05-03 贈り物の行方

「アリシアの⋯⋯」

『⋯⋯誕生日?』

 唐突にミルファより語られた事実に、フィリスとルミナスが固まる。

「はいその通りです」

「しかも五日後って⋯⋯どうしてミルファちゃんが知っているの?」

「アリシア様のお母さまから今朝お聞きしました、ちょうどその日は収穫祭も行われる予定でぜひ私達にも来て欲しいと」

『アリシアさまに内緒って事は、本人はまだその日が自分の生まれた日だとは知らないの?』

「はいその通りです、誕生日を祝う事も含めて今のところ伏せています」

「⋯⋯まずいルミナス、何日前だっけ?」

『三日前よ、そしてもう使いは二日前に出している』

「いったい何のお話ですか?」

 どうやらミルファの知らない話らしい。

「実は前にミルファちゃんのお誕生日会をローシャでやったじゃない、その時アリシアの誕生日は大体二か月後だから今のうちにプレゼントを用意しておこうと発注しておいたのよ」

『そして三日前にそれが完成した報告が私のところに来た、だからそれを受け取る使者を出したばかりなのよ⋯⋯二日前に』

 そのフィリスとルミナスの説明を聞き、ミルファは指を折りながら数える。

「ドラッケンとローシャの間は四日かかるから、往復となると間に合わない?」

「でもルミナス、その使者は王家の早馬便でしょ? それならギリギリ間に合うんじゃ?」

 通常は四日の距離でも一定距離毎に馬を乗り換えながら進む早馬便なら、三日以内に短縮でき間に合う可能性は十分ある。

『いやそれが、その使者たちはローシャに着いたら二日間の休暇を取っていいと許可しているのよね⋯⋯』

「それじゃ間に合わないじゃない! なんで早く取りに行っているのにそんな余計な事するのよ!」

『部下の福利厚生は重要なのよ! そもそも完成したら通知だけで商品はこちらで受け取りに行くって言いだしたのはあんたじゃない!』

「いやあの時は大切な品だし確実にと思って⋯⋯」

『あんたの勘は良く当たるから信じたけど今回は錆びついていたようね!』

 そう言われてしまうとフィリスはぐうの音も出ない。

 しかし後日ルミナスは戦慄する事になる、フィリスの勘がそう的外れでは無かったと。

 ちょうどこの頃に謎の冒険者失踪事件が多発していたのだ。

 商品が完成した通知程度の書状であれば、その他多くの物資と一緒に運ばれその護衛となる冒険者はせいぜいCランク相当の者が担当するだろう、そして実際にそうなった。

 しかし商品そのもの輸送となると何せエルフィード王国とウィンザード帝国の二人の姫連名の依頼だ、信頼のおける実力の確かなAランク以上の冒険者への指名依頼になっていたに違いない。

 そしてこの冒険者失踪事件は、より高ランクの冒険者を狙っていたと帝国諜報部では分析していたのだった。

 なのでこの事件に巻き込まれ、そのアリシアへのプレゼントの品も闇に消えていた可能性は十分にあったのだ。

 しかしルミナスがこの事を知るのはもうしばらく後の事だった。

「おやめくださいお二人とも!」

 ミルファの静止により、フィリスとルミナスは不毛な口論を中断する。

「話を纏めましょう、その使者の人は早ければ今日にでもローシャに着いてるのよね?」

『ええ任務に就いたのはハウスマンとその部下よ、騎馬隊の中でもエース小隊だからもう着いていてもおかしくないわ』

「ルミナス、その人って確かこの間の帝国での魔素溜まりの氾濫スタンピードの時駆けつけた騎士だったけ?」

『ええそうよ』

 ミルファはぼんやり思い出す、そのハウスマンという騎士があの後アナスタシア皇帝から勲章を授かったところを。

「あの人ですか」

『ミルファ、あんたハウスマンの顔覚えているの?』

「ええまあ、さっきまで名前も忘れていましたが思い出しました、なんかこうわしゃわしゃっとした髪形の⋯⋯」

 ミルファはその髪形の名前がわからず手でなんかそれっぽいしぐさで説明する、そしてその説明で十分ルミナスには伝わる。

『よし! ミルファが顔を覚えているなら方法はある』

 すぐにミルファはピンと来る。

「私がすぐにローシャへ向かって、そのハウスマンさんに会えばいいんですね?」

『それでもいいけどハウスマン達は二日間休暇を楽しんだ後宝石商に荷物を取りに行くはずよ、だからミルファが先回りで商品を受け取れる可能性は十分』

「渡してくれるかな?」

 フィリスの疑念はもっともだった。

『今から私は委任状を書いて母上の判子を押すわ、一時間後に魔の森で落ち合いましょう』

「ルミナスそれって偽造書類なんじゃ⋯⋯」

『やかましいわね! 非常事態なんだから仕方がないじゃない!』

 そしてルミナスは通信を切った。

「じゃあミルファちゃんは体調不良という事で、一足先にアリシアに魔の森へ送ってもらいましょう」

「そうですね」

 アリシアを喜ばせ驚かせる為とはいえ、あまりにも嘘や策謀が過ぎるのではないとミルファは思うのであった。


 その後ミルファはフィリスと共に魔の森へと送られる事になる。

 アリシアは話し合いを中断しようとしたがフィリスが看病を買って出たため、そのまま話を続けることになった。

「じゃあミルファ無理しないで、夕方には戻るから⋯⋯フィリスよろしくお願い」

「ええ任せて」

「それではお先に失礼します」

 そしてフィリスとミルファが三十分ほど待った頃ルミナスがやってきた。

「待たせたわね、これが委任状よミルファ」

 ミルファは受け取った委任状を大切にしまう。

「ミルファちゃん、これも持って行って」

 そういってフィリスが渡したのは財布だった。

「何かあったら遠慮なく使っていいから」

「わかりましたお預かりします」

「なにかあったらすぐに知らせてね!」

 こうしてミルファは二人に見送られ一人ローシャへと向かった。


 アクエリア共和国西の都ローシャにある大聖堂に降り立ったミルファは、これまで以上の使命感を感じていた。

 まず向かうのは例の宝石商である、そこはミルファでも知っているほどの有名店でしかもこの大聖堂からすぐ近くの所だった。

 ミルファが宝石商『エターナル・ジュエル』に到着するとまず責任者を呼んでもらった、そして事情を説明する。

 幸いにもまだハウスマン達は来てはおらず、例の品はまだ店内にあったしかし――

「申し訳ありませんが商品をお渡しする事は出来ません」

「どうしてですか?」

「この取引の相手が大きすぎます、僅かな紛れも許されません、もし失敗すれば私の首が飛んでしまいます」

 この時対応したのはこの店の副店長で店長はこの時不在だったのだ。

 だからあまりにも変則的すぎる対応は出来なかったのだ。

 ミルファにとっての第一はアリシアだ、しかしその為とはいえ目の前の人を不幸にする訳にも行かない、そもそも自分がかなり無茶な不正をしている自覚はあった。

「わかりましたでは二・三日の間にハウスマンという方が来ましたら商品を渡さないでください、その時にまたあらためて伺わせていただきます」

「ご理解ありがとうございます」

 副店長はほっとしながらミルファを見送った。


 店を出たミルファは路地裏の物影に隠れて通魔鏡を取り出す。

 そしてフィリスとルミナスに経緯を説明した。

『まあ仕方ないわね』

『たとえ三日後でも間に合うし、最悪は回避できたミルファお疲れ』

 そう二人に慰められるがミルファの気は晴れない。

 もしも万が一あの副店長が伝え忘れたり何かの事故にでもあったらそれまでだ、例の品はハウスマンが持って行ってしまいもう間に合わなくなる、そんな最悪のシナリオをミルファは考えていた。

 しかし、だからと言ってミルファが店の前に三日間の張り付くことは現実的には厳しい。

 聞いた話によるとそのハウスマンという騎士たちは優秀な人物だ、もしかするともうすでにローシャ入りしているかもしれない、何とかこちらからそのハウスマンを探し出す手は無いだろうか?

 ミルファは考える――

 ここローシャは観光地だ、その中から特定の人物を自分一人で手掛かりもなく探し当てるのは無理だ。

 少なくとも人手が居る、それも多くの⋯⋯

 手元にはフィリスから渡されたお金もあるし人を雇う事は可能だろう、しかしすぐに人が集まるだろうか?

 自分には伝手が無いから人を集めるのは困難だ、ならどうする?


 カラーン―― カラーン―― ⋯⋯


 すぐ近くで大きな鐘の音が鳴った、それは大聖堂が鳴らす正午の鐘だった。

 そしてミルファの目にが映ったのは同時だった。

 ミルファに天啓が舞い降りた瞬間だった。

 すぐにミルファは二人に最悪の可能性について、そして今思いついたハウスマン達を見つけ出す閃きを話した。

『確かにその可能性はあるね』

『ミルファ取り合えずやって見なさい、失敗しても構わないから』

「はい、わかりました」

 二人の許可を受けミルファは動き出す、この街に現れるハウスマン達を探す為に。

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