第13話 一緒にお弁当を食べる

 校舎から出て真新しい厚生棟に入る。座る余地がないほど混雑している一階の食堂を横目で見ながら、二階にあるカフェテリアに。


 そこそこ込み合っている室内が一瞬静まってから、さざ波のごとく騒めいた。


 俺達は気にすることもない素振りで奥の丸テーブルに陣取る。いや、二人は周囲の注視などどこ吹く風なのだが、俺だけはその視線の圧に押されている。


 これが学園カースト最上位の二人と、ただの凡人一般生徒との違いか!


 思っているうちに二人が椅子に座ったので、俺もテーブルの中心におせち料理に使う様な大き目の風呂敷包みが置く。


「恵梨香やエミリちゃんと一緒に食べるつもりだったから早起きして久しぶりに作ってみたんだが」


 言いながら風呂敷包みから重箱を取り出す。

 出来栄えはどうかな……? という様子で並べる。


 一の重。

 玉子焼きとたこさんソーセージにミニハンバーグ。プチトマトの詰まった洋食ご膳。


 二の重。

 俵型の食べやすい形のおにぎりが詰まっている。


 三の重。

 里芋とシイタケとニンジンとごぼうの、筑前煮。


「これ……」


 恵梨香が驚いたという声を出す。


「光一郎が作ったの? ちょっと……凄いわね。嫉妬しちゃう出来栄えなんだけど」


 素直に驚嘆していると言う模様。確かに驚くかもしれない。小さいころから両親は海外赴任が多く、やむに已まれぬ事情で家事全般が得意科目になってしまったのだ。


「エミリの家だと料理はコックさんがやってくれるので食べるの専門ですよー」


 いい所のお嬢様だと伝え聞いているエミリちゃんだが、視線は重箱から離さない。エミリちゃんのお眼鏡にもかなったようでよかったと胸をなでおろす。


「スーパーたからやの特売セールで仕入れたから、あまり材料費はかかってない。存分に食べてくれ」


「そうね。三人でいただきましょう」


 恵梨香が相槌を打つ。それが合図になって三人で『いただきます』をしてから、なんやかんやとにぎやかな食事会が始まった。


「光一郎君」


 なんだ? と俺を呼んだエミリちゃんの方を見ると、箸に卵焼きをつまんでいて。


「あーん」


 微笑み朗らかに俺の口前に差し出してきた。一緒に生徒会で仕事をしてきたが、こういう事態は初めてのだったのでちょっと驚いてしまう。


「ちょっと、エミリ! 何抜け駆けしてるのよ!」


 恵梨香が機敏に反応するが、エミリちゃんのニコニコに押されて逆らえそうにない。その差し出された動作に従って卵をパクリと口に入れる。甘く柔らかな触感が口内に広がった。いや、俺が作ったんだが。


 なんだかなーと、もぐもぐ咀嚼していると、


「今度は光一郎君の番です。光一郎君、恵梨香ちゃんにあーんをしてあげちゃってください」


 エミリちゃんが、マイルドだがとても逆らえそうにない強力な笑みで下命してきた。


 え? エミリちゃん、そういうつもりだったの? と心の中でたじろぐが、流れはとうにエミリちゃんが抑えている。


『あーん』などという女性に対して近しい事を生まれてこの方したことのない俺。戸惑いながら恵梨香を見ると目が合って、その頬が羞恥に染まってゆく。


「今は休戦協定中のお弁当タイムですよ。光一郎君は恵梨香ちゃんにあーんをしてあげて」


 エミリちゃんがエミリちゃんスマイルで俺を押してきた。というか、微笑みの命令。俺は覚悟を決めて恵梨香に箸でタコさんソーセージを差し出す。


 恵梨香は少しの間俯いていたが、その薄っすらと桃色に染まった顔を上げて、


「ぱくっ」


 っとそれをついばんだ。


 手の平を口に当て、もぐもぐと咀嚼する。やがてゴクリとそれを飲み込むと、エミリちゃんが頃合いを図っていたかの如く、ごく普通の事だという声音でセリフにしてきた。


「関節キスですねー。エミリもしましたけど」


「そうね。間接キス、ね。運命のパートナーとしては、まずまずといったところかしら」


 恵梨香も同調して、何食わぬ様子で口を動かしている。


 間接キス!


 言われて確かにそうだと思ってから、すごくドキドキしてきた。


 自然と心臓の鼓動が鳴り始めて、頬が熱くなるのを止められない。


 同じく恵梨香も、笑みがこぼれてしまうという表情がとても嬉しそうで、昂揚している心中を隠せてはいない。


 二人と仲良くするという戦略に基づいた、俺の希望する展開だ。しかし、同じ仕事仲間だけの関係だった女子生徒とのいきなりの深い接触で、心が乱れてわたわたとし出している。


 落ち着け、俺!

 この流れで進む戦略だろ、俺!


 自分に対して言い聞かせるが、乱れた心は平静には戻らない。


 あまり深刻には考えてなかったのだが、付き合っている者同士仲良くするというのは、女性とのそういう関係に乏しい俺には難易度が高いと気付く。


 ぶっちゃけ、俺、女の子との接触に全く抵抗力がないことが判明した!

 どうしよう!

 まじ、どうしようと思う。


 この娘たちのペースに乗せられて進むと、どちらか一方を選ぶ選択を行った後は、なし崩しに本物の恋人関係一直線に持ち込まれそうに思える。


 このいちゃいちゃの流れはもはや校内中に知れ渡っていて、外堀を埋められて俺の一存だけではどうにもならない状況にも陥りかねない。


 やはりこのまま二股の関係を続けながら、打開策を練るをいうのが妥当だろう。


 現状、敵は二人で今ここにいる味方は俺一人だが、何とかしのぐのだ。


 俺がそんな覚悟に懊悩しているなどとも思っていない二人は、いたって気分が良く余裕の様子で食事を続けている。


 やがて皆で『ごちそうさま』をしてお弁当タイムが終わる。


 三人で後片付けをしてテーブルを去る際に、恵梨香が笑みはニッコリ、でも抑揚は冷え冷えとしたセリフで俺に釘を刺してきた。


「私たち以外の女と会うとかダメよ。浮気は許さないわ。不倫したら、最終手段を使う事、よく覚えておいて」


「エミリはそこまで独占欲はないかなー。二号さんでも、光一郎君といちゃいちゃちゅっちゅできれば満足。でも光一郎君が誰かほかの人専用になって、エミリとできないのはイヤかな」


 小悪魔天使のエミリちゃんは日溜まりの微笑みを浮かべながら、でも言う事は言ってくる。


 俺は満足したという二人に、五時間目は用事があるからと言って校舎入り口で別れるのであった。

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