第3話 調教師=テイマーが嫌われている理由

「イクエちゃんがね、探索者ギルドに来る前の話だけど。あれって確か?」

「うん、四年前?」

「四年前ですね」

「私たちがまだ、ダンジョンに潜ってたときなんだけど――」


 カナリアの話ではこうだった。


 魔物にも、その強さや危険性を等級がある。例えば、灰狼は中級の魔物として等級付けされている。シルダのようなレッサードラゴンは、一時期乱獲されてしまったらしく、最近では見るのも珍しいのだけれど、魔物としての等級は初級。


 魔物が獣魔になる条件ははっきりとはしていないが、そのひとつとして『屈服』させるというのがある。確かにPWOでも獣魔を手に入れる方法、最初から敵意のない種を探したり、敵意のある魔物を屈服させる必要のあるなど様々だった。

 ちなみに、シルダは調教スキルを覚えるためのイベントモンスターだった。


 こちらの世界では、時間をかけて、それこそ自分の子供のように、貴重な人生に一部を割いて獣魔を育てる人はいないようだ。カナリアが知る限り、調教師は『いかに強い獣魔を従えているか』がステータスであり、調教師自体の強さを誇示する手法でもあるとのこと。

 その証拠に、シルダのような初級の獣魔を連れて歩く調教師は見なくなった。だから育江のことは、周りの探索者からは違った意味で目立っているとのことだ。


「等級の高い魔物が住む場所はね、調教師かれら一人で行くには危険すぎるの。だかといって、護衛を頼んだとしてもね、探すことまで考慮に入れると、何日かかるのか、わからないのね」

「はい、あたしもそう思います」

「そこで彼らは考えたの。『ダンジョンならそこまで遠くはないし、常に潜っている探索者もいるから』と」

「あぁ、なるほどです」

「あのときはまだ、『調教師は除くあんなこと』が書かれることはなかったわ。だから調教師でも、パーティに誘ってもらえたのね」

「はい」

「ただね、そのあとが悪かったの……。ある一定水準の魔物が出てきたらね、『倒すのはちょっとだけ待ってくれ』と言い始めるのよ」

「え? それもしかして」

「そうなの。出現率が低くてね、等級が高く設定されている魔物らしいわ」

「あー、そういうことですか」

「屈服させようとしてる調教師は、確かに肉体的にも強い人が多いわ。けれどね、『そうなる』前に、頭の良い魔物は逃げてしまうのよ」


 空いたジョッキを『おかわり』という感じに持ち上げるカナリア。


「そうそう。ドロップも高めの魔物ものは、ささっと逃げちゃうことがあるんだよねー」


 そう言いながらジェミナが、新しくお酒を注いだジョッキを持ってくる。


「結果的にね、そのパーティは収入が減るわけ」

「あー……」

「一部のそういう『運の悪いパーティかれら』は、そんなことが続けたわけ。ある時期から『調教師は断ってほしい』と注意書きが入るようになってしまったの」

「わかる気がします」

「それでも彼らは懲りなかった。どう懲りなかったというとね、彼ら自身が依頼人になって、護衛代わりに『パーティ募集』をするわけ」

「はい」

「結果、どうなると思う?」

「んー、全滅しかける?」

「ぴんぽーん。ダンジョンはね、狙った魔物以外も沸いて出るわけだから、パーティが支援してる間に背中から襲われることがあるのよ。命からがら逃げてきて、依頼を出した調教師はね『契約違反だ』って騒ぐわけ」

「うわぁ……」

「そんな噂がたつとね、どのパーティ募集にも『調教師不可』や、『調教師を除く』が書かれるようになった、……というより、私が書くことになったのよ」

「なんていうか、お疲れ様です」


 カナリアはジョッキの酒を飲み干して、お代わりを要求。ジェミナが新しいジョッキを持ってくるが、手を伸ばしたカナリアの前でおあずけをさせる。もちろん、カナリアの手は空を切る。


