第20話【ゲームの主人公は、謎だらけ】
俺は、第一主査室と書かれたドアの前に立ちつくす。このドアの向こうには、ヴィクトリアがいる。もうどれくらい待っているのだろう。
若くして主査となったヴィクトリアは、王都に巣くう盗賊団の壊滅を命じられているらしい。
アルターヴァルの討伐数も、なかなかのもので上司からの信頼も厚い。何よりも、親の七光りだと陰口をたたくものがほとんどいなかった。
これは、凄いことだ。人間が、親の七光りを非難せずに実績を受け入れて、称賛するのだから。
この手の情報は、食堂や休憩所で寝たふりでもしていれば、面白いくらいに集まるものだ。
王城にあるプシケ砦での勤務もこれで終わりなのだろう。とはいえ、何年も勤務したわけではないので、思い入れはない。
ひたすらに長い通路とバカでかい訓練所や資料室。全て踏破しないうちに、城下町勤務となる。
王城から遠い場所での勤務。これは、いわゆる左遷なのではないだろうか……
(遅いな。報告とか言ってたけど。あの兵士……ああ、GMナイツか。いつまで待たせる気なんだ)
ただ、突っ立っているだけでは、飽きてくる。長い通路と窓だけの簡素な空間。外の景色を眺めるくらいしか、時間を潰す方法がない。
「……礼しました」
部屋のなかから、男の声が聞こえてきた。ほぼ同時にドアが開く。俺は、邪魔にならないように横に移動する。
「うん? ああ、S63か……。ヴィクトリア様に粗相のないようにな。あ、お前たちはNPCだったか。それなら安心だな。ハッハハハハ」
GMナイツは、笑いながらどこかに去っていった。自己完結型の気持ち悪い男だ。でも、あらためて思う。NPCへの差別意識について、だ。
この世界は、NPCを冷遇している。心をプログラムして、人格を与えようとも人間ではないのだ。
人間は、どこにいようとも人間である。俺は、このハイリアルで、人間と関わるたびに力を得なければと考えるのである。
(とにかく、ヴィクトリアから話を聞かないと……。外に出れるのは、左遷かもしれないけど。悪くはない。十二支石を強化できるチャンスもあるかもしれないし)
俺は、ドアをノックした。名前を名乗り……もちろん本名ではない。今の俺は、NPCなのだ。
「どうぞ……」
俺は、ドアノブを掴んで中に入る。金色の長い髪に朝の空のような瞳。何度見ても、人間とは思えない。
この違和感は、この世界では俺だけが感じるものなのだろう。ヴィクトリアは、表情ひとつ変えずにこちらを見据える。
「エドガール主幹から、話を聞いているわ。S63……。いえ、シュウ。貴方は、王都清掃作戦の前段階に参加させます。前段階として5人の重要人物を生け捕り又は殺害します。シュウには、そのうちのひとりが頻繁に目撃される場所の警ら任務を与えます。この人物です」
ヴィクトリアは、机の上に手配書を置いた。大きな目と黒いあごひげの大顔の男だ。
(悪人面だな。分かりやすい。こんなやつ、すぐに捕まるだろ)
「……3人ほど殺されたわ。聞いてる?」
ヴィクトリアは、指示棒で手配書を叩いた。聞いてはいたのだが、こんな顔のやつが隠れられるのかと考えていただけだ。
「聞いてますよ。3人って市民を?」
「やっぱり聞いてないわね。GMナイツがひとり。NPCが2基。アルターヴァルをソロで倒した貴方なら……問題ないでしょ」
ヴィクトリアは、眉をひそめる。心なしか拗ねたような顔に見える。
俺がソロで倒したことは、エドガールやヴィクトリアしか知らない。結局は、ヴィクトリアと俺の共同討伐となった。
ヴィクトリアは、他人の功績で誇れない人間なのだろう。いいことだと思うのだが、俺への悪感情になっているのではないかと心配になる。
「すみません。色々と頭で考えてて……」
