02-17 いつか語り継がれる物語へ

 今より数日後にウィンザード帝国皇帝アナスタシアより、今回の帝国を襲った事件が国民へと発表された。

 今回たまたま居合わせたエルフィード王国とアクエリア共和国の力を借りて事件は早期に解決、犠牲者が誰も出なかったという発表に国民たちは胸を撫で下ろしたという。

 とりわけ今回の話題となったのは、帝国が誇る魔導皇女ルミナス殿下が自ら民を守るべく最前線へと駆けつけた事、そしてエルフィード王国の姫騎士フィリス王女とアクエリア共和国の若き聖女ミルファ、さらにあの森の魔女の弟子にして後継者である銀の魔女アリシアまで参戦したという出来事がまるで物語の一幕であるかのように伝え広められていった。

 特に銀の魔女アリシアの名を最初に世界へ知らしめた事件として、帝国のみならず王国や共和国へも瞬く間に広がっていくのであった。


 なお、今回の話が広まる過程で同時に、ちょっとした珍事も広がっていく。

 それは英霊勲章の受章者が出た、という事だった。

 この英霊勲章とは、一つの国の基準で与えられる国家勲章とは違い、世界共通の基準で贈られる世界勲章の一つである。

 そしてこの英霊勲章の受章条件は〝死してなお祖国の為に戦い抜いた勇敢な兵士〟である。

 なお、この英霊勲章を受け取った遺族は国にこの勲章を買い取って貰う事も出来る、家の名誉として語り継ぐか生活に困った時もう一度だけ残された家族や子孫を救う為に使うのか、その判断は遺族によって委ねられる。

 それはさておき、先ほど言った通り今回の事件で犠牲者が居なかったにもかかわらずこの勲章の受章者が出てしまったという、不思議な事態が発生したということだ。

 そしてその世界初となる生前受章者とは人では無かった。

 今回の事件発生をいち早く帝都に伝えるべく走り抜いた、馬に贈られたのである。

 その馬の名はブレイド、後日茂みで倒れている所を発見保護された。

 しかしその足は折れており、立ち上がる事は出来なかったという。

 馬の治療をしてみたいと言うアリシアの要望によって治療され歩けるまでに回復したが、その走りは何処かぎこちなく完璧とは言い難かった、よってここにこの名馬は軍馬として死んだと記録される。

 これより後にこの名馬の血を受け継ぐ馬を初代の名より〝ブレイド種〟と名付けられ血統種として名を上げていく。

 帝国を始めとする数々の騎士達から〝期待を裏切らない相棒〟と称されるのであった。

 特にこの初代ブレイドと共に、この時帝都まで走り抜いたハウスマン中尉はその後、元愛馬の子であるエッジと名付けられた若馬と出会い再び騎馬隊へ復帰し、目覚ましい活躍を遂げたという。

 そんな様々な逸話を生み出し、後に語り継がれる英雄達の出会いや誕生の瞬間としてこの事件は無事解決したと⋯⋯

 ⋯⋯後に、とある帝国兵の男が、その我が子を二本あるその両手で抱きしめながら、語ったという。


 そして現在、そんな語り継がれるであろう英雄の一人である、ルミナスはと言うと⋯⋯

「ミハエル、ごめんなさい!」

 愛してやまない弟に、土下座をしていた。

「もういいよ、姉様」

「いやしかし⋯⋯私の勝手でそなたに皇帝になるという、重責を押し付ける事になり⋯⋯」

「姉様⋯⋯ずっと考えていたんだけど、やっぱり姉様には皇帝は似合わないよ」

「に⋯⋯似合わない⋯⋯だと!?」

 ルミナスは愛する弟に、キッパリ告げられた事に衝撃を受ける。

「だってそうでしょ、姉様ほどの魔道士をただ皇帝の椅子に座らせて、書類仕事をやらせるなんて絶対この帝国の損失だよ、だからずっと僕はこう考えて来た、僕が父様の様なこの帝国の宰相となって姉様を出来るだけ自由に動けるようにしようって、だから僕が皇帝になると言っても、大した違いは無いよ」

 ルミナスは気づいていなかった、弟がこれ程までに成長していた事に。

「あー! なんてもう立派なの、ありがとうミハエル!」

 六歳年下の、逞しく成長した弟を姉は讃えて抱きしめる。

「姉様はその力で、僕を助けてくれればいいから、だから心配しないで」

「ええ、もちろんよ」

 そしてルミナスに抱きしめられながら、ミハエルはアリシアへと話かける。

「なので銀の魔女様、何か困った時には僕を助けて下さいね」

「わかった、約束する」

 この時アリシアはあっさりとこの要求を飲む、自分のせいで巡り巡ってこの少年に迷惑をかけるのだから当然だろう、それに小さな子供には優しくしろという師の教えもあるのだから。

 ミハエルは天使のようにニッコリ微笑みながら、そう言った。




 遠くから帝都ドラッケンを忌々しそうに見つめる、三人の人影があった。

 その名を〝フリーダム〟〝リーベ〟〝パーチェ〟という、本名かどうかわからないが彼らはそう名乗り呼び合っていた。

「まったく王国に続き、この帝国でも邪魔をするとはな⋯⋯」

「吾輩に無駄働きさせるとは、万死に値するのである」

「ほんっとムカつくよね、せっかくの準備が台無しだよ」

 そう、彼らが立てた計画はことごとく失敗し、その背後にはあの忌忌しい森の魔女の置き土産とも言うべき、銀の魔女が居た。

「失敗は失敗だ、だが次に活かせばいい」

「しかし、次の準備には少々時間がかかるのである」

「今度は共和国だね、うー楽しみー!」

 そして彼らはここ帝国を後にした、再びこの世界の何処かで破壊と混乱を巻き起こす為に⋯⋯

「この世界に真の自由を」

「この世界に愛をもたらす為」

「この世界を永遠の平和で満たさなくっちゃ」

 彼らが敬愛するあるじを亡き者にし、その上に栄えるこの虚構の『世界』を打ち砕く為に。


 それは後に語り継がれる物語の序章に過ぎなかった。

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