あの日あの時と後日談 リーゼ=レコット2
父との話し合いから一週間。私はますます精力的に勉強と魔法練習に力を入れている。今からでも出来ることを、と、エマの診療所も手伝い始めた。
そんな時。
「リーゼ…少し、いいか」
エトルが一限休講になり、自主学習となった教室で話しかけてきた。まさかとお思いになるかもしれませんが、初めてですよ、教室で向こうから声を掛けて来たのは。驚いて、一瞬止まってしまった。
「リーゼ?」
怪訝な顔をされる。こっちがそんな顔をしたいけどねっ!
「…失礼致しました。少し、いえ、かなり驚いてしまいまして」
「何がだ」
「エトル様に話し掛けられたことですわ。…初めてですもの」
いい笑顔で言い切ってやるわよ。ほほほ。
「…っ、そ、う、だったか?その、だな。少し話がしたい」
「左様でございますか。どうぞ」
笑顔で促してみる。
「いや、ここでは……少し、出ないか」
えー、面倒なんですけれど。光魔法の復習もしたいし。
……でも、一度も話し合わないのも、駄目か。
「承知しました。食堂でよろしければ」
さすがに二人は嫌なので。
「構わない」
「では……」
立ち上がり、エトルの少し後ろを着いていく。
皆が心配そうに見てくれているけど、大丈夫!と、笑顔を向ける。自分のことは自分でけじめをつけたい。
「リーゼ、その、済まなかった」
食堂に着くなり、頭を下げられる。
「何についての謝罪ですの?」
思った以上に冷たい声が出た。
「……だから、その、今までの……ぜ、全部?だ」
「本当に悪いと思っておられるなら、早く婚約解消してください」
「それは……」
ああ、これは。
「……お父上に、何か言われましたの?」
「……いや……」
露骨に目を逸らすとか。当たりね。溜め息を堪える。
「エマ…様と、聖女と縁の出来た女を離すなとでも言われましたか?ラインハルト殿下とも、正式にご婚約が発表されましたものね?」
「……いや、」
否定していても、俯いている以上、肯定なのよ。エトル様。
「……本当に最後まで、私に興味がございませんのね」
「そんな、ことは」
「ありますわ。貴方は最初からセレナ様しか見ていなかった」
「えっ……?!」
どこか呆然としている、エトル。やれやれですわ。
「本当に無自覚だったのですね」
「そんな……」
「ご自分で、振り返ってみたらよろしいのでは?……こんなに拗らせずに、ラインハルト殿下のように、きちんと気持ちをお伝えすれば良かったのです」
「…………」
そう、そして。エマに執着したのも、自分の箔づけのような気持ちだったのだろうと思うのだ。もし、エトル自分が選ばれたら。他の側近候補より……トーマスより上だと。
彼らも、私達のようにエマに甘えていたのかもしれない。今だと、そう思える。……駄目だけどね。私のエマに失礼極まりないけどね。
それで、だ。
「もし、それで自分が選ばれなかったとしても。それは相手にとっては自分ではなかったというだけのことです。……その時は辛くとも、それだけの事です。貴方が否定されている訳ではないのだから。そしてまた、前を向くのです」
そりゃあね。簡単には向けませんけれど。
エトルが目を見開いて私を見つめる。初めて言葉を交わしたような感覚だ。
「私も、貴方に選ばれなかった。政略でも、結婚をするのだから信頼関係を築きたい、との情くらいは、私にはありましたのよ?」
「リーゼ……」
「でも、私はエマ様に選ばれました!」
満面の笑顔で続ける。
「えっ」
「誰かに選ばれなくても、別の誰かが選んで、必要としてくれます!それでもう、過去の辛い思い出は消化されます」
「……そうか」
「そうです!」
「……リーゼには、その、婚約解消となると傷をつけてしまうが」
「エトル様!私に傷などつきませんわ!」
「えっ」
ちょっと、「えっ」が多いですわよ。
「実は私、光魔法が使えると分かった時から、聖女様のお手伝いをするのが夢でしたの!それが叶って、とても幸せです!この程度、かすり傷にもなりませんわ!」
自由って素敵!ってなってます、今。周りの声なんて、いくらでもスルーできます。
「……かすり傷にも……それはそれで……」
さすがにちょっとエトルがしょげる。
「あ、あら、失礼しました」
言い過ぎましたね。
「いや……もっと早くに君と向き合っていたら、あるいは……と、言っても後の祭りか」
エトルが自嘲気味に笑う。
「祭りですね」
「リーゼって、結構容赦ないよね」
ふっ、と自然に微笑む。力の抜けた笑顔は初めてだ。
「そうですか?すみません、仕事が楽しみ過ぎて、浮かれているのかもしれません」
これは、少し気をつけよう。
「はは。長年婚約者でいて……今頃知るとか、本当にないよなあ……」
そう言ってエトルは天井を仰ぐ。
数秒の間。
「ごめん、解った!私からも、父に婚約解消を進言するよ。……慰謝料も払わせてくれ」
「いりませんわ」
「だが」
「先程も申し上げました。私の意思でもありますし、私は傷などつきません!円満で解消、それで充分です」
「リーゼ」
「私も、我が儘を申しております。お互い様にしてくださいませ」
「………………解った」
かなり苦渋な顔をしているが、折れてくれた。
「ありがとうございます!」
「いや、ありがとうはこちらがだ。……君のこれからの活躍を祈っている」
「はい!」
私の返事に、眩しそうな笑顔を見せる、エトル。
私が言うのもなんだけど、大人になったような笑顔だ。もしかしたら、彼もようやく自分を取り戻せたのかもしれない。
「エトル様も!ちゃんと長官になってくださいね?」
「努力するよ」
私達は笑顔で握手を交わし、別々に教室に戻った。彼がもう少しここに残ると言ったのだ。確かに、その方がいいだろう。
教室に戻ると、皆が待ち構えていた。素敵な仲間がたくさん出来て、本当に幸せ。素直に、エトルにもそんな仲間が出来ますように、と祈れる。
「ありがとう。大丈夫よ」
それから間もなく、エトルと私の婚約は解消された。
そして更に少し経った頃、彼から手紙が届いた。
……セレナに気持ちを伝えられたと。もちろん、受け入れては貰えなかったそうだが、これでようやく前が向けると、ありがとうと綴ってあった。
私達の間に、ようやく新しい風が吹いた気がした。
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