第4話 早くに卒業することがそんなに偉いの!?④

お店からアパートまでは20分ほどかかっただろうか。意外と遠かった。


駐輪場に自転車を止めた瞬間、体中から今までに経験したことのない量の汗が噴き出てくる。



まだ文面でしかコンタクトを取ったことがない人、ましてや女の子とこれから衣食住をともにするかもしれない。しかも童貞が。


そんな状況であるのにも関わらず、俺は不思議と緊張していなかった。というよりも緊張など通り越してしまったのだろう。異常事態すぎて。


俺の部屋は2階にあり、階段を上がりきった廊下の左側の一番奥の部屋。いわゆる角部屋だ。


顔にかいた汗を服の袖で拭いながら2階のフロアへ上がり、左手に続く人影のない廊下を進んでいく。



ん、ちょっと待てよ。


部屋の鍵って俺しか持ってないよね。てことは今もし恋花さんが来てたとしても部屋にはまだ入れないよね。


でも廊下には誰もいない。一番奥を見ても人影はない。


ってことはやっぱりお隣さんか、もしくは上下階の部屋番号が似通ったレンカさんが間違ったのかな。


結局何も理解できていないまま部屋の前まで来てしまった。


あれこれ考えるのはもうやめよう。俺は今は配達員。この部屋の主であることはこの仕事において一切関係ない。お届け先の間違いなんて笑い飛ばせば良いのです。今はお客様の、レンカ様のご希望した商品を安全にお届けすることがすべてなのです!


ルームシェア相手かもしれない自分をすべて取っ払い、完全体配達員になったところで人差し指でインターホンのボタンを押した。



「はぁーい。どちら様でしょうか?」


扉越しに聞こえてきたその声に完全体配達員のフォルムは一気に剥がされてしまった。


5秒ほどの沈黙の後、扉から大丈夫ですかというような声がしたので


「あ、でっ、デリバリー館のおの、小野です。レンカ様でお間違いないでしょうか。」


と返事をした。なんとか配達員としての意識は取り戻せたようだ。


「あ、はい!今開けますね」


鍵が開き、ドアガードを解除する音がすると同時に扉が開いた。


その扉から出てきたのは、かわいらしい10代後半の見た目をした女の子だった。


小さすぎず大きすぎずのほどよい二重の瞳に小さくも高い鼻と柔らかそうな薄めの唇。


薄くブラウンがかった黒のセミロングの髪型に、眉にかかる位のシースルーな前髪。


身長は150後半から160ちょっとといったところだろうか。


だぼっとした少しオーバーサイズのパーカーにスウェットパンツという服装であるため詳しいスタイルまでは分からないが、きっと細身の体型だろう。



というか、なんで中に入れてるの?



「あのぉ、どうかしましたか?」


しまった。キモ観察に夢中になっていた。


そのときはもう配達員としての意識など雀の涙ほどしか残っていなかった。


「あ、いいえ。あの、レンカ様でお間違いないですか。」


「はい!オオタレンカです!間違ってないですよ!さっきも聞いてましたよその質問。」


物凄く反応が良い。聞いていない名字の部分まで答えてくれた。


そして今この瞬間、彼女があの文章を送ってきてくれた本人と同姓同名であることがちゃっかり分かってしまった。



てか、なんでそんな元気でいれるの。勝手に人ん家入ってるのに。



「あー、いや、その、なんというか。住所とかもここで本当に間違ってないですか?」


「なぁにちょっと!自分の住む場所間違うわけないでしょ!面白い人ですね。」


見た目のかわいらしさとは裏腹にケタケタと笑う。使う言葉はどこか一昔のオバさんくさい。


「いや、あのぉ、まさかだとは思ってるんですけど、これお客様ですか。」


そう言って俺はあの例の文章が映し出された画面を差し出した。


「はい。私で間違いないですけど…、なんであなたが?」


ぽかーんとした顔とかってよく聞くけど、こういうことなんだなという顔をされた。最初から俺も同じような顔してたかもだけど。


「俺です。この小野、ここの物件でルームシェア相手探してた小野です。」


「え、ホントに?あなたがこの小野さん?」


「はい。」


「マジで?」


「マジな方で。」


その時彼女はなんともいえない表情をしていた。きっと何から話すべきか分からなくなったのだろう。無論俺もそうであった。


なんとかこの奇妙な沈黙を打破しなければ。


どうやってこの部屋に入ったなんて今聞いちゃったら確実にバイトに戻ることなどできん。というか、彼女も今はまともに会話できないだろう。


「まぁ、とりあえず商品だけ渡しちゃいますね。俺この後もまだバイトなんで。」


そういって俺は商品の入ったリュックを地面に置き、中から取り出す。


「そうですね。あ、お金だ!」


そういうと彼女は部屋に財布を取りに戻ろうとした。相当テンパっているのだろう。


そりゃそうだ。人生生きててこんな経験そうそうない。というかきっと二度とない。


「いえ!お会計はもう事前にされてます。なんか電子マネーやらなんやらで。」


「あぁ、そう…だった?そうだった!えへへぇ。」


照れ隠しをするその姿は意外とかわいらしい。不意にもすこし見惚れてしまった。


「あ、これ商品になります。」


「わぁおいしそう!ありがと!」


そういえば恋花さんいつの間にかタメ口になってる。


まぁ、これからルームメイトになるし別にいっか。


最後に別れの挨拶でもしようと思ったのだが、普通のお客様であればありがとうございますみたいなことを言えば良いものの、彼女に対しては違うんじゃないかと思った。


悩んだ末に出た言葉が、


「それでは、また後ほど。」


であった。


「はい、…後ほど。」


そういって彼女は扉を閉め、俺はアパートを後にした。


後に判明したことなのだが、渡した商品のあの唐揚げ、味付けでかかっていたカレー味のパウダーがパックからぶちまかれていたらしく、袋の中がカレーパウダーまみれで悲惨なことになっていたらしい。


完全体配達員までの道のりは険しいようだ。










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