第3話 ベアトリス in 現世界
「いやぁ、寛子くん! 寛子くんがかわって、この課もなんだから明るくなったねー!」
やたらと頭部が涼しそうな〝カチョー〟と呼ばれる男性。
私クシの入れたお茶を、本当に美味しそうに口に含みながら言った。
お茶くらいで喜んでいただけるなんて。
こちらの殿方、めちゃくちゃチョロいですわ。
悦に浸っていると、隣に座っている女性が技と大きな音を立てて立ち上がった。
「課長! お茶は美味しですが、仕事は以前の十分の一以下じゃないですか! どうにかしてください!」
「しょうがないだろ〜? 寛子くんは、公園で飛んできた金属バットに当たって意識不明だったんだから〜」
「しかしッ……!」
「〝記憶に関する著しい欠如〟って診断もおりてるんだからさ〜。優しくしてあげようよ〜」
「……ッ!」
カチョーの柔らかな説得に。
隣の席の女性は、グッと唇を噛み締めて席に座る。
女性が怒るのも無理はないの。
だって、全然! 寛子様のされていたお仕事。
分かんないんですもの!
今の私クシができるといえば、美味しいお茶を一日三回淹れること。
書類と言われる紙の束を、キレイに編綴すること。
執務室をキレイにお掃除すること。
だから、おそらく。
隣の女性は、寛子様の分のお仕事までされている。
早く覚えたいのは、山々なんですのよ?
でもね、私クシ。
慌てちゃうと、余計に失敗しちゃうクセがございまして。
だからじっくり、ゆっくり。
隣の女性に教えてもらっている真っ最中なんですの。
この世界にいる以上、頑張らせていただきますわ!
この世界、寛子様がいた世界には魔法がない。
そのかわり、目玉が飛び出るほど便利なグッズが溢れんばかりある。
私が淹れるお茶も、給茶器っていう機械が全部してくれる。
お掃除も、掃除機っていうすごいモノがしてくれる。
馬車のかわりに、車輪がついた荷車みたいなのが道を走ってるし。
ちょっといけば地下鉄と言われる、巨大な金属の竜が地下道を走っていて。
人達を乗せて目的地まで連れて行ってくれる。
魔法以上に便利!!
いいえ!! これを作った方が魔法使いなんじゃないかしら。
この魔法の機械に囲まれて過ごす幸せ!
正直、元の世界に帰りたくないんですの。
そして、さらに言うならば……。
「寛子ちゃん、待った?」
目の前に颯爽と現れるこの殿方と、離れたくないってのが。
寛子様には悪いのですが、最大の理由ですわ。
仕事が終わって、大きな顔をした像の前に立つ私クシに。
爽やかな笑顔の美男子が、手を振って近づいてくる。
「いいえ。私クシも今来たところですのよ。晃様」
晃様はニコッと白い歯を見せて笑うと、私クシの鞄をサッと持って歩き出した。
「今日はどこに連れて行ってくださるの?」
「うん、たこ焼き屋さん」
「たこ焼き?」
「寛子ちゃん、この間たこ焼き屋さんの前で、動かなくなっちゃったでしょ? 今日は食べてみようと思って」
「あ! あの丸いのですか!? わぁ! 嬉しい!」
控えめに差し出された晃様の左手。
私クシは、そっと握ると。
晃様と並んで歩き出した。
「で? 晃って誰?」
夢の中で落ち合った寛子様。
こめかみにうっすらと筋を浮かび上がらせて、私クシに言った。
「あら? 言ってなかったですか?」
「言ってねぇ!」
「あらら、私クシとしたことが……」
私クシは、居た堪れずつい頭を掻いて、苦笑いをする。
「だから、誰なんだよ!」
「晃様は、寛子様に金属バットをぶつけた方なんですって」
「はぁぁ!?」
寛子様の筋が一気に顔まで広がった。
「目が覚めたら、晃様がいらっしゃったんですの。さらに私クシが……寛子様ではなく、私クシだったせいか、周りが凄く驚かれて」
「……そりゃ驚くわ」
「責任を感じた晃様が付きっきりで看病をすることになりまして」
「で?」
寛子様の鋭い眼差しが、私の面前にまで接近する。
「何で付き合うことになったわけ?」
「一緒に過ごすうちにですよ〜。寛子様ったら、あえて聞きます〜?」
「!?」
「あ! ご安心くださいませ。まだ大事な一線はこえてませんことよ」
「当たり前だっつーの!!」
「あら、オホホ」
胡座をかいた寛子様は、頬杖をつき深く息を吐いた。
「楽しむのもいいけどさ、ベアトリス。あんたちょっと覚悟していた方がいいかもよ」
「え? どうしてなんですの?」
「なんか……始まっちまって」
「え? 何が?」
「〝ベアトリス版竹取物語〟」
「……なんですの? それ」
「詳しくは、愛しの晃様にでも教えてもらえよ」
「えー!? 寛子様! それはあんまりですわ!?」
「んじゃ、私は寝起き酒を飲みたいから」
寛子様は、意味深に笑う。
そしてゆっくりと立ち上がって、闇の向こう側に消えて行った。
……竹取物語って、何? 何なんですの?
寛子様ぁぁ! 私クシで一体何をなさっているのーつ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます