05-05 海の国の聖女伝説
次の日アリシアは再び王宮へ向かう、まだ話すべきことがあるらしい。
そして今日のミルファはそれにはついて行かなかった。
「アリシア様、今日私は大聖堂の方でお手伝いするので帰りは遅くなるかもしれません」
「そうわかった、お互い頑張ろう」
そう言ってその日は別行動になる。
そしてミルファは一人西の都ローシャへ向かった。
ローシャに着いたミルファは路地裏をあちこち回り、浮浪少年たちを探す。
しばらく経った後一人の少年が見つかり、すぐに昨日最初に出会った少年を連れて来てくれた。
この連れて来られた、浮浪少年たちのリーダー格のセイルという名の少年とミルファは話始めた。
「焼きたてのパンなんて食ったの久しぶりだよ、おねえ⋯⋯聖女様ありがとう」
周りには昨日力を貸してくれた子供たちが勢ぞろいして、ミルファが買ったパンを食べていた。
「そんなことないよ、私に出来る事なんてこれくらいで⋯⋯昨日は本当にありがとうセイル君」
「あー聖女様、こうやってパンをくれて本当にうれしいけど無理しなくていいよ、俺たち食事にはそれほど困っている訳じゃないからさ」
「え? なんで?」
「ここは贅沢な街なんだよ、まだ食べれる物でもみんな平気で捨てる、だから俺たちも食っていけてる」
「⋯⋯そっか」
華やかな街の光と影、それをミルファは感じずにはいられない。
「住む所とかはどうなの?」
「俺たちの住処? 街はずれの空き地にちっさいけど小屋を建ててるよ、街中で寝てたりしてたら追い出されるけどそこなら何も言われなくて、それに俺たちが使える物がゴミとしてよく捨てられるんだそこは」
「じゃあ仕事は?」
「街のゴミ拾いや店のゴミ捨てなんかをすると、少しだけど小遣いや食べ残しがもらえるんだ」
「孤児院に入りたいとは思わないの?」
「⋯⋯俺もそうだけど俺たちの中にはそこから逃げてきた奴がいっぱいいるよ、あんなとこよりここの方がマシさ」
孤児院といってもピンからキリまである事を、ミルファもよく知っていた。
こうしてミルファは知っていく、この問題の全貌を⋯⋯案外上手くいっているのだこの子達の現状は。
しかし、本当にそれでいいのだろうか?
「じゃあやりたい仕事、将来の夢とかある?」
それは残酷な問いかけだった、でもミルファは聞かずに居られなかったのだ。
「⋯⋯船乗りになりたい」
「船乗り?」
海が生活を支えるこの国はその海を身近に感じるため、男なら船乗りに憧れるのはよくある事だ。
「そうさ、あのでっかい海を自由に駆け巡ってみたい⋯⋯みんなそう思っている」
そう夢を語るセイルの眼差しの先には、果てしなく広がる海が映っていた。
次にミルファが向かったのはこの国の、いやこのアクエリア共和国の代表であるオリバー・ホワイガーの屋敷だった。
突然の訪問にもかかわらずオリバーは心よく迎えてくれた、いやむしろ待ち望んでいたのだろう。
「これはこれはミルファ殿よく参られた、して今日はどんな要件かな?」
この時のオリバーにとってのミルファは、言ってしまえばアリシアの名代に過ぎなかったのだ。
だからミルファの背後に居るアリシアを取引相手だと思っていた。
「まずアリシア様からの伝言をお伝えします、素材の提供ありがとう通信魔法具の作成に着手したのでもうすぐしたらお渡しできる、との事です」
「おおそうか、それは喜ばしい」
この間の冒険者ギルド設立の時にミルファはここへは何度か来て細かい情報の引継ぎをしていて、そのついでに以前申し出のあった通信用の魔法の鏡の素材を受け取りアリシアへ渡したのだった。
「それであの、ここからは恐縮なのですが私の話を聞いては貰えませんか?」
「なに? ミルファ殿の話だと?」
この時のオリバーは悪気があったわけではないが、ミルファがそういう事を言い出すとは思っていなかった、どこか最初に会った頃の命じられたことをただこなす、逆らわない人形のような印象が残っていたのだ。
――そしてミルファは語った、この街の路地裏の少年たちの現状とその夢を⋯⋯
「話はよくわかった、すまない良く話してくれた、全くもってこのオリバーの不徳である」
今回わかった事は少年たちの問題は、オリバーの所まで知らされてはいなかったという事だった。
「この件は必ず対処するもうしばらく待っていて欲しい、そう彼らに伝えてくれ」
そうオリバーは
その日の夕方、魔の森に四人が集まりミルファは今回の顛末をみんなに報告する。
「そっかオリバーさんも知らない事だったのか」
「現場の情報が上まで正しく伝わらない事はよくある事、でも知ったからにはおじさまはやってくれる人よ」
「⋯⋯そんな事があったんだ」
アリシアは内心複雑だった。
その話を聞いてなお魔女である自分は何もしなかっただろうと思うと同時に、自分にできない事を成したミルファを称えたい気持ちもあった。
魔女の心と人の心そのせめぎあいは、これからも続くのだろうとアリシアは思う。
自分が出来ない事を仲間の誰かがする、それを自分は陰から少し手助けする⋯⋯今回はそれすら出来なかったがそういうやり方もあると、アリシアはぼんやりと考え始めていた。
「⋯⋯そうだ、さっき父さんと母さんに会って来たんだけど、今度ソルシエール村で収穫祭をするんだって、それでみんなもどうかな一緒に」
一瞬アリシア以外の三人の目が合う。
「そうね参加させてもらうわ」
「いやーしばらく暇だし、準備の手伝い位してもいいわよ」
「はい、私も協力させてください」
アリシアはみんなのやさしい陰謀に気づいていなかった。
「じゃあ明日からまた頑張ろう」
そう、それはアリシアが初めて経験するお祭りだったのだ。
後日この件は詳細に調査された、その結果わかった事は末端の街の治安を維持する現場の兵士たちの間ではよく知られていた、という事だった。
しかし何故その情報が上に伝えられずに握り潰されてきたのか、それには理由があったのだ。
現場の兵士たちは子供達の現状を正しく認識していた、そしてそれを上に報告し正しく対処すれば子供たちは街から追放され、より過酷な環境へと送られることになる。
現場の兵士たちには子供たちを救う力が無かった、出来るのは見て見ぬ振りをし陰ながら見守る事ぐらいだったのだ。
――ここから少し先の話になる。
オリバーは現役を引退した老朽化していた船の中から使えそうなものを見つけ出し、それを子供たちに与えた。
そしてオリバーによって雇われた経験豊富な船乗りが同乗し、安全な近海で子供たちは船乗りとしての知識や技術を学んでいく。
やがてその老朽船が役目を終える頃、少年たちは見習いとしてそれぞれ別の船に乗る事になるのだった。
それから十年ほど時が流れた頃、あの少年たちは大人になり再び集まり一つの集団に戻った、そしてある組織が生まれる――
――武装傭兵船団『ホーリー・フェザー』ここアクエリアの海を航行する船を、海の魔獣たちの脅威から守る集団である。
その船団全ての船の
この話は後に数多く語り継がれる、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます