02-05 来訪、アクエリア共和国

「エルフィード王国の方々は、お休みになられました」

 その報告を聞きアナスタシアは、ようやく一息ついた。

「一時はどうなる事かと思ったが、ひとまず落ち着いたか⋯⋯今後も監視を続けてくれ」

 ただ一言「御意」と言って影は闇へと消える。

「お母様、ごめんなさい⋯⋯わたしは⋯⋯」

「もう良い気にするな、結果として銀の魔女の事はよく分かった、こちらの想像以上に銀の魔女とエルフィード王国の⋯⋯いやフィリス姫との信頼関係は強固のようだ、精神的にまだ未熟な所もあるようだが今日のアレを乗り越えたなら、そう大事に至る事はないだろう」

「⋯⋯わたしは何も出来ませんでした、フィリスが⋯⋯あの子が居なけれ終わってました、わたしがこの国を、いや世界を滅ぼしかけたのです」

 アナスタシアは愛娘に、優しく語りかける。

「ルミナス自分のした事、起きたかもしれない事、よく考えなさい」

「はい、お母様」

「ただし悩み、後悔するのは今夜だけです、明日はいつものあなたに戻る事、出来ますね?」

「わかりました、お母様」

「なら今夜はもう休みなさい」

「お休みなさい、お母様」

 自分の部屋へ戻る娘を見ながらアナスタシアは思う、こちらも前途は多難であると。

 精神的な不安定ささえ無ければ、銀の魔女は信用に値する人物である、そうアナスタシアは考える。

 明日には、この国の宰相でもある夫のアルバートと息子のミハエルが、アクエリアの人達と共に戻って来る、話はそれからだ。

 アルバートとミハエルをアクエリアの人達の出迎えに出したのは、万が一の保険でもあった、事実あのまま銀の魔女が暴走していたら、あの場の者たちは消し飛んでいたであろう。

 あの銀の魔女を力で排除するのはほぼ不可能、その銀の魔女がいるエルフィード王国とこれからも渡り合ってゆく、そして銀の魔女とも友好的な関係を築きつつも精神的な成長も促す。

 どれも大変な事だが、やり遂げ無ければならない。

 ふとアナスタシアは、フィリスの事を考えながらこう思う。

 もしかするとこの世界は、フィリス姫に救われたのかもしれないと⋯⋯


 その夜ルミナスは、なかなか寝付けなかった。

「魔女に勝つ為に修行を続けたこの力が、まるで通用しなかった⋯⋯わたしのやって来たことって全部無駄だったのかな⋯⋯」

 ルミナスは迷い続ける、彼女の夜明けはまだ遠い⋯⋯


 翌朝目を覚ましたアリシアは、すぐ隣で寝ているもう一人の人物⋯⋯フィリスをぼんやりと見つめる。

 あの後アリシア達には一人ずつ個室が用意されていたのだが、フィリスは頑なにアリシアと一緒に寝ると言い張った。

 アリシアもそれを受け入れた、アリシア自身昨夜は誰かに居て欲しい、一人になりたくないと思ったのかもしれない。

「呑気な寝顔⋯⋯」

 アリシアは、フィリスの寝顔のほっぺたを指でつつく。

 ぷにぷに柔らかく⋯⋯あたたかい、この温もりにアリシアは昨日救われたのだと実感する。

 分かっていた筈だった、自分以外この世界には魔女は居ないと、そう師からも聞いて知っていた筈だった。

 しかし昨日はあの位の事で激しく動揺し、魔力を暴走させそうになる⋯⋯自分が情けなかった。

 反省や後悔などを反芻しながら、フィリスのほっぺたをアリシアは突つき続ける。

「いつまでやってんのよ、アリシア」

 アリシアはフィリスのその声にビクッとなり硬直する。

「フィリス⋯⋯起きていたんですね」

「ええ、だいぶ前からね」

 ゆっくり起き上がろうとするアリシアを、フィリスはガッシリと掴み離さない。

「あれだけ弄んでくれたんだから、今度はこっちの番だよ」

 そう言ってフィリスはアリシアを押し倒し、馬乗りになって自由を奪う。

「よいではないかー、よいではないかー」

「や、やめてくださいフィリス」

 しかしフィリスはアリシアに対しお構いなしに、その柔肌を責め立てる。

 アリシアもフィリスを怪我させる訳にもいかず、魔法も使う気が無いため、力では敵わずに蹂躙されるがままであった。

 そんな戯れは、突然寝室の扉が開いた事により中断する。

「フィリス姫様、銀の魔女様、そろそろ朝食のお時間です、ご準備を⋯⋯」

 この時、エルフィード王国の宮廷侍女は見てしまった、アリシアの柔らかいほっぺたを蹂躙するフィリスの姿を⋯⋯

「⋯⋯失礼いたしました」

 そう言って静かに扉を閉じて消えて行く侍女にフィリスは⋯⋯

「ちょっと待ってよ! 誤解、誤解だからーー!」


 その後やや遅れてアリシアとフィリスは、ラバンやアレクと共に朝食に着く。

「まったく、アリシアのせいで誤解を解くのが大変だったじゃない」

「誤解? 自業自得では」

「アリシアが先に、手を出して来たんじゃない!」

「その報復としては些か度を越していたのでは?」

 そんな二人のやり取りにラバンは⋯⋯

「まったく二人とも、いい加減にせぬか!」

 ついに叱責が飛んだ。

「「申し訳ありません」」

 アリシアとフィリスは仲良く謝った。

「とりあえずアリシア殿、もう大丈夫そうだな」

 そんな王の問いかけにアリシアは、

「はい、もう大丈夫です、ご心配をおかけしました」

 それに続いてアレクも話しかける。

「アリシア殿、昨日の事は配慮が欠けていた我々にも責任がある、あまり一人で抱え込まないでくれ、何かあれば私達を頼って欲しい」

「はい、ありがとうございます、アレク様」

 こうして静かに朝食は終わった。


 朝食の後、王やアレク達は今後の準備をすると別室へ篭ったが、アリシアとフィリスは何をするでもないのんびりとした時間を過ごした。

「フィリス、今日アクエリアの人達が来る予定ですが、準備しておかなくてもいいんですか?」

「世界会議では、まず開催国に挨拶に行く習わしだから、到着してから準備しても間に合うわ」

 その説明にアリシアは一先ず納得する。

 そしてアリシアは、ここへ来るまでに聞いたアクエリア共和国について思い返す。

 アクエリア共和国、それは東西南北四つの小さな国からなる共同体である。

 かつて二百年前、帝国の侵攻に対抗するべくグリムニア大陸東部の中小の国々が協力関係を築いた事が始まりである、その後いくつかの国が合併や分裂を繰り返し、二百年後の現在四つの国が残り、その後もエルフィード王国やウィンザード帝国といった大国に対抗するため協力関係を続け、現在のアクエリア共和国になったのだ。

