第6話 早くに卒業することがそんなに偉いの!?⑥

「いただきます。」


家族以外の人と一緒にいただきますをするのはいつぶりだろうか。


その懐かしさ故か、それとも初めてのことだからかは分からないが心なしか恥ずかしい。


そんな恥ずかしさなど知ったこっちゃないと言わんばかりに彼女は唐揚げとレンチンしたご飯を頬張っていた。


しかし、うまそうに食べてくれる。食べられた唐揚げもさぞかし嬉しいだろう。


そんな姿を見ていると、俺の食べる分がなくなりそうなので目の前に盛られている唐揚げを1つ口に入れる。


カレー味のほうだった。意外といけるもんなんだな。

――――なんて、唐揚げ専門店のすごさに夢中になっている場合ではない。


「あのぉ、どうやってこの部屋に入ったんですか。」


「えっ?」


「いや、だってこの部屋の鍵あのとき俺しか持ってなかったわけじゃないですか。それなのになんで中に入れたのかなぁって。」


「あぁー。あれね、アパートの入り口に管理者の人の電話番号あるでしょ?その番号に電話かけて『ここの226号室に小野さんって人住んでますよね。私その人と今日から一緒に住むんです!』って言ったらその管理人、まぁ大家さんっていうのかな?みたいな人が1階に住んでるから来てって言ったの。それで大家さんのとこ行って直談判して、あのアプリで送ったメッセージ見せたりしたらマスターキーで開けてくれたの!」


ここの大家さんの信用度レベルが5下がった。


俺は適当な相づちをうちながら別の皿に盛り付けられたおそらく違う味の唐揚げを頬張る。


「てかさぁあ。ずっと気になってたんだけど大学生でルームシェア相手探してるって珍しいよね。」


「それはお互い様なんじゃないですかね。」


今の返しは少しきつかったであろうか。


「まぁ、そうなんだけどさ。なんで小野さんはルームシェアしようと思ったわけ?」


彼女はさっきの俺の返しを気にとめる様子もなく、唐揚げに箸をのばす。


「んー、俺一浪しちゃったんですよ。それでなんとか勉強して、合格できたんでこの春から一人暮らししなきゃだったんですけど、ルームシェアした方が金銭的に家族は楽できるかなって思ったんで。」


「えっ!もしかしてさ通う大学って青弘せいこう大!?」


「はい。」


「まじ!私もそこに今年入学するの!ねぇ、学部は?」


「教育学部ですけど。」


「え!私も!」


「まじっすか!偶然ですね。」


「そうだね!でも、私養護教諭のコースだからさすがにそこまでは同じなことないよね。」


「さすがにっすよ。俺小学校コースですし。」


「だよねー。でも同じ学部だからきっと一緒の授業とか多いよね!頑張ろうね!」


恋花さんの友達はこの底なしの明るさにきっと救われてきているんだろう。


なんて思っていたら、唐揚げが残り3つになっていた。

――――俺まだ5、6個しか食べてないのに。恋花さん、恐るべし。


「あの、恋花さんにも俺から質問して良いですか。」


「いいよ!あと、さっきからなんで敬語なの?こっちも気遣っちゃうじゃない。タメ語できてよ。」


「まぁ、なんとなく年上の感じしたんで。」


「なぁにそれ。オバさんってこと?あんたと同い年よ!私も一浪!」


やっぱり一浪か。

妙におばさんくさい言葉遣いだと思ったことは今は伏せておく。


「じゃあ、ここからはタメ語で。なんでルームシェア相手に男の俺なんて選んでくれたんですか。」


「あー。それ聞いちゃう?」


彼女は少しふざけ始めた。


「だって、一応あんた女の子だし、知らない人と、ましてや男とルームシェアするの怖くなかったのかなって。」


「一応じゃなくて女の子だから!ピチピチの19!」


彼女が口を開くまで少し間があった。


それを埋めるかのように俺は唐揚げを1つかじる。


「まぁ、理由はあんたと同じ感じ。私も一浪してたんだけど、なんせバカだったから、前期試験で受かんなくて。一応後期試験も受けようと思ってたんだけど、落ちたときは滑り止めの私立行くか位で考えてたの。そんな気持ちで受けたのに、最後の最後に受かっちゃってさ。そこからは入学の手続きやなんやらでもうてんやわんや!そんで、家探しもさ、生協の物件良いのなくて。それでいろいろあさってたら、ルームシェアって選択肢を見つけたの。そしたら、安くて広い部屋に住めるっていうからさもうしたくなっちゃって!『あたしルームシェアする!』って家族にも言いきっちゃって。そんで探したらあなたがいたわけ!」


