第20話 死ぬまでにしたい10のことを変更します。

 部屋に入ると、早速イタムを出した。




 ――だれかがいる気配がした。



 口元に人差し指を立てて、静かに、とイタムに近づける。指を舐めてきた。




 足音を立てず、進む。




 もしかして、わたくしのニセモノがいるかも知れない。




 部屋の奥、クローゼットのなかから物音が! 






 まさか、わたくしの服を盗み、なりすましているのでしょうか。




 ジェイコブを呼ぶべきでしょうが、呼んでいる最中に逃げられてしまったら、ニセモノがいるのかどうかもわからずじまい。





 顔だけでも見たい。




 わたくしは机にあるランプを手にとって、いざというとき殴れるようにした。




 心のなかで、3.2.1……と数える。






「そこにいるのはだれですの?」

 クローゼットの扉をがばっと、あけた。






 メイド長のエマがいた。



 わたくしのドレスに顔を近づけ、すんすんと鼻を動かしている。



 服の匂いを嗅いでいる?



 わたくしに気がつくと、クローゼットから前方宙返りでエマが飛び出してきた。



「お帰りなさいませ。フェイト様。今日は遅かったですね」

 結った黒いつややかな髪を整え、壁際に立つ。最初からここに立ち、出迎えていましたよ、感を強調させていた。


「エマ、いま、わたくしの服のにおいを――」

「服の虫取りをしておりました。服の安全はこのエマにお任せください」

 背筋の伸びた見事なカーテシーだ。わたくしもあわてて返す。


「フェイト様。ジェイコブにはお会いになりましたか? アシュフォード家に直に仕えるとのこと」


「ええ。とんだ迷惑です。あとで追い出す策を練りましょう」


 エマが口元をおさえ、静かに笑う。


「言っていることと、お顔が真逆ですよ。そういう遊びが学園で流行ってるのですか」


 いけない。わたくしは笑みをもらしていたのでしょうか。あわてて引き締める。



「そうだ。エマは【公爵令嬢ヴァイオレットは今日も涙をひた隠す】を読んでいますよね」

「ええ。良い本でした。貴族令嬢の心情を知るのはメイドの基礎教養ですので」

「実は学校で悪役令嬢ごっこが流行の兆しをみせておりまして。わたくしがどれほど悪役令嬢ヴァイオレット様に近づいたか、テストしていただけませんか」

「私の審美眼悪役令嬢ジャッジは厳しいですよ。さぁ、きなさい、フェイト様!」


 エマは腕を何度も自分の胸に寄せた。コミカルな動きだ。



 わたくしは扇子を出して、口をおおった。

 最後にエマにも嫌われなくてはならない。わたくしが死んだときの悲しみを減らすのだ。その為に反応を見ておかないと。


「わたくしはエマが大っっっっっっ嫌いです。マナーをたたき込まれたからこそ、いつもわたくしのマナー違反を注意されそうで、気が抜けない。こんなに一緒にいると疲れる人を知りません。しかし、厳しく育ててくださったおかげで、いまのわたくしがある。お母さまの代わり、だと思っております。しかし、それはそれ! やはり気が抜けない! エマと同室だと息がつまりますので、出ていってください!」



 わたくしは、開いた扇子を、閉じた。



 エマは瞬きもせず、わたくしを見つめる。



 黒曜石のような瞳は潤み、涙がこぼれてきた。



「す、すみません! エマ! わたくし、なんという暴言を……」


 わたくしは膝から崩れるエマを抱きかかえる。



 エマは泣き止まない。エマを抱きしめ、謝り続けた。



「私、心のどこかで嫌われていると思っていたんです。お母さまであるアニエス様からフェイト様を託され、私は、厳しく接しました。どんなに嫌がっても、けっしてフェイト様に優しくはしませんでした。それでも、私のことをアニエス様の代わりだとおっしゃってくださる。私にはもったいない言葉だよ。ありがとうね」


 エマはわたくしを抱き寄せ、前髪を流し、額にキスをした。



 あと3ヶ月もしないうちにエマともお別れしなければならないと思うと――。



「いまのわたくしがあるのはエマのおかげです。これからもよろしくお願いします」


 わたくしは目尻を押さえ、立ち上がった。語尾がふるえていた。気取られないといいのだけれど。





 エマは紅茶を入れてくれた。鼻腔をくすぐる、良い匂いがする。


 わたくしはあえておどけた声を出した。


「いかがでしたか、わたくしの悪役令嬢っぷりは?」




「うーん」



 エマが考え込んだ。



 まあ、クオリティは低いですよね。理由はわかりませんが、悪役令嬢のふりをしても、だれからも嫌われていませんでしたから。




「ほぼ、100点に近いと思いますよ。よく特徴をつかんでおいでです」



 わたくしはうなずく。

「左様でございますよね……。えっ! 意外と高い!!!!」


「本のヴァイオレットさんって優しいんですよ。酷いことを言った分、フォローしてしまう。でも、それは、ヴァイオレットさんと関係性ができてない人に向けられるから、悪意だと受けとめられてしまう」


