05-07 一夜漬けの仕込み

 人知れずアリシアが砂糖を相手に苦戦していた頃、ミルファもまた人知れず戦っていた。

 その相手はこの村の主婦たちだった。

「皆様に言いたい事があります、どうかアリシア様を怖がらないでくれませんか」

 そのミルファの言葉に、明日の収穫祭の為の料理の仕込みに集まった主婦たちは難色を示す。

「そうはいってもねえ?」

 そう言って互いに目を合わせる。

「皆様が恐れる理由が無いのです、アリシア様はこの村を全く恨んでませんそう森の魔女様が育てられたたからです、しかし皆さんがいつまでもそんな態度だとアリシア様が傷付くのです」

「あの子が傷付く?」

「そうです今も傷付いているのです、心が⋯⋯でもその傷は今はとても小さくて気付いていないんです、でもこのまま傷が大きくなればいつかその痛みに気付きます、そうなったらもう遅いんです」

「遅いって何が?」

「アリシア様は恨んでも居ないあなた達を恨み始める事になるからです、こんな馬鹿な理由でアリシア様が道を踏み外す様な事になっては欲しくないのです、だからもしアリシア様に償いたい気持ちがあるのならお願いします」

 そしてミルファは村人たちへ頭を下げるのであった。


 それから暫くしてアリシアの両親はそれぞれ麦の収穫と料理の準備の為出ていった。

 そして残されたアリシアとルミナスは、基本的にこの収穫祭の準備において役立たずである。

 アリシアは対価なく手伝いなどしないし、ルミナスは自分が持ち込んだものの準備に追われるからだ。

 アリシアはとなりのルミナスの作業を見る、大量のカボチャをナイフで器用にくり抜き何かの化け物の頭を量産していた。

「ルミナス、それって何なの?」

「これは帝国の収穫祭では必ず作るモノなんです」

「そのくり抜いた中身はどうするの?」

「もちろん後で食べるに決まっているじゃないですか」

 結局アリシアは暇なので魔法で次々カボチャをくり抜き、ルミナスの手伝いをする。

「何という繊細さ⋯⋯」

 これにはルミナスも舌を巻く。

「ところでルミナス、これって何なの?」

「実はよく解らないんですよね? 昔からやってる事なので。 一説では収穫した作物を狙ってやってくる悪魔は実体が無くて倒せないから、このカボチャに宿らせて壊して倒せるようにしたと言われていますが⋯⋯」

「そんなことあるのかな?」

「さあ? 昔の人が考えた事なので、他にもお祭りの間は悪魔に操られたからと言って、子供が悪戯したりお菓子をせびったりしても許されるのよね⋯⋯」

「⋯⋯」

 例え、お祭り中とはいえ帝国とは一体?

 そう思わずにはいられない、まあお祭りではなんかこう普通とは違う精神状態を楽しむものらしいので、こういった通常では考えられない常軌を逸した催しもあるのだろうと、アリシアは納得するしかなかった。

 ルミナスは料理が出来ないため結局はミルファの仕事を増やす結果になり後で怒られた。

 しかし、このカボチャは子供にはウケるのであった。


 アリシアが手伝ったことによりルミナスの仕込みは思ったよりも早く終わる、そして次はアリシアが準備する番だった。

 アリシアが次々と収納魔法から大量の人形を取り出す。

「これは⋯⋯人形劇でもするのですか?」

「そう」

 魔女が子供のご機嫌取りに人形劇をするのは昔はよくあった事だ。

 その人形たちはまるで命が宿ったかのように動き出す。

「すごい、これも魔法なのですか?」

「ルミナスよくてこれは魔法じゃない、純粋な魔力操作技術だよ」

 ルミナスは言われた通り感覚の目でる、すると人形たちはぼんやりした魔力に包まれそこから一本の魔力の糸がアリシアの指先へと繋がっている。

「精霊を介さない純粋な魔力操作の訓練でよくこれをやった」

 アリシアは師との修行の日々を懐かしむ。

「どうやったらこんな事が出来るようになるのですか?」

 質問の内容が魔法の極意ではない為アリシアは答える、秘密にするほどでもないからだ。

「いきなりはルミナスでも無理かな、てて」

 そういってアリシアはルミナスに向かって付きだした手に魔力を纏う、それは魔力で出来た手袋をはめているようだった、そしてその手袋が伸びるそれはまるでアリシアの手が伸びるみたいに。