「理由同じな部分ありました?」


「あったじゃん!安くて広いってのが理由!私も家族に苦労かけたからね!あと、また敬語になってる。」


「俺別に広いとかは考えてなかったんだけど。」


「細かいことはいいの!んで、あと知りたいことは?」


「男とルームシェアするの怖くなかったのか。」


「あぁ、そうだったね。んー、なんだろうな、なんか悪い人そうじゃなかったからかな。」


「そんなの会ってみないと分かんないじゃん。」


「文章上からよ!まぁ、会ってみてやばいヤツだったら夜逃げしようと思ってたし。」


恋花さんを知ろうとすればするほど、彼女はつかめなくなっていく。

小学校の自由研究で作ったスライムみたいに。


「あと、あんた童貞そうだし。」


「はぁ!なんでそんなことまで分かるんだよ!」


この女、出会って一時間もしないうちに俺の地雷を土足で踏みやがった。


そんなことを気にとめる様子もなく彼女はすぐさま口を開く。


「あんたがバイトしてる間に部屋見たって言ったでしょ?そんときにどこさがしてもコンドームとかないんだもん。あ、もしかしてそういうのしないで女の子側にピル飲めとか言っちゃう系?うわ、サイテー。」


「そんなひどいことしねーよ!失礼な。」


「じゃあやっぱり童貞じゃん。」


「いや、俺は財布にコンドームとか忍ばせておくタイプだし?」


「じゃあ財布から出して見して?」


「いやぁ…、今はないよ。」


「やっぱり童貞じゃん。そんな嘘バレバレなのよ。あと、コンドーム財布に入れると傷ついてちゃんと避妊できないからやめときなよ。」


思えばこのとき、俺は初めて「堪忍袋の緒が切れる」という言葉の核心を突くような感覚を得たのかもしれない。


「ああそうだよ、俺は童貞ですよ!何か悪いことでも?」


「別に悪いとは言ってないじゃない。ただ、私に手を出してくるようなことはないから安全だなってだけー。」


テキトーな返事をした彼女の姿に余計に腹が立った。こうなってしまったらもう俺の口は塞がることはなくなっていた。


「別にあんたのことを襲おうなんて、はなから思ってねーよ!ましてや、テキトーな相手と卒業するなんてもってのほか。俺はな、自分が好きな人とちゃんと卒業したいんだよ!それが来年だろうが再来年だろうが、どれだけ遅くなってもかまわない!」


今日初めて会った人に、図星過ぎる指摘を受け、嘘でごまかし、その嘘も見抜かれ、仕舞いには逆ギレ気味にこんな恥ずかしいことをぶちまけるなんて。人として、男として、情けない。


きっと今日、夜逃げされてしまう。


「バカじゃないのあんた。ましてやご飯中に何話してんのよ。」


その言葉で正気に戻れされた俺は、色々な恥ずかしさに耐えきれず、どうしようもなくなったのでとりあえず椅子に座り直した。


「でも、その考え方は素敵だなって思った。」


――――はぁ?


「嘘つけよ。マジで言ってんのかあんた。」


「ほんとう。人間なんて自分が遅れたって思うとすぐ焦っちゃって、やる事なす事テキトーになりがちなのよ。特に、童貞・処女の卒業なんてその典型例。そんなさぁ、初めてことをテキトーにすませたいのかって話よ。物事はなんでもはじめが肝心なのにね。変に焦って捨てちゃったヤツより、あんたみたいな人の方が何倍も人間としてはマシでしょ。」


俺は想定外すぎる、いや、今までこれを待っていたかのようなその反応と言葉に、恋花さんをぽかんと見つめることしかできなかった。


「なによ、気持ち悪い。」


「気持ち悪いは言わなくても良いだろうよ。」


「人の情けない童貞話をめしどきに聞かされて気持ち悪いと思わないほうが気持ち悪いでしょ。」


彼女がド正論過ぎるせいで、俺は変にかしこまってしまった。


「でも、応援はしておくわ。ルームシェアのパートナートして。」


俺は初めてこの話を打ち明けたのが恋花さんで良かったと思った。初めてこの感情を共感――――ではないかもしれないが、認めてくれた人が現れてくれたことが物凄く嬉しかった。


「さっ、唐揚げ残り1個早く食べちゃって?食べ終わったら私の荷物の整理手伝ってねぇ~。」


「なんで俺が。あんたの荷物でしょ」


「さっきの話聞いてくれたお礼だと思って手伝ってくれても良いでしょ?それとも、さっきの話ばらされたいわけ?」


「分かりましたすみません。洗い物は俺やるから先に始めてて。」


皿洗いがそこまで面倒くさかったのかと言わんばかりに彼女は大げさに喜んで自分の使った食器を台所に持って行った。


ため息をつきながら最後の唐揚げを一口でかっ食らったとき、俺はある違和感に気づいた。


「あのさぁ。」


「なぁに?やっぱり洗い物手伝ってはなしだよ。」


「じゃなくて。この唐揚げさ、どっちもカレーの味してね?」


「あぁ、気づいちゃった?なんかね、カレーの粉がね、袋の中でばらまかれちゃっててさ。カレーの味が醤油味のほうにもついちゃったみたいなのよ。誰かさんの配達が悪いせいで。」


この後、俺は恋花さんの荷物整理に、彼女以上にがむしゃらに取り組んでやった。


こうして、彼女との奇妙なルームシェアは、家主のメンツ丸つぶれの状態でスタートを切ったのであった。




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