 その後、アリシアとフィリスの二人はダラダラとした時間を過ごした、やがて昼を回った時部屋の外が騒がしくなる。

「どうやら来たみたいね」

「では、準備を始めましょうフィリス」

 それから一時間ほどたった頃、ウィンザード帝国への面会の終わったアクエリア共和国の面々が、エルフィード王国の人達の居るゲストハウスへとやって来た。


「ラバン王、久しぶりだったな、元気だったか?」

「オリバー大統領、其方も元気そうで何よりだ」

 お互いに肩を叩きながら挨拶を交わす二人を見るアリシアは、隣に居るフィリスに小声で話しかける。

「ずいぶん仲がいいんですね、あの二人」

「ええ、父とウィンザード帝国の皇帝皇配のアルバート宰相と、アクエリア共和国大統領オリバー・ホワイガー様は親友なのよ、会議が終わるとお酒を酌み交わす仲なのよ」

 そんな事を話していると、そのオリバーはこっちに⋯⋯フィリスに話しかけて来た。

「フィリス姫久しぶりだな、ますます美しくなったな、どうだ儂と結婚せぬか?」

 そのあまりにも開けっぴろげな言い方に、アリシアは呆気に取られる。

「お断りします、オリバー大統領」

 あっさり断るフィリスとそれを咎めもしない、それどころかやれやれといったラバンを始めとする周りの空気に、アリシアが疑問に感じているとアレクが小声でアリシアに囁く。

「あの人は父の前でフィリスを見たら、口説くのはいつもの事なんだ、気にしなくていい」

「⋯⋯」

 アリシアはオリバーという、これまで出会った事のないタイプの人物に絶句する。

 後にアリシアが聞いたオリバー大統領の詳しい人物像は、妻は全部で十人を超え、その妻達は職務上知り合った女性であり、オリバーはその妻達をとても大切にしていると、そして妻達もオリバーの事を大切にしており、妻同士の仲も良好、オリバー曰く「家庭が円満であるなら領内も平和である」とのこと。

 アリシアにはそれで何故上手く行くのかまるでわからない。

「おお、其方が銀の魔女殿か⋯⋯どうだ儂と結婚せぬか?」

 今度はアリシアの番だった、そして今回はラバンにもやや緊張が走る。

「⋯⋯お断りします、オリバー大統領」

 アリシアは無難にとりあえずフィリスと同じ台詞を返す。

「それは残念、今日は三連敗か調子が悪いようだな、はっはっはっ!」

「其方の求婚が失敗するのはいつもの事ではないか、オリバーよ」

 ラバンの辛辣な言葉にオリバーは「これは手厳しい」と笑っているが、不思議とアリシアは嫌悪感を感じたりはしなかった。


 そんなアクエリア共和国の大統領、西の都ローシャの領主オリバー・ホワイガーとのやり取りが濃すぎた為、その後の東の都ポルトンの領主トレイン・ブルードラン、そして南の都セロナンの領主ドレイク・ヴァーミリオン、最後にただ一人女性の北の都イスペイの領主マリリン・タートランとの挨拶はアリシアの記憶にあまり残らなかった。

「そろそろワシらも挨拶させてもらえんかのう」

 アクエリア共和国の四人の領主の影から、白髪の老人とこの場には場違いな印象の少女が現れた。

 そしてこの場にいるアリシア以外の人達は、その老人に対し姿勢をただす、アリシアもそれを見てならった。

「メルクリウス猊下、今年もお会いできて光栄です」

 ラバンの神妙な態度に、アリシアはその老人の正体に気づく。

 キーリン・メルクリウス、この大陸で広く普及しているグリムニール神を崇めるグリムニール教団の教皇だ。

「こちらもじゃラバン王、これもグリムニール神の導きじゃな」

 そしてキーリンは一人ずつ丁寧に挨拶した後、最後にアリシアに話しかけて来た。

「銀の魔女アリシア殿じゃな、ワシはキーリン・メルクリウス、其方の師匠の森の魔女オズアリア殿にはよく世話になった者じゃ」

「森の魔女の後継者、銀の魔女アリシアです」

 アリシアはどう答えて良いか分からず、とりあえず無難な自己紹介に止める。

「銀の魔女殿、これから其方も大変じゃろうが全てを押し付ける気はない、ワシらが全面的に支援する、その為に⋯⋯紹介しよう」

 そう言ってキーリンは後ろに立つ少女を、アリシアの前に押し出す。

 アリシアはその少女を観察する、小柄なアリシアよりも身長はさらに低く全身をだぼっとした感じの純白の法衣で身を包んでいる、桃色の髪を揺らしながら真っ直ぐにそのエメラルドのような瞳でアリシアを見つめていた。

「お初にお目にかけます、グリムニール教会聖女のミルファと申します、この度は銀の魔女様にお会いできて光栄です、今後は貴方様に尽くすべく精進して参りますので、何なりとお申し付けください」

「!?」

 アリシアは、その思いがけない自己紹介に言葉を失う。

「なんじゃ、もしかして銀の嬢ちゃんに何も言っておらんかったんか?」

 キーリンのその言葉に、ラバンとアレクは気まずそうに目を合わせる。

「最初に伝えておけば、此処へは来て貰えなかったかも知れんからな⋯⋯」

 ラバンのその言葉にアリシアは、何かしらの罠に嵌められた事を察した。

「どういう事ですか、説明して下さい」

 アリシアの冷たい声が、辺りに響くのだった。

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