「貴方が担当する場所は、市民街第3区の裏路地と近くにある空き地。警らコースは、この紙に書いてあるわ」
差し出された紙を見ると、周辺は酒場が多いことがわかる。治安も悪そうだ。駐在所もある。ここに寝泊まりしながら、悪人面を探すのだろう。
「前任者には、話を通してあるから命令書を持っていけば交代になるわ。ところで、貴方が助けた魔法使いの少女の話なんだけど……」
ヴィクトリアは、指示棒の先を指先で弄りながら「宝石みたいなモノを見なかった?」と呟く。周囲を警戒しているように見えた。
おそらくは、十二支石のことだろう。いや、それしかない。心臓が少しだけ跳ねあがった。懐にしまっている十二支石に意識が向くのを必死でこらえる。
「見てませんね。高価なものなのですか? モグラたちは、あの魔法使いの少女をリアルでの重鎮の娘だとか言って……」
「見ていないのなら、いいわ。あの魔法使いの少女のことは忘れなさい。あの任務での貴方の活躍は、抹消されています」
俺は、ヴィクトリアの言葉に安堵した。抹消されているのなら、十二支石のことを報告する必要もなく、見なかったと嘘を突き通せばいい。
ただ、十二支石が無くなっていることは知られている。おそらく、ただの宝石ではないことも知っているのだろう。
これ以上、十二支石の話をするのは嫌な感じもするし、ボロが出てもよくない。都合よく魔法使いの少女の話で思い出したことがある。
「分かりました。それで。えーと、この街に来たときに手配書を見せられたことがあります。その、僕にそっくりの顔をしてたんですが……」
「……これのこと?」
ヴィクトリアは、悪人面の手配書の上に新たな手配書を置いた。その顔は、俺に似てるようだが、少し違う。前に見せられたのと変わっている気がする。
「賞金首の男よ。名前は、シュウワン。名前まで似てるわね。でも、とっくに捕まって処刑にされたけど。似てる人間なんて、ハイリアルにはたくさんいるでしょ。ここの人口は、リアルの3倍。これから、まだまだ増え続けるわ」
ヴィクトリアは、俺に似てるシュウワンなる男の手配書を破り、近くのクズ箱に捨てた。
あの魔法使いの少女は、俺を姉の仇だと言った。手配書の男は、俺と瓜二つだったと思う。でも、破り捨てられたシュウワンの顔は他人の空似レベルだ。
「余計なことは、考えなくてもいいわ。貴方は、任務をこなして実績を積み上げなさい。それが、エドガール主幹が望まれてることだから……。そして、貴方のためにもなる」
考えるなと言われても、考えてしまうし、そのたびに謎が浮かぶ。
このハイリアルへと俺を案内したロバのマスコットキャラ。あれ以降、出てこなくなった。口ぶりから、色々なことを知っているはずだ。
俺にソックリな連続殺人犯の手配書。魔法使いの少女が見せてきたときとは、違う顔になっている。なお、殺人犯は処刑にされたらしい。
俺を拷問したリーフデ。エドガールやヴィクトリアも知らない人物だった。シュドラなる遺伝子について、語っていた。
そして、俺自身。クロンヌによる世界滅亡未遂を知らずに、ヴァシュを持たないらしい。
クロンヌもヴァシュもハイリアルの人間には、知られていない。エドガールも知らないことだ。知るためには、リアルの人間から聞くしかない。
リアル世界で、権力のある人間。それこそ、ハイリアルを作った人間ならば知っているだろう。
どのみち、今の俺では会えない。ここは、エドガールの願い通りに実績を積み上げるしかないだろう。その裏で、十二支石を強化する。
俺は、ヴィクトリアに敬礼をして新たな配属先へと向かうのだった。
第20話【ゲームの主人公は謎だらけ】完。
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