第六話:作戦会議
尊は異能者についてある誤解を持っていた。
彼らは大厄災の後に現れた、シリウスはそう言った。
だからこそ、異能者というのはそれ以前の時代には居ないと考えていたのだが。
よくよく考えてみればそれはおかしい。
説明された歴史だと一年の大厄災後、復興もままならない時に現れたとされている。
「生まれた」ではなく「現れた」。
文字通り、突如として異能者は時代の表舞台に登場したという意味だったのだ。
彼らの多くは後天的に異能の力に目覚めた者だったらしい。
「つまりは元はただの人だったということ、か。大厄災と異能者のの関係は示唆されてはいるが……それがどんなものか具体的には不明のまま。何らかの影響で早めに目覚めた者が居てもおかしくはない……のか?」
結局のところ、「大厄災以前の人間」と「以降の人間」。
それらがどれだけ変化したのか、あるいは影響を受けたのかわからなければ結論は出ない事柄だ。
わかっているのは大厄災が何らかの切っ掛けだった――ということだけ。
それ以降に異能者と認定される存在がどんどんと増えていった事実がそれを指し示している。
そして、明確に判明しているのそれだけだ。
シリウス曰く、実験や解析によって人類は須らく
ただ、それを大厄災以前の人間も持っていたのかまではわからない。
仮に大厄災がその干渉能力自体を人類に与えたのだというのなら、大厄災以前に異能者は存在しないことになるが……。
「例えば……。大厄災とやらのお陰で人類が持っていたその干渉能力とやら強化しただけなのなら、才有る者が異能に目覚めて最初期の異能者になっただけとも言える。なら、気付かれなかっただけで自然の異能者が大厄災以前に居てもおかしくはない」
『肯定』
だからこそ、シリウスはあの廃ビルで反応を検知した時にその可能性について考慮した。
とはいえ、生体との融合という想定外の手段を取る羽目になったこと。
そして、現地協力者への情報提供による認識共有を優先度として高く置いたため、その可能性についての提言については後回しにする判断を行ったらしい。
「昨日の一日、話を聞こうとしなかったのは俺だから……文句は言えないか」
『補足。誰かの異能によるものと断定するほど情報が無かったと主張。元来、
「んー? なら、尚更に異能者の仕業だと思うが……」
『しかし、大厄災という例も存在します。
「なるほど……」
『ユーザーを害した事象について不確かな情報を渡すのは精神的に好ましくない。しかし、同時にこれは手掛かりになりえるという結論にシリウスは至りました。これらが異能者によるものであったのか、あるいは
「どちらの場合でも
『肯定。故にまずは時間の経過した廃ビル跡で残留反応の測定を行い、一昨日とのデータの比較照合。後にユーザーへの説明をする予定――』
「だったところにあの火事騒ぎというわけか」
『アルケオスのセンサーが
「それであの結論に至ると」
シリウスの説明を自分なりに咀嚼しながら用意していたコーヒーに口を付け、その苦みと共に色々なものを一気に飲み下す。
そして、ソファーでゴロンと横になった。
ここは一人暮らしの彼の部屋だ、誰が見ているわけでもない。
だからこそ、こうして口に出して会話しているわけだが……それはともかく。
大きく伸びをして一言、
「はあ、全く次から次へと勘弁してくれ」
あのボヤ騒ぎの後、尊はすぐさま自宅へと帰宅した。
携帯端末のことなど一先ず後回し。
一先ず冷静に情報を処理する必要がある。それを考えれば一人暮らしの自宅が最善という判断だ。
「……一応、その未知の自然現象が極めて短い間に連続で同じ街の中で起こったという可能性もあるんじゃないか?」
『回答。否定する材料は存在しない。ただ、やはり可能性があるのは異能者が能力を使った場合。未定ではあるが現状判明している
「特性……ね」
『解説。
「その形や指向性ってのを与えるのが人間だと?」
『肯定。人の意思を介して現象として
「……となるとやはり可能性として考慮するべきなのは異能者の存在か」