「何してるのよぅ」

「カナリア、『あの話』、した?」

「え? 何の話ですか?」

「この子でしょう? カナリアが迷惑掛けちゃった子って」

「あー、……そうだったわ。うん、ごめんなさいするから、ジョッキ、おねがい?」

「はいはい」


 呆れるような表情をし、ジョッキを置くジェミナ。


「ごめんなさいね。カナリアが迷惑掛けてしまって」

「いえ、はい。よくわかりませんが、大丈夫です。あたしもお世話になっていますから」

「いい子ねー、ほら、カナリア」

「あ、あのね、……その、私の失言もあってね、イクエちゃんの素性が一部バレてしまったの。受付を預かるものとして、最低の大失敗だったわ……」


 ジェミナはうんうんと腕組みをしながら頷く。ジェミルは『さもありなん』と思い頷く。


「あの、何のことです? あたしのこと、調教師だと言っちゃったときですか?」

「いいえ、そうじゃないの。『空間魔法』のこと、半分口を滑らせてしまって……」

「あー、あれですね」

「そうなのよ。あれ以来ね、私に個人的な依頼が殺到したの」

「どんなです?」

「『イクエちゃんを是非、荷運びポーターとして雇いたい』って……」

「それはまた……」

「ぐあ……」

「ですよねー、……もちろん、私の方でお断りしておきました」


 とにもかくにも、エルシラ姉妹のお店『酒場ラシエル』は、お酒は置いておくとして料理は美味しかった。シルダも『へそ天』状態でご満悦。肉料理だけでなく、干し魚と野菜の煮物もあって、育江も久しぶりにお腹いっぱいになった。


 飲み過ぎたカナリアは、姉妹が送ってくれるとのこと。育江は食べ過ぎて動けないシルダを背負って『トマリ』へ戻った。


 翌朝――

 シルダに起こされた育江。


「あんたねぇ……。昨日あれだけ食べてもう『腹減った』ですか?」

「ぐあ?」


 システムメニューにあるシルダのステータス情報に、あちらではなかった年齢の項目があって、それが六歳になっているのに気づいた。レッサードラゴンという種がどれだけの寿命かわからないが、様々な物語から察するに長寿で数百年生きると仮定すると、シルダはまだまだ小さな子供だとも言える。


「仕方ないわねぇ。『焼いただけの蛇肉いつもの』しかないけどいい?」

「ぐあっ」


 シルダ用に買っておいた落としても割れない鉄製のお皿。その上に三つほど出してあげる。

 ほこほこと向こう側が揺らいでしまうのではないかと思えるほどに、まだ温かい『焼いただけの蛇肉』。焼いてすぐに『格納』してあるから、こうして状態良く持っていられる。


 あちらでは誰でも持っていたインベントリも、この世界では『空間魔法』と呼ばれるほどのレアスキル。


(確かに便利よね、これがなかったらやってられないもん)


 ▼


 いつもの林で、少し奥側。

 上がらない。微々たる経験値は入ってるけれど、灰狼を一匹終わっても、シルダのレベルが上がる気配が感じられない。

 次にレベルが上がる経験値の残りが見えているだけ、余計に上がる気がしなくなる。それは仕方がないかもな状況。


 シルダは現在、十一レベル。育成中に灰狼をちらっと鑑定したところ、十二レベルだった。レベル差がかろうじてあるから、与ダメ、被ダメのあとに、幾ばくかの経験値は入るときがある。けれど必ず経験値が入るわけではないから、確かにこれは効率が悪い。


「シルダ、倒しちゃってもいいよ」

「ぐあっ」


 実のところ、シルダはある意味手加減をしている。彼女自身が鍛えてもらってると認識しているのかもしれない。


 シルダは、徐々に弱りつつある灰狼の顎を蹴り上げた。その勢いでバク転でもするように宙で一回転する。

 灰狼は、その場でうつ伏せになるように動かなくなった。


「ぐあっ」

「はいはい、つよいつよい。ドヤ顔しないの、知ってるから、シルダが強いのは」


 いつもの『徒競走で一着の選手がテープを胸で切るかのような』スタイル。PWOでは『ドヤ可愛い』と呼ばれていた『えっへん』のポーズだ。


 シルダは強い。今の彼女だと、灰狼では数分ともたないだろう。


 これで灰狼は十匹目。鑑定スキルには、『範囲鑑定』というちょっとした索敵にも使える技がある。それを使うと、視線を動かす度に『木』、『木』、『木』、『灰狼』、『木』、のように視認できる範囲にあるものを鑑定することが可能。

 調べた限りでは、目の届く範囲に灰狼はもういない。十匹も倒せばそうなるだろう。


 ギルドに戻って、キッチンの裏手にある倉庫に来た。そこでカナリアに灰狼を買い取りしてもらっているところ。


「……うぅうううう、きぼぢわるい」


 聞くと昨日のお酒が残っていて二日酔いなんだそうだ。


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