第29話 お祝い会

 春斗の新人賞受賞とクラウドファンディングによる目標金額達成のお祝い会は、「美味しい焼き鳥が食べたい」という春斗の鶴の一声により、両国の小洒落た焼鳥屋で行われた。


 響谷チョイスのお店は、高い天井の太い梁がまるで江戸の造り酒屋のような趣で、入り口横の螺旋階段を上ると、一日一組限定のロフト席があった。


 文藝心中社の篠原にも声をかけたが、林田宛てに丁重なお断りのメールが届いた。

「藤岡さんは短編での受賞だったので、単行本一冊の分量になるまでもういくつか短編を書いてもらいます。十二月刊行を目指してこれから加筆・改稿の作業に入ります。私の顔を見ると羽を伸ばせないでしょうから、今回のお誘いは謹んで辞退させていただきます」


 お祝い会の出席者は林田、響谷、妃沙子、登美彦、高槻沙梨、藤岡春斗の六人となったが、響谷が予約したロフト席は最大六名利用という上限があったため、却って篠原に断られて良かったという結果になった。


 林田から「篠原さんも誘った」と聞いた春斗は、全員が席に着くまでびくついていたが、篠原が来ないと知るやほっと胸をなで下ろし、全九品のコース料理をぺろりと平らげると、追加で親子丼も頼み、食後のなめらかプリンまで完食する旺盛な食欲を見せた。


「料理はすごく美味しかったけど、なめらかプリンは邪道だね」


 リバーサイド・カフェのブラジルプヂンが大のお気に入りである林田は、食後のプリンにだけは手をつけていなかった。春斗にこっそり横流ししている。


 軍用の防弾チョッキにも利用される生地だという、とにかく丈夫さが売りのバリスティックナイロン製のトートバッグを胸に抱いた響谷は、いつにも増して不気味な笑みを浮かべている。


「ハルちゃん、まだ食べられるよね。せっかくのリクエストだから一生忘れられない焼き鳥を食べさせてあげようと思ってね。お店に内緒でこっそり用意したものがあるんだ」


 春斗はスプーンを咥えたまま、きょとんとした目をして響谷を仰ぎ見た。


「じゃじゃーん、これさ!」


 響谷がトートバッグから取り出したのは、鳥の手羽先にゴジラの前脚がくっ付いたようなグロテスクなものだった。てらてらと艶めかしい光沢を放つ緑色の鱗のような皮膚に黒い紋様が刻まれており、五本の爪は神経の壊死した歯のようなどす黒い色をしている。


「うわ、気色悪っ……」


 妃沙子が顔を背け、高槻沙梨は絶句している。


「なんですか、これ」


 さして顔色も変えず登美彦が問うと、響谷が面白くなさそうな顔をした。


「ワニだよ。ワニ。トミーはもうちょっと驚きなよ。リアクション薄いなあ」


「響谷君、ワニは爬虫類だよ。鳥ではない」


 林田は温かいお茶を啜りながら、しれっと訂正する。


 しかし、誰も聞いてはいなかった。


「これが鰐皮ってやつですか。クロコダイルバッグの原料がこれですか。キショっ……」


 妃沙子はおそるおそる指先でワニの皮膚を突っつくと、慌てて引っ込め、すぐにおしぼりタオルで手を念入りに拭いた。


「うわっ、ヌルっとした。きもっ!」


「よく触れますね、妃沙子さん。私、こういうのぜったい無理です」


 高槻沙梨が泣きそうな声で言った。登美彦同様に反応の薄い春斗は特になにもコメントせず、スマートフォンで写真を撮っている。


「これ、食べるんですか?」と登美彦が言った。


「もちろん。二次会は妃沙ちゃん家に突撃してワニ三昧さ!」


「どうやって食べるんですか。焼くんですか?」


「グリルでこんがり焼くと美味しいらしいよ」


 登美彦と響谷はワニ談義で盛り上がっていたが、妃沙子と沙梨は「私、パス」「……私も」と告げた。クレジットカードを店員に手渡した林田は「あとは若い人たちだけで楽しんで」と言い、完全に一次会で立ち去る気満々のコメントを残した。


「ぼく、明日は学校で早いので……」


 壁際に座っており、好き勝手に逃げ出せない位置の春斗が小さな声でぼそりと呟いた。


「ハルちゃんはもう夏休みでしょう。逃がしはしないよ」


 悪魔のような笑みを浮かべて、響谷はワニ肉をトートバッグに仕舞った。

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