『考慮。無論、C(ケィオス)という存在の解明はまだ不完全であり、未知の事象の可能性は常に存在します』
「まあ、それを考えだしたらきりがないからな。……シリウス。仮に異能者が居たとしてソイツは生まれた時から使えたと思うか? それを隠していたとか。或いは最近目覚めたのか――とか」
『回答。考察するための情報が不足。異能者として目覚める詳しいメカニズムはまだ解明はされていません。
「ああ、死に瀕して蘇ったらってやつか。はー、ありがちな目覚め方ではあるけど」
『説明。この現象に関しては心肺停止状態においてその人物の意識体が一時的にでも上位次元へと近づくことで、親和性が高くなりそれによって知覚能力も干渉能力も向上したためだという仮説もあります。とはいえ、これらのデータもあくまでも大厄災後のデータなので大厄災以前のこの時代の人類にどれだけ適用されるかは不明です』
「うーん」
彼は考え込んだ。
異能を制御して使っている異能者なのか。
あるいは異能を暴走させている異能者なのか。
そもそも尊は狙って殺されたのか。
あるいは事故のようなものだったのか。
「流石にあんな殺され方をするほど恨まれてる覚えはない……」
人間どこで恨みを買うかなんてわからないとはいえ、だ。
思い出すのは現場の光景。
瓦礫は散乱し荒れ果て、
辺り一面は燃え上がり、
彼の身体はぼろクズのようにそこに転がっていた。
何かが爆発でもしたような有様。
それこそ爆弾のような。
流石に手間暇かけてそんなものを用意して爆死させられるほどの恨みに覚えはないし、そもそも廃ビルに向かったのが本当に気まぐれだったのだ。
ならば、あらかじめ仕掛けられていたということも無いはず。
「とはいえ、それは異能という存在を考慮しなければの話か。それぐらいできる異能はあるらしいし……」
それでもやはりあんな風に殺されるほど恨まれているとは覚えはない……というか思いたくはない。
「……そんなこと言ってても仕方ないか。重要なのはこれからどうするか」
相手がナイフやそれこそ銃を持っていても今の尊には力がある。
ただの人なら対処は可能だろうという自負はある。
ただ相手もまた超常の力を持っているのなら話は別になる。
『提言。この時代に異能者が居たというのは貴重なサンプル。ユーザーの身の安全、並びに使命のためにも重要度の高い事柄であるとシリウスは主張します』
「わかっている」
尊は一拍を置いて話を整理することにした。
「話を続ける。俺を殺した犯人は異能者だと仮定して進めるとして……次に考えなきゃいけないのがそいつはどれぐらい異能を扱えるのか。つまり危険性の推定だ」
彼が殺された場所。
それは映像を見る限り、人一人を殺すには不必要なほど破壊されていた。
過剰に力を行使する性格なのかもしれないし、制御が出来ていない暴走のようにも見える。
シリウスの説明曰く、異能は使えば使うほど無駄が無くなり、洗練されてより強力になるという性質を持っているらしい。
それに加えて能力の種類にもよるが制御力も基本的にその習熟に比例するとか。
「俺を殺した後の次の事件はゴミ置き場を焼いただけ……力を制御できてなくて暴走しているだけとも取れるが」
『評価。非合理的行動』
「これだけじゃねぇ……」
『要求。ユーザーはこの事態においてどのような対処を考えているかシリウスは指示を求める』
「……ふむ。実際のところ、戦闘になった場合どうなるんだ? ただの一般人相手ならともかく、対異能者はどれだけの信頼ができる?」
『回答。当機体アルケオスは兵器として製造。当然、対異能者も想定して作製。それも特殊な訓練を積んだ異能者を想定した兵器となります。ですが――』
「ふむ」
『融合状態という特殊な状況であり、発揮できる能力については未知数。ユーザーの戦闘経験も不安要素の一つ』
「真っ当な高校生に実戦経験なんて求めないで欲しい。中学の時はそこそこ身体を鍛えてはいたけど高校に入ってから普通に帰宅部だし、喧嘩とかとも縁が遠い」
ふと、そう言えば今年からは学校の指導要領の改訂で部活動はどこかに入らないといけないんだったか。
