア達四人はここ魔の森の皆の家の中で、ポーションを含めたこれまでアリシアが作り貯めこんだ薬の瓶に、アリシアの紋章を刻んでいるところだった。

 基本的にアリシアが作る薬瓶は六角柱である、この形が転がったりせずまた魔法文字ルーンを刻むと勝手に周囲の魔素を吸収する『保存』の魔法陣になる様に試行錯誤された結果だ。

 なお蓋の形状は色々と変えてあり、そこで何の薬か判別するようになっている。

 しかし製造者アリシアの刻印はつけられていなかったために、急遽その作業を今しているところだった。

「やっぱり帰っておけばよかった」

 死んだ魚の目をしながら作業を続けるルミナスは呟いた、何か決まった際はすぐに動けるようにとアリシアの帰りを待っていたため、この作業に付き合う破目になったからだ。

 今やっている作業は瓶に直接アリシアの紋章を刻んでいる、最初はラベルを作って貼る方針だったが時間がかかるし剥がれたら元も子も無いので、焼き印や印鑑の様に瓶に押し付けるとガラスの形を変形させる魔法具をアリシアが即興で創り、みんなで手分けして行っているのだ。

 なおこの作業をアリシア自身は魔法でも出来るが、今回はあえて魔法具で行っている。

 元々こういった何度も何度も同じことを繰り返すのは魔法には不向きなのだ、何故ならやってる最中に慣れて来ると必ず最初と最後の刻んだ紋章の形が変わってくるからだ。

 今回それだと駄目なのでアリシアも魔法具でやっている、本来自前の魔法で何でもこなす魔女が魔法具を使う事はあまりない事なのだ。

「あと少しですね」

 ミルファは相槌を打ちながら黙々と手を動かし続けた。


 それから一時間後全ての瓶に紋章を刻み終わった。


「みんなご苦労様⋯⋯ありがとう」

「終わった⋯⋯」

「疲れた⋯⋯」

「案外早く終わりましたね」

 フィリスとルミナスはぐったりだがミルファは案外平気だった。

「確かに案外早く終わったわね⋯⋯」

「中途半端な時間ね⋯⋯」

 フィリスとルミナスもゆっくり休みたかったがここでゴロゴロする気にもなれず、また城に戻っても何だかんだで気が休まらない、お姫様は大変なのだ。

「何かする?」

 アリシアは大量の瓶を収納魔法へ仕舞いながら聞く。

 フィリスとミルファには何も案が浮かばないがルミナスは提案する。

「そうだわアリシアさま、私達をローシャへ連れて行ってくれませんか?」

「それはいいけど何のために?」

 ルミナスはニヤっと笑いながら芝居がかかった仕草でこう言った。

「水着を買いに行くのよ!」


 そして今、四人は水着を買う為にローシャへと来ていた。

「えっとあっちよ、帝国の洋服店の支店があるのは、あそこなら水着も扱っているわ」

 そう言いながらルミナスは、ウキウキとハイテンションで皆を先導する。

「いやー私去年の水着が合わなくなってね、アリシアさまもミルファも持ってないでしょ、それにフィリスあんたも今年のが必要なんじゃないの」

「マアソウダケドネ」

 何故かフィリスの反応は冷めていた。

「今年の夏は送魂祭で忙しいけどその前に少しくらい遊ぶ時間は取れるわ、ここローシャには我が皇室の別荘⋯⋯プライベートビーチもあるしね」

「プライベートビーチ?」

 アリシアが聞き返す、それにフィリスが答える。

「海に面した土地を所有して別荘にしているのよ、帝国の海は冷たくて海水浴には向かないからね」

「ふーん王国のは?」

「王国にもプライベートビーチはあるわよ、ただ帝国と違って寒くないからわざわざ他国に作る必要が無いだけ」

「そうなんだ」

 一応理解はしたが、わざわざ水着を着てまで海で遊ぶという事がアリシアにはよくわからなかった。

 そうこうする内に洋服店へと辿り着いた。

 今でこそ一般的になっているが昔の帝国には先鋭的すぎる服飾文化が生まれ、それを広めるためにこういったお店が世界中に出来たらしい。

 お店の人は入ってきた客が帝国の皇女ルミナスだとわかると、奥から店長が出て来ての対応となった。

「本日はお越しいただきありがとうございます、どのような御用でしょうか?」

「水着を買いに来たのよ! 今日買って帰るわけじゃないけど、サイズを測って後日取りに来るわ」

「そうですか、それでは皆様どうぞこちらへ」

 そしてアリシア達は奥の部屋で服を全て脱がされ、あらゆるところを計測されたのだった。

 なおアリシアもある程度の服は創れるが目分量で創っているため、こういった計測には興味があり色々と係りの人に質問するのだった。

 その後フィリスとミルファ、そしてアリシアとルミナスは二手に分かれて店内を物色しどんな水着がいいか検討する。

 なおこの組み合わせは自然と、運命によって決められたのだった。

 今アリシアはルミナスと二人っきりだ。

「⋯⋯ごめんねルミナス、私にもう少し力があればあなたもあっちで水着を選べたのに⋯⋯」

 そう、人にはあらかじめ似あう水着と似合わない水着が存在するのだ⋯⋯残酷なまでに。

「何をおっしゃっているのですかアリシアさま、私は決して無駄な脂肪の塊が欲しかったわけではありません、ただ尊厳を守れる温もりがあれば良いのです」

 と、実に良い笑顔で答える、そして――

「それにこの前、母と久しぶりにお風呂に一緒に入りましたが、なかなか爽快でしたもの⋯⋯」

 なんか悪い、毒々しい笑顔に変わった⋯⋯

 ――しかし母を越えて調子に乗っているのルミナスは知らない、アリシアによって引き出された自身の潜在能力はこれで限界で、のアリシアと互角くらいだが、その後まだ潜在能力を残していたアリシアに置き去りにされるという運命を。

 たっぷり時間をかけてフィリスとルミナスは水着を選んだ、ミルファは一番布面積が多いのを選んだためすぐ決まり、アリシアは特に希望も無かったためフィリスとルミナスのおもちゃにされたのだった。

 ようやく水着選びが終わりやっと帰れる、そうアリシアが考えていたがフィリスからは逃げられない。

「アリシアとミルファちゃん、あなた達ちゃんとした下着を着けなさい!」

 ミルファは機能的で質素な物だった為、アリシアはそもそもまだ着けて無かったためにあれこれ薦められて買い込む羽目になったのだった。

「女の子って大変なんだね」

 疲れた声でどこか他人事のようにアリシアは呟いた。

「魔女が何言ってるのよ?」

 フィリスが呆れたようにアリシアを見ていた。

 なおこの時の買い物の代金のミルファの分は、アリシアとフィリスとルミナスで出し合った。

 前に誕生日は祝ったが贈り物をしていなかったから、という理由でだった。

「ありがとうございます、本当に⋯⋯お気持ちだけでよかったのですが」

 ミルファにとっては仕える主人のアリシアとお姫様二人に何か買ってもらうのは恐縮だったのだが、こんな物で済むのはかえって良かったのだと思う事にしたのだった。


 その日の夜、ミルファは買ってもらった下着を試したところ――

「わっ、すごい楽だこれ」

 と、密かに感動し今更になってみんなの心遣いに感謝していた。

 一方アリシアは、初めて着用しての睡眠だった為か気になってなかなか寝つけなかった。

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