「では、関係性ができてしまっている人に嫌われる……えっと……。嫌われるような悪役令嬢の演技を友人の前でするとしたら、どうしたらいいでしょう。わたくし、この悪役令嬢ごっこにすごくハマっていまして。なんとしても、友人に勝ちたいのです!!」


 エマはするどいので、気づかれないように言葉を選ぶ。



 エマは瞳をくるくると動かし、考えてくれた。


「そのままで良いのではないでしょうか。フェイト様はヴァイオレットさんの生き様に惚れて、崇拝されているのですよね。ただ、悪口をいうだけの令嬢は悪役令嬢というより、ただの意地の悪い令嬢なのではないでしょうか。フェイト様は人から嫌われようとして嫌われるような方ではない。じぶんのことより、人のことを考えて行動できる立派な淑女です。大変申し訳ありませんが、私はあまり、悪役令嬢ごっこというものが、好きではありません。遊びとはいえ、それによって本当に壊れてしまうものもあるでしょう」



 わたくしは強ばる顔を笑顔で誤魔化した。


「そうよね。そんな遊びは良くはないですね。ありがとう。下がっていただいて結構です」



 エマがお辞儀し、部屋を出て行った。イタムを乗せ、机に座る。



「ぜんっっっぜん、、、ダメです! わたくしの悪役令嬢の振りはほぼ完璧! だけど、関係性のある方々に嫌われることはできない……。死ぬまでにしたい10のリストを変更しなくては。ねっイタム」



 そのまえにイタムと遊ぼう。ハンドリングして、とぐろを巻かせ、すきなだけスキンシップした。イタムは嬉しそうにあたまをくっつけてきた。

 イタムの目は宝石のよう。赤く燃えるようなルビーの色とイエローサファイアが埋め込まれているみたいだ。しばらく見つめると、イタムがなに? とでも言うように首をかしげた。


 


 さて、色々試行錯誤したうえで、死ぬまでにしたい10のリストを変更した。



 まず、前回のリストだ。



1. 剣を習いにいくこと。貧民街にある「ジョージ護身術」に金貨10枚を持って、護身術を1ヶ月で習得する。※すでに前金支払い済。行かないと、こわーい師範代が取り立てに参ります。

2.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。

3.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。

4.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。

5.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。

6.お父さまと弟の問題を解決する。

7.人前で決して泣かない。泣いてもなにも解決しないから。泣くときは1人で。

8.イタムを飼ってくれる優しい人を探す。

9.友達を作りたい。

10.恋愛をしてみたい。




 これが変更したリスト。変更部分だけを書く。




3.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。人から嫌われることが難しいので、悪役令嬢の振りをして、これ以上関係性が良くならないように努める(変更!)


9.目に見える範囲の困っている人を助ける(new!)


10.わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらう。人から嫌われることが上手くいかなかった代替案として。その為、わたくしのニセモノがいれば探すし、いなければそっくりさん、もしくは魔法でなんとかできないか、方法を探す。(new!)



 悪役令嬢のふりをしても嫌われることはできない。しかし、わたくしが死んでしまった時の皆様の悲しみは少なくしたい。つまり、わたくしが生きていると偽装することができればよいのではないかと考えた。なんらかの方法を使い、遠くに嫁ぎ、簡単には会えないようにする。この方法にこだわる必要もないが、臨機応変に悲しみを減らすというゴールを目指すのだ。



 友人を作りたい、恋愛をしてみたいは、泣く泣く消した。リストにこのふたつが存在する矛盾に気がついてはいた。それでも、わたくしが死ぬときに、なにも、なかったら。わたくしの手から砂がすべり落ちるように、本当になにもなくなってしまったなら。わたくし自身が耐えられないのではないかと考えた。



「甘いわよね。イタム。わたくしはもっと自分に厳しくしなくては。とてもヴァイオレット様のように、美しい死をまっとうできない。少なくともわたくしは、残り時間だけはわかっているのだから」



 わたくしは 友人を作りたい、恋愛をしてみたい、の部分を羽根ペンでグシャグシャに消した。何度も、上からなぞって消した。



 本が、濡れる。ぽたぽたと雨が落ちるように、本が濡れた。わたくしはあわてて、本をどかす。


「いけません……。イタム。大切な本を濡らしてしまいましたわ。わたくし……ったら」



 イタムが這って、肩に乗り、わたくしの目尻を舐める。



「イタム、ありがとう。貴方の次の飼い主も探しますからね」


 

 ハンカチで目頭を押さえる。




 すっきりした。もう大丈夫だ。今日、お父さまとシリルの問題を解決させる。

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