第2.2話 共同作業
土日に勉強したことは、プログラムを綺麗に書くために意識することが書かれている本を少し読んだこと、ゲームエンジンで簡単な玉転がしを作ったこと、そして行列を少し勉強したことだ。行列を用いれば座標変換、つまり、画像の移動や回転、拡大縮小ができるのだ。クォータニオンというものがあるらしく、これも要勉強だ。
月曜日の朝。バスの中で一人、一番後ろの席の左側に座っていた。学校の前を通るバスだけあって、乗客のほとんどが自分と同じ制服を着ている。一週間の始まりだからだろうか、車内は静かで活気というものがない。前の席は二人が座れるサイズの椅子で、カップルらしき一組が座っていた。どうせなら空気を読まずにイチャコラしてほしいのだが、こちらも無言であった。俺が天使か悪魔の類なら、虫の一匹でも真ん中に放り投げて、ハプニングでも起こしてやるのだが。
こうも静かだと、眠気に負けそうになる。肘を窓際に置き、頬杖をつく。あくびをかみ殺したが、涙が出てきた。邪魔だ。
家から学校までは一度橋を渡るくらいで、住宅街が続く。景色を眺めてみるが、眠気は消えない。
仕方がないので今やれそうなことをやって気を紛らわす。スマートフォンでクォータニオンと検索してみる。よさそうなところのURLをメモ帳に貼り付ける。ざっくりと目を通してみると、虚数だとか、複素数だとかの単語が目に入る。これらも要勉強だ。
学校の近くのバス停に着くまで、参考にできそうなものをいくつか探した。クォータニオン以外にも、勉強中の行列や、先ほど知った虚数と複素数を扱ったものを探す。いろんなサイトやブログを覗き、動画サイトに行けば英語でも検索してみる。図を描いて説明してくれるところがわかりやすい。
いくつか見繕ったところで学校が見えてきた。校舎というものはいくつになっても近づきたくない場所である。いっそのこと、このまま寝てしまってお昼登校でもしようか。バスが僕を寝かしつけたんです。そう先生に説明すればいいじゃないか。しかし、思いと裏腹に体は動く。バス停に着くと、同じ制服を着た人達が立ち上がり、順番に降りていく。一番後ろに乗り、一番最後に降りる。これが俺の癖なのだ。後ろに人がいるより、前に人がいるほうが落ち着く。自分でも理由はわからないが、これが性分なのだ。
バスから流れ出していく制服の川の一部となり、校門のほうへと歩いていく。さらにそれは他の流れと合流し、大きな竜となって校舎の中に入っていく。その中でただ一人、流れに逆らっている奴がいた。まるで鯉が滝を滝登りをしているようだ。いや、そんなにカッコいいものではない。隆也がニヤニヤしながらこっちに向かってきた。
「なんだ、朝っぱらから」
隆也は俺に近づくと、正面から両方の肩をバンバン叩いた。
「聞いたぜ、浩太朗。本格的にゲーム作るんだってな」
なるほど、そういうことか。
昨日の夜、秋晴さんから返信が来たのだ。キャラクターや景色の絵をいくつか見せてもらい、その時に、作っている飛行機を使ってシューティングゲームを完成させてみないかと提案した。秋晴さんからも、お願いします、と返ってきた。
「一緒にやるか?」
一人より二人、二人より三人だ。隆也なら、きっといいテスト要員になるはずだ。
「いや、俺は遠慮しとく。他にやることが出来たからな」
そうか、それは仕方ないな。あまり期待していなかったが。
シューティングゲームを作るんだと、隆也に話しているところで、昇降口に着いた。
始業時間よりも十五分ほど前で、登校してくる生徒の数はピークと言ってもいいほど多い。波に流されないように気を付けながら、自分の上履きが入ったロッカーまで進む。先に隆也が上履きを取り、波から抜ける。
「やっぱ教室で待っとけば良かったぜ」
俺が追いついたのを確認して言った。
「なんだ、先にここまで来てたのか」
こいつはいつも遠回りばかりする。ご苦労なことだ。いつか報われるのだろうか。
「下駄箱前で浩太朗を待っていたら秋晴さんに会ってだな、それで浩太朗達がゲーム作るって知ったんだ。なぜか感謝された」
感謝か。大方、俺がプログラミングの勉強をしていることを教えてくれてありがとう、ということだろう。
「それで、なんで俺を待っていたんだ?」
「一昨日に俺より早く来いって言っただろ?」
そんなこと言っていただろうか、いや言っていたな。悪い、次の誕プレは奮発してやるか。確か隆也の誕生日は、夏だったか秋だったか冬だったか。
「教室に着いたら見せてやるよ」
何をだ、なんて言わない。教室で見せるというのだ、教室で見ればいい。
教室に着き、隆也は自分の机にバッグを放り投げると、俺の席の方に来た。椅子に座った俺の正面に回り、机に写真が載った紙を広げた。すでに教室には、ほとんどの人が登校していたが、前の席に座っている人はいなかった。
写真にはエレキベースがいくつか写っているカタログで、その中で一際大き目に写っているものに赤い丸がしてあった。
「欲しいのか」
「買ったんだ」
「まじで?」
「マジで」
赤い丸で囲んであるベースの下には三十万近くの値段が書いてあった。スリーフィンガーで有名なベーシストのモデルである、この値段自体に驚くことはない。問題なのは、目の前にいる俺と同じような学生が、このベースを買ったということだ。名前を松本隆也という。
「どこにそんな金があったんだ」
おそらく俺じゃなくても、真っ先にこの質問が出てくるはずだ。隆也は金持ちの家に生まれてきたわけでも、仮想通貨で一山当てたわけでもない。もちろん、人から盗むような奴でもない。
「正確に言うと、人に売ってもらったんだ、十万でな」
なるほど、気前のいい奴もいたもんだ。しかし、十万でもそこそこだろう。隆也は中学の時からお金を貯めていたはずだ。おそらくそれは、ベースを買うためではない。
「高校生になったからもうお小遣い貰えねーし、バイトしなきゃならねんだよなぁ」
隆也はカタログを丁寧に畳みながら言った。
「ここってバイト大丈夫だったか?」
こいつのことだ、ダメでも隠れてするだろうが。
「許可証があれば大丈夫だ。しかも、報告書書けば単位が貰えるらしい」
ついに来たぜ俺の時代がと言わんばかりに、隆也が胸を張る。まだバイト先も決まってないだろう。
「そういえば浩太朗はギター持ってたよな。写真あったら見せてくれよ」
ホームルームまでもう少しだったが、先生はまだ来ていない。
スマートフォンを開けると、さっき調べてたものが出てきた。なんだこれと隆也が聞く。クォータニオン、回転を司る妖精さ。
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