 そして三十センチほど伸ばした魔力の手袋で人形を掴む、魔力をる事が出来ない人なら人形が一人でに宙に浮かんだようにしか見えないだろう。

 やがてその魔力の手は人形の中に入り込み人形を内部から動かし始める、そして人形とアリシアを繋ぐ魔力の束はどんどん細くなり一本の糸になった。

「こうやって段階ごと研鑽していく事で出来るようになる」

「私にできるかしら?」

「ルミナスなら出来るようになるよ」

 この後ルミナスはアリシアの指導の元、魔力の手を二十センチほど伸ばすとこまでは出来たがその指先は動かなかった。

 しかしルミナスならそのうち自在にこなせるようになるだろうと、アリシアは確信した。

「でアリシアさま、この人形で何の劇をするんです?」

「これをしようと思って台本を書いてきた」

「なぜ三つあるんですか?」

「いくら私でもこれだけの数の人形を動かしながらしゃべるのは困難だから、声は皆にやってもらおうかと」

「それならもっと早く言って欲しかったです、どれ?」

 ルミナスは台本をめくりその内容を見て笑った。

「これなら私は練習の必要はないわ!」

「なら良かった、けどまあ子供相手だし多少は――」

「いいえアリシアさま子供だからこそ騙すのは困難なのですよ、子供たちの表情がその国を移す鏡だと我が帝国では戒めておりますわ」

「でもそんなに力を入れたら本番は明日だし、間に合わないんじゃ?」

「セリフは私とフィリスがやります私達なら出来ます、ミルファは語り部だけならやれるでしょう」

 王族である自分たちは民たちの感情をコントロールする話術を習得している、それが生かせるとルミナスは思った、そしてミルファも大勢の前で祈りの言葉など出来るのだから演技はともかく語り部なら何とかなると、明日までに何とか出来る公算は十分ある。

「とりあえず二人を呼びましょう」

 こうして緊急会議が始まる。


 フィリスとミルファは都合よく来てくれた。

 フィリスの方は麦の収穫は終わりそうだったので、そしてミルファの料理の仕込みは終わり後は当日火を入れるか今から煮込み始めて交代で火の番をするだけだったからだ。

「二人とも緊急事態よ!」

 そう宣言するルミナスを訝しげにフィリスとミルファは見た。

 取り合えずすぐ隣にアリシアが居るので明日の誕生日の事では無いようだが?

 それにこの人形の山は一体何?

「見てのとおりよ、アリシアさまが明日人形劇をする気だったみたいでね」

「なるほど、それはわかったけど問題って?」

「明日私が人形を動かして、みんなにはセリフを担当して欲しいと思って」

 想像だにしない問題だった。

「もしかして今から練習するの?」

「後ろの見えないところから声を当てるだけで、台本は見ながらだから練習なんて要らないと思ってて」

 その申し訳なさそうなアリシアの様子にフィリスは頭を抱える。

「アリシア様いつの間にこんな準備していたんですか?」

 ミルファはフィリスやルミナス以上にアリシアと一緒に居たのに、こんな準備をしている所は見ては居なかった。

「昨日思い付きで、なんか依頼の鏡ばっかり創っていたら急にやりたくなって」

 そのアリシアの説明にルミナスは「わかる」と呟く。

「まあいいでしょう、問題は内容ね台本を見せて」

 フィリスはアリシアから台本を受け取るとパラパラと読む、そして⋯⋯

「長すぎる、これは無理よ!」

「台本読みながらでいいから暗記する必要はないけど?」

「そういう意味じゃなくて、単純に上演時間が長いのよ」

 ミルファもその台本を見てフィリスに同意する。

「そうですね、子供ってあまり長時間じっと見てはくれませんからね」

「そうなんだ」

 フィリスは台本を吟味したうえでアリシアに確認する。

「アリシアがこのお話を選んだのは森の魔女様が出てくるからでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあ思い切って一部と三部はカットして二部だけやりましょう」

「なるほど、それならセリフは少なくなるしアクションは多めで子供も喜ぶわね」

 ルミナスも同意見のようだ。

「それなら可能なの?」

「今から全部する準備をするよりは、はるかにね」

「上演時間を三十分ほどにするために、セリフも最小限に削ればいいんじゃないかと」

 ミルファもそれでやれそうだと判断する。

「その代わりアリシアさま、劇の要素が人形の動き頼みになります、私にはそれは手伝えませんのでお覚悟を」

 そう言いながらルミナスの手と手の間の人形がゆっくりとぎこちなく動く、それを見てアリシアはわりと呆れる。

「もうルミナス、そこまで出来るんだ⋯⋯」

「わ⋯⋯何ですかコレ⋯⋯」

「さっきアリシアさまに習ったばかりなんだけどね」

 この時アリシアは見た、ミルファの声にルミナスとその操る人形が同時に反応したのを。

「⋯⋯」

 しかし今はまたぎこちない動きに戻っている、意識するとまだ駄目らしい。

「とにかくすぐに台本を見ましょう、まずセリフを削らないと始まらないわ」

 そしてみんなで台本のチェックをする。

「私とルミナスが声を当てるから男性の登場人物のセリフは思い切って全部カットか、ミルファちゃんの語り部でどうかな?」

「私、どうしてもやりたい役がある!」

「はいはいわかってる、取らないから⋯⋯ねえアリシアこの森の魔女様はアリシアがやるの?」

「いや、私は人形に専念するからフィリスがやって」

「そう、それでいいなら」

「じゃあこのセリフも語り部にしますね」

 こうして明日に備えて人形劇の練習は、夜遅くまで行われるのであった。

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