第53話 MV完成
それから更に半月後。心結たちのメッセージグループに、順平から連絡が入った。
『龍一朗から動画を受け取った。全員で確認したいから、放課後順次オレの家に集合!』
当然ながら行かないと言うメンバーはいない。比較的自由な響や怜、七瀬はすぐに了解した旨をメッセージやスタンプで送っていた。しかし高校という特殊空間に縛られた心結と友恵は、放課後になってようやくそのメッセージに気付き、慌てて返信しておいた。
「行こう、ともちゃん!」
「うん」
友恵がバトミントン部を止めてしばらく経ち、二人は毎日のように一緒に帰宅している。今日もチャイムが鳴って返信を送った直後、二人は風のように学校を去っていた。
目指すのは、電車で数駅の順平の自宅。電車に乗る間に親への連絡を済ませると、二人は混雑する電車の通路に立って吊革に手を伸ばした。それからすぐ、心結の手にあったスマートフォンが震えた。
「お母さんから返信が来たよ。『寝不足にならない時間には帰って来なさい』だって。流石にそんなに長居は……ん?」
「どうかした、心結?」
「……ううん、何でもない」
「?」
友恵は不思議そうに首を傾げるが、心結が一切答えようとはしない。それも当然のことで、母親から追加のメッセージが来ていたのだ。そこには『遅くなりそうなら、響くんに送ってもらいなさい』と書かれていた。両親公認になったのは良いのだが、時折こうやってからかいの道具に利用されてしまう。
心結は恥ずかしさを覚えつつ、それが態度に出ないように深呼吸した。
(心結、バレバレだからね……?)
あえて何も言わないが、友恵は声もなく笑った。心結は「何でもない」と言ったが、彼女の顔を見れば母親から送られて来たメッセージ内容は、何となくの予想がつく。響に送ってもらえとでも言われたのだろう。
それから二人は帰宅ラッシュに巻き込まれながらも目的の駅に下り、順平の家へと向かった。
「遅くなりました!」
「こんばんは」
「よお、二人共。よく来たな」
心結と友恵がインターフォンを押すと、順平の明るい声が応じる。すぐにオートロックが開き、二人を中へと招き入れた。
二人が部屋に入ると、今まさに動画の再生が行なわれようとしていた。ノートパソコンの画面いっぱいにウインドウが開かれている。
「来たな? じゃあ始めるか、鑑賞会」
「鹿取さんによれば、手直しすべき所があったら言って欲しいということだから。遠慮なくね」
順平と七瀬の言葉に頷く四人の前で、動画が再生された。
まず映し出されたのは、Tシャツに書かれたのと同じ『RESTART』の白い筆文字。画面いっぱいの文字は、六人の新たな門出だ。
その次に曲のタイトルである『初恋』が映された。真っ暗な画面に映える白は、充分に目を惹き付ける。
それらの文字が消えると、薄暗いステージが現れた。そこに立つ六人の表情は全く見えないが、Tシャツが辛うじて別々の色であることはわかる。
やがて、ドラムがリズムを刻み出す。それに呼応して、ギターとベース、キーボードが音を奏で出した。スタジオが明るく照らし出されるが、人物は全く表情すらもわからない。シルエットのみだ。
手前の二人がマイクを口元に持っていき、歌が始まる。最初は二人一緒に、次いで背の高い方のソロへと移る。二番も同様に進み、背の低い方のソロが始まる。
カメラは最初全体を映すが、歌が始まると同時にカメラワークを変える。ドラム、ベース、ギター、キーボードの手元を順に映し、ボーカルへと戻る。
時折日の射したように肌や衣装、楽器の色が見えることがある。横顔の頬、指といったギリギリを攻めているのは、鑑賞者の目を惹くためか。
何もなかったはずのコンセプトルームには、六色のリボンが飛び交う。音楽に合わせ、飛び跳ねるのだ。
「龍一朗曰く、赤がオレ、緑が七瀬、水色が怜、オレンジが心結、紫が友恵、藍色が響らしい。ほら、オレがドラムを叩いたら余計に跳ねるだろ?」
順平の言う通り、六色のリボンは意思を持ったかのように縦横無尽だ。人物がシルエットな分、華やかさが増している。更に六色の配色は、あの日それぞれが身に付けていたTシャツの色だ。
心結はすっかりMVに魅入られ、じっと見詰めていた。
曲が終わった直後、余韻が残る画面に再び『RESTART』の文字が表示される。そしてその文字が消えた時、映像の中の六人も姿を消していた。
「どうだった?」
「すごく、綺麗だと感じました。初恋っていうテーマを包容したまま、わたしたちの色を全面に出していて」
「うん。それでいて、全くしつこくない……」
「心結たちの言う通りだな。鹿取さんって何者なんです?」
順平の問いに、心結と友恵、響が順に答える。怜もコメントは大きく変わらないのか、頷くだけに
七瀬は「鹿取さんの正体、私は知ってるけどね」と笑うだけだ。
五人の視線を集め、順平は肩を竦める。そして、両手を高く挙げて伸びをすると種明かしをした。
「鹿取さんは、若手の映画監督なんだ。まだそこまで有名な人じゃないけど、映像作品は徐々に注目され始めてる。オレはイベントで偶然会って仲良くなって、今回のことを頼んだら快諾してくれたんだ」
「……順平先輩、その顔の広さは何なんですか」
「これは、別に……」
「私が説明しようか」
最早呆れたとでも言いたげな怜に、順平に代わって七瀬が応じる。くすくすと笑いながら、言い淀む順平の肩を叩く。
「順平は、もう一度Re,starTを結成して活動することを目標にしていたんだ。その時のために、作れる縁は作り、顔を売ってきた。その努力が、今実を結び始めているんだよ」
「よせよ、七瀬。はずい」
「ふふ。もう遅いかな」
顔を赤くして後ろを向いてしまう順平に、七瀬は苦笑いを向ける。
順平と七瀬の会話を聞き、響と怜が同時に順平を呼んだ。その声の大きさにびっくりした順平が振り向くと、二人は頭を下げていた。
「待たせてしまって、すみません」
「そんな風にかんがえていて下さったとは、思いもしませんでした」
「ふ、二人共顔上げろ……」
慌てた順平が響と怜の肩を叩く。
ようやく顔を上げた二人は、目を赤くして笑っていた。そして、素直な言葉がまろび出る。
「「ありがとうございます」」
「……ふん」
照れた順平が顔を背けるが、七瀬によって正面に強制的に向かされてしまう。そちらにあったのは、ミュージックビデオが流れ終わったノートパソコンだった。
「異論はない。そういうことでオッケーかな?」
七瀬の問いに、全員が頷く。その返答を龍一朗に送信すると、直ぐに彼から激励のメールが送られて来た。
『いつかまた、RESTARTのミュージックビデオを僕に撮らせてください。今度は、皆さんの表情も魅力的に映し出して見せますよ。では、御武運を。』
この後、龍一朗はRESTARTを始めとした多くのミュージシャンのMVを数えきれない程撮ることになる。更に監督を務めた映画も賞を取るのだが、それはまた別の話。
戦う準備は出来た。
心結たちは今月末の土曜日、午前十時にこの動画を投稿すると決めた。それからが、本当の勝負だ。
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