そんなことを尊は思い出したが今はそれどころではないと振り払った。
「というか、アルケオスのセンサーとやらで反応なり何なり探って犯人を見つけることは出来ないのか?」
『回答。当機のセンサーでは異能を使っていない時の異能者を見分けることは不可能です。異能を発動する際は
「なるほど……まあ、出来ないっていうのなら仕方ないか」
『仮に肉体の強化や変化、異能を持続的に発動させるタイプなら発見は容易です。だが、今回の異能のタイプはそれらとは違う推測します』
「ふむ、上手くはいかないもんだ」
とはいえ、出来るなら最初から言ってただろうとは思っていたのでそこまで期待はしてなかったが。
「さて……どうするべきか」
『提言。シリウスとしては現時点では出方を窺うことを推奨します』
「ふむ……」
『調査も大事ですがユーザーの身の安全こそ最重要です。特に相手の動きがわからないというのも考慮。少なくとも一度は犯行を起こした以上、早急に逃走しようとするのが通常の思考のはず、ですが対象はまだこの街に居る可能性高い……』
「まあ、それがわかってるのは俺たちだけだろうがな」
短い間に続けての火事。
紐づける人間は居るかもだが、確信を持てるのは尊たちぐらいのはずだ。
また、それは犯人も同じこと。
まさか未来の技術で気付かれるのは想定の範囲外だろう。
(まあ、最大の想定外は俺が生きていることだろうけど……)
「確かに何でさっさと逃げずにまだこの街に居るのかがわからないな。この街の住民で離れるわけにはいかないのか別の理由があるのか……。あるいは捕まるとは考えていないのか」
ともかく、相手の動機。動きが読めないというのは確かだ。
相手の動きを待つというのは悪くない判断に思える。
『相手の危険度が高い以上、迂闊な行動より対する備えをする方が合理的な判断であるとシリウスは提言します』
「用心を重ねるに越したことはない……か」
彼はいつの間にか無くなっていたカップの中身を注ぎながら同意した。
一度殺された相手なのだ過剰過ぎる対応ということはないだろう。
『追加。さらに相手の情報を得るための手段としてシリウスからユーザーに提案します』
「なんだ」
『ユーザーの事件当時の記憶を取り戻す方法について』
「…………」
ピタリと喉を潤そうとカップを口に運んでいた手が止まる。
『解説。ユーザーの記憶の短期欠落は軽度であると推察します。脳内への電気刺激でのを早期回復の見込めると演算の結果が。ユーザーの記憶が回復すれば、対象の情報は格段に増加。顔、あるいは会話も行っていた可能性も十分に存在します。それらがあれば対象を特定するのは容易で――――』
ガチャン。
最後の方は聞こえていなかった。
意識せずとも動悸が激しくなり、冷や汗が吹き出てくる。
尊は静かにカップをテーブルに戻し。告げた。
「それはダメだ」
『疑問。何故か? 手段があるなら一先ずは全て試すべきであると提言します』
「……冗談じゃない。いいか言っておくけどな、それやったら俺は役に立たなく自信があるぞ! それでもいいのか!」
『情けない』
「辛辣!」
生物として破壊しつくされた自身の遺体の姿が尊の脳裏をよぎた。
人があんな風になった時の記憶など思い出したくはないと思うのが普通だろう、少なくとも彼はそうだった。
『了解。同意が得られないため、プランを凍結する』
「理解してくれて助かる。……AIにも人の心があるんだな」
『回答。主人公が覚悟を決めるにはタイミングという物があるとシリウスは理解している。
「……ふっ、照れ隠しを……いや、そういう感じじゃないな? それってシリウスの判断で問答無用にやってやるという宣言か? おい、どっちの――」
『ユニーク』
「いや、ユニークじゃなくて――」
自身を殺した犯人がまだ近くに居て狙ってくるかもしれない。
そんな状況でありながらも笑えたのはこの奇妙な同居人のお陰だというのは理解していた。
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