第10話 碧ルート

 碧と二人して廊下を歩いている。

 どこに向かっているという訳でもない。

 ただ碧と並んで、ゆっくりと二階と三階を周回していた。


「なんで卯月君の事を気にかけるか……という答え。私も貴方を狙っているから」


 全く勿体ぶることもなく、そう言い放ってきた碧。


 いきなりのセリフに驚愕している俺だったが、碧はそんなことはお構いなしというどこ吹く風だ。


 俺たち二人に対して方々から向けられている視線を気にしている様子もない。


「俺を狙っているって……」


 それ以上、セリフを続けることができない。


 碧が続けてきた言葉は、俺の予想を軽々と超えるものだった。


「私は貴方のところに『夢魔』『クロぼう』がやってきたのを知ってるわ」


 恵梨香とエミリちゃんは言葉を濁してはっきりとは言わなかった。


 しかし碧は、『夢魔』、『クロぼう』等のワードを明確に音にしてきたのだ。


 だから困惑の中ではあったが、俺は一番に浮かんだ疑問を碧にぶつけることにした。


「なんで……」


「なんで?」


「なんで俺のところに……クロぼうが来たのを知っているんだ?」


 碧は、ふふっと始めて少し楽しいという笑みをこぼした。


「何でかしらね。私にも色々事情があるという事かしら」


 さらに碧は俺の疑問をよそに畳みかけてくる。


「私はね、その夢魔の能力で誰かが卯月君をオトす事を阻止したいの。卯月君には事が終わってから、皆のありのままを見て能力関係なし自由に決めて欲しいの」


 想像もしていなかった口上だった。


 恵梨香やエミリとは真反対。


 碧が俺を狙っているというのは本気にしてよいのかどうかわからないが、俺が夢魔の能力でオトされるのは避けたいと言う。


 率直に言って、この碧という女性は夢魔の魔法などを使わなくても自分自身を俺の心に印象付けることに成功していると思えた。


「俺が能力者で、恵梨香たちからのアタックを防御できることも知っているんだな?」


「知ってるわ。恵梨香さんかエミリさんか。最初に卯月君を運命のパートナーにしようとしてアタックした人は一回きりの能力を使い切ってそのまま負け」


「碧さんは、その恵梨香かエミリのどちらかに、能力で俺をモノにしてほしくはないということだと」


「そう。その上で私は卯月君と協力して、この『恋愛ゲーム』を乗り越えたいと思っているわ。どう? 私の助け、いるかしら?」


「正直に言おう。助けてくれ」


 すると碧はその俺の疑問には答えず、ちょっと表情を意地悪い笑みに変える。


「どうしようかしら? 私が申し出たことだけど、卯月君は今現在、恵梨香さんやエミリさんと恋人同士なのよね。その間に割って入る私は、間女よね」


「碧さん、いや、碧さまっ! どうか哀れな子羊にお助けを!」


 俺が碧に対して手を合わせると、碧はサドっぽい言葉と表情を引っ込めてくれた。


「ごめんなさい。ちょっと意地悪だったわね。でも、私の事信じるの? 私は貴方の、運命のパートナーを選ぶゲームに介入しようとしているのよ」


「信じる。お前が本当に俺の事をなぜ助けてくれようとしているのか、その理由はわからない。でもお前は俺を脅さなかった。お前は俺が何も言わないうちから、正直に自分の手の内を明かしてくれた。あとは……」


 考えを整理しながら口から出す。


「俺は以前から生徒会での不言実行のお前の態度を尊敬していたから。お前は他人を不幸にする嘘をつく奴じゃないって思ってる」


「ありがとう」


 碧は心からにじみ出たという本当に嬉しいという顔をした。


「みんなの狙いは貴方よ。貴方の周りに夢魔関係者が集まっているわ。だから、その能力者たちの隙を突いて戦略的に動きたいわ」


「本当に……何でそんなことを知っているんだ?」


「何故かしらね。私にも色々あるという事かしら」


「なら……俺は取り合えず恵梨香とエミリと付き合いながら、様子をうかがうという方向性か……」


「鈍感なのに思考の方向性は私好み。ずっと見守ってきた意味があると思えるわ」


「見守って……?」


「ごめんなさい。本当に私も口が軽いわね。気にしないで。でも私の都合でずっと貴方を見ていたから、自分でも驚くほど入れ込む様になったのかもしれないのだけど」


 俺には碧の言っていることはわからない。だがそれが碧にとって大切なことで、簡単に踏み込んでいい事ではないように思えたので、それ以上聞かなった。


 しばらく二人して廊下を歩く。


 階段を上がり、三階を進んでからまた二階に降りた。


 周囲の注視は多いが、二人だけの時間の中にいると感じられる。


「私は……」


 碧が一拍置いてから言葉を流し出してきた。


「この『恋愛ゲーム』をみんなにとってのハッピーエンドで終わらせたいの。結局誰かが卯月君を手に入れるのかもしれないけれど、卯月君には能力で運命の相手を決められて欲しくないわ」


 俺の事をちゃんと想ってくれていると感じられる、とても自然な抑揚だった。


「今、卯月君は『碧ルート』を選択したのよ。誰かが能力で卯月君をモノにしたら負け。私と卯月君がそれを防げたら勝ち。後悔はない? 恵梨香さんとエミリさんをあざむいて行動するのよ」


「後悔はないよ」


「自分の能力を誰かに好きに使いたいって思わない?」


「思わない。碧の考えは間違ってないと思う」


 二人して顔を見合わせて、同時に相手を思いやるような優しい笑みを浮かべた。


 二年二組の教室前に戻ってきた。


 碧はじゃあまたと一言残して、自分のクラスの三組に戻ってゆく。



『碧ルート』



 恵梨香かエミリを無理くり選ぶのだと観念していたのだが、俺にとってはまさかの分岐選択だった。

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