第35話【ゲームの魔術で、最初に覚えるのは火系になりがち……】

 俺は、ヴィクトリアに案内されるままに王城の地下を進む。ここは訓練場になっていて多くの騎士たちが、大人サイズの藁人形を相手に木剣を振るっていた。


 騎士たちはヴィクトリアを見るたびに訓練の手を止めて、右の拳を左肩につける敬礼をする。どの騎士も口角をだらしなく上げていた。


 ヴィクトリアは、それらを一瞥することもなく俺の前を悠然と歩いている。


「こっちよ」


 ヴィクトリアは、そう言ってドアを開けた。


 俺は、開かれたドアの中に入った。床には、巨大な魔法陣が描かれている。


 俺が部屋に入ると、ヴィクトリアも入ってきてドアを閉めた。心臓が跳ね上がる。


(こんな密室で、ヴィクトリアと二人っきり……)


「ここは、駆け出しの魔術士が修行する場所よ。今は、誰も使ってないわ。もっと大きな施設が出来たからね」


 ヴィクトリアは部屋の隅に行くと、そこに立てかけてある木の板を手に持つ。


「さあ、魔法陣の真ん中で胡座あぐらをかいて。始めるわよ〜」


 ヴィクトリアの口調は、何故か上機嫌だ。嫌な予感がする。あの木の板を何に使うつもりなのか。


 俺は、生唾を飲み込みながら魔法陣の中央に座って胡座をかく。ヴィクトリアが、鼻歌を歌いながら近づいてくる。


「あの、その木の板は何に使うんですか?」


「決まってるでしょ。修行よ」


「ああ、そうですか……」


 俺の予感は的中した。


 ヴィクトリアが、俺の背後に回って木の板を俺の肩に乗せたのだ。


「さあ、今から微弱な魔術が、魔法陣から迫り上がってくるわ。S63は、気を乱さずに瞑想するのよ?」


「はい……」


 俺の声が震える。目を閉じて、視界から入ってくる情報を遮断する。呼吸を整えて、集中した。


 足下から生暖かい何かが、身体を駆け上ってくる。そのむず痒い感覚に目を開けてしまう。


「集中を乱さないっ!!」


 ヴィクトリアの厳しくも清らかな声とともに木の板が、俺の肩を叩く。


「痛いっ!!」


「痛くないっ!!」


 再び、肩を打ち据えられた。俺の肩は熱を帯びてヒリヒリとした痺れが広がる。ここで抵抗すれば、また叩かれると思い、俺は唇を噛み締めて我慢をする。


(どうしよう。これ、全然集中できない。ムズムズする〜。駄目だ動きたい……)


「心が乱れてる。もっと、集中して。ゆっくり息を吸い込んで。その息を体中に巡らせるようなイメージとともに吐き出すのよ」


 俺は、ヴィクトリアの言う通りに深呼吸をして集中する。


 足に絡みつく何かが、下腹部にまで浸透してくる。それでも、俺は我慢をして意識を集中させる。次第に痒みが消えて楽になっていった。


 余裕のできた俺は、ヴィクトリアのことを考える。


 彼女の顔を思い浮かべて、綻びそうになる頬を叩く妄想をした。


「良い調子じゃない。もう少し集中して。そろそろかな。火を頭の中で想像してみて?」


 背後から甘い花の香りが漂ってくる。それは、俺の鼻腔に吸い込まれていく。


 この部屋で、そんな甘い香りを放つものなど他にいない。いや、一人しかいない。


 ヴィクトリアだ。


 俺はとろけそうになる感覚を抑制しながら、頭の片隅に炎をイメージする。


 燃えるような赤き光、風になびく炎の尾。


 確実に目の前でそれは起きている。このままでは、顔まで迫ってきて大変なことになるだろう。


「ヴィクトリアさん、この熱は、どうにかなりませんか!?」


「もう少し、炎の形を変えてみて。玉でも槍でも好きなのでいいから……」


「はい」


 俺は、歯を噛み締めて耐え続ける。炎を何に変えるかを必死で考える。


(玉にするのが一番イメージしやすいな。いや、待てよ。難しいものをイメージ出来たら……)


 俺の目の前に炎があるのは間違いない。伝わる熱と、何かが燃える音がする。それとともに身体中から何かが抜けていく脱力感を感じる。


 この熱をヴィクトリアが思いもしないものに変えたのなら、俺の株は上がるだろう。


 かっこいいところを見せつけたい。


 俺は、丸い玉から剣の形を思い浮かべてみる。しかし、一気に吸い上げられるように気力が抜けていく。


「……S63、邪念は捨てなさい。もっと簡単なイメージを持たないと、精神力を消耗するだけよ」


「は、はい」


 ヴィクトリアの声で、俺の心のイメージが無茶苦茶になる。もっと簡単なもの。そうなれば、やはり玉しかない。少し残念ではあるが、おとなしく火の玉をイメージした。


 火の玉ファイアボールという文字列が浮かぶ、ごっそりと気力が消えた。


「何か文字が浮かばない? 浮かんだのなら、それをそのまま唱えてみて?」


 ヴィクトリアは、俺の肩から木の板を外した。


火の玉ファイアボール


 言い終えて、目を開ける。火の玉が、俺の目の前から壁に一直線に飛んでいく。


 火球は、石壁にぶつかって黒い跡を残して爆ぜて消えた。


 第35話【ゲームの魔術で、最初に覚えるのは火系になりがち……】

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