大宮家の姉弟事情

りお しおり

大宮姉、アイスが食べたい

 姉が宇宙との交信でも始めたのかと思った。

 僕が仕事から帰ってくると、リビングの入口から見えた姉は、両手を天井に向けた奇っ怪なポーズをしていた。


 触らぬ神に祟りなし。

 思わずリビングに入らずに自室に行こうとしたとき、ふと姉が振り返った。


「おかえり」

 奇妙な格好のまま声をかけられ、動揺を押し隠しながらただいまと返して、諦めてリビングに入った。

 テレビの画面には、僕でも見たことのあるヨガのポーズをとっている人がいて、宇宙と交信していたわけではなく、このポーズをまねていたらしいと合点がいった。


 だけどなぜだろう、姉の格好は中の人とは「似て否なるもの」感がすごい。どこがと言われてもわからないけど、とにかく不気味だった。

 あいさつもしたことだし、深入りしないのが賢明だ。自室に引きあげようと後ずさる。


「ねぇなっちゃん」

 テレビの中の人がヨガのポーズを崩すと姉も変なポーズをやめたけれど、新たなポーズをゆっくりと取り始めたテレビの中の人を真似ることなく、僕に話しかけてきた。逃げる術を失った。


「アイス食べたくない?」

 訳:アイス食べたいよね。

 僕の返事は肯定一択しか許されていない。別段食べたくもなかったけれど。

 その上で少し考えて答える。


「そうだね。一緒に買い行く?」

「うん。なっちゃん運転してね」

 姉は満足気に頷いたので、正解だったみたいだ。類似表現に「アイス食べたい」があり、こちらは買ってきてと続きがちだ。姉の意向をきちんと汲むことができてほっとする。


 僕が間違えたからといって、姉は不機嫌になったりはしないけれど。ただ、正解するまで迫ってくるからちょっと面倒くさいだけだ。姉にはもちろんそんなことは言えないけれど。


 かくして帰って来たばかりの僕は、姉とコンビニに行くことになったのだった。



   * * *



 車で二分くらいのところにあるコンビニにつくと、姉は鼻歌まじりにコンビニに入った。僕にカゴを持たせて。

「買ったげるから好きなの選んでね」

と言い残し、姉はアイスコーナーを越えてアルコール飲料の缶を物色し始めた。こういう自由さはいつものことなので、気にしないことにする。


 僕は迷わずいつものバニラアイスを選んでカゴに入れた。姉のほうに行くと、期間限定と書かれたチューハイと新発売と書かれたビールを手にしていた。それをカゴに入れると、迷うことなくさきいかを取ってそれもカゴに放り込む。

 それから、ようやくアイスを選び始めた。


 僕はカフェラテが飲みたくて、いつも買っているプライベートブランドのカフェラテを手にとった。横には野球部のエナメルバックを背負った男子高校生二人が、楽しそうにスイーツを選んでいた。


 僕ははっとして姉のほうを見た。案の定、姉は邪なことを考えていそうな笑みを浮かべて、彼らを見つめていた。

 見すぎ……。

 注意しなければ。僕は慌てて姉の傍に近づいた。


 声をかけようとしたとき、

「尊い」

と唐突に呟いたのでぎょっとした。


「心の声は中にとどめておいてよ」

 僕は姉の服の裾を掴み、小声で非難した。

「えー?」

姉は不満げだ。期間限定と書かれた舌のかみそうな名前のアイスをカゴに入れながら、わたしはね、と話しだした。


「全然大したことないんだよ」

 ほら、めちゃくちゃ絡むやつ苦手だし、どっちかというとそこはかとないのが好きだしさ、匂うくらいがちょうどいいの、友情との狭間みたいなさ。


 姉は小声で自分のライトさをアピールしながら、レジのほうに僕を促す。

 この話がレジ前でも続いたらどうしよう。

 直接な言葉はないものの、ひやひやしてしまう。怯えながらレジにカゴを置くと、お願いしまーす、と朗らかに姉は言った。僕にエコバッグを渡して。姉の話は続かなかったので、内心ほっとする。


 会計をする姉の横で僕は買ったものをどんどん入れていったので、僕たちの作業はほぼ同時に終了した。

 店を出て、後部座席にバッグを置こうとドアを開けようとしたところ、姉は僕からバッグをひったくった。


 姉がそのまま助手席に乗りこむので、僕も車に乗った。

「さっきの子たち、明らか部活帰りなのに、ジャンクなものじゃなくてスイーツ見てるとこがかわいいよねー」

などと、途端に話し始めた。

 さっきので終わりではなかったらしい。

 姉は、ピッチャーとキャッチャーだとよいとか、だけど怪我をして控えにまわった選手と託された新エースというのも捨てがたいなどと、自分の妄想をなおものたまう。


 これはBGMだと自分に言い聞かせ、エンジンをかけた。姉も別に僕の返答など求めていないのだから。姉は案の定、勝手に喋り続けた。そして足元に置いたバッグからビールを出してプルトップを開けた。

 家まではたかだか二分だというのに。そもそも、アイスが食べたいと言っていたのに。

 だけど僕はツッコまなかった。姉の自由さは慣れっこだし、何より鼻歌まじりにビールを飲む姉が楽しそうだったから。


 姉のご機嫌な鼻歌をBGMにアクセルを踏んだ。家に帰ったら、別に食べたいと思っていなかったアイスを食べようと思った。


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