突然変異と神の声

 俺はプー太郎とかニートとか言われる人種だ。今日もババアがパートに出かけた隙を見て、タンスの中の財布から三万を抜き出し、日課のパチンコに出かける。


 ……昼過ぎ、一文無しとなった俺は道端に唾を吐いて、店への悪態を吐きながら帰路へと着いていた。


 そのまま道を歩いて、いつも左に曲がる(家の場所がそっち何だからそうするべきなんだが)二股路に差し掛かった時、妙な考えが頭をよぎった。


 「この二方向に分かれた道は、道の太さがそのまま続く方と、少し細くなる方になっている。もし、細道になる方をずっと選び続けたら、これはどこに着くんだ?」


 瞬間的な気の迷いだったのかもしれない。それでも、俺にはコレがどうにも大事な、検証しなくちゃならないことに思えた。一体、何でそんなめんどくせえことをするのかと、脳内でイチャモンを付けるよりも先に、体は右方向へと進んでいたのだった。


 そっちの通りへ入っていくと、「突き当たったり終わりがないようだったら、来た道を引き返せばいいだけだ」と、ついさっきまであったはずの、自分への文句が消えてしまった。そうしてまた分かれ道があると細い方へ、細い方へと選んでいき、それを四回も繰り返すと、かなり道が狭くなっていった。


 最初は国道沿いだったのが住宅街へ入り、神社の脇を通って、墓を横目に見て。そして最終的には竹藪に囲まれた、静かな道へと辿り着く。


 大通りを離れてきたのもあって、この場所は車の音一つしない。聞こえるのは竹が風に揺れる音と、自分の足音だけ。そしてその小路も、ついに終わりを告げる。突き当たりになったのだ。


 その突き当たりには小さめの祠があった。形はお稲荷さんを祀っているものと似ているが、祀られているのは手乗りするぐらい小さな、黒い肌に目が三つあって脚が四本ある、まるでよく分からない邪教の神のような像であった。


 ここで出会ったのも何かの運命か。むしろここでお祈りしてけば、運が上がるかもしれない。もし運が上がらなかったら、夜中にこの祠へ来てぶち壊してやろう。


 そう考え、古びた祠へ手を合わせてお参りをする。するとなんと──


 「ほう、ここに人間が来るのは珍しいな」


 ──その得体の知れない手のひらサイズの像が、こちらをみつめて話しかけてきたのだ。


 「うわ!?」


 「驚くでない。ワシはある破壊の神でな。昔悪さをした故にここに封印されてしまったのだ」


 「は、はぁ…」


 「ワシはここから出られないし、神というのは人の願いが無ければ力を出すことができない。のう人間よ、ワシは退屈しておるのだ。お主、この世から消して欲しいものはないか?破壊神たるワシがその概念を破壊し、消し去ってやろう」


 「そうですか、よろしくお願いします…?」


 急に喋り動き出した像に驚き頭の整理が追いついていない状態で、俺は気の抜けた返事と共に、破壊神の提案をすんなりと飲み込んでしまっていた。


 「ふむ、では何を消す?願いは二度と聞かぬから、慎重に選ぶのだぞ」

 

 そう言われ考え始めると、自分はとんでもない選択をしていることに気づいた。最初は当たらなかったあのパチ屋を潰してやろうと思ったが、概念を消すということは、パチンコ、引いてはギャンブル自体が消えるかもしれないのだ。それはまずい。俺はもっと、親の金で遊びたい。


 となると、何が良いだろう。……敢えて無難な、平和的なものを言うのもありかもしれない。昔話でよくある、良いことをすると大きいものが返ってくるヤツだ。


 うん、それがいい気がしてきた。ならこの世から無くなって良さげな、周りから感謝されるもの──


 「決めた!」


 「申してみよ」


 「それはゴミです。この世の中で皆が1番迷惑しているゴミを消してください」


 「あいわかった」


 そういうと破壊神は、手をパンっと一叩きした。もっと大掛かりな感じだと思っていたので、少々拍子抜けする。


 「消したぞ。ではさらばだ」

 

 ──こうして願いを叶えた小さな像は、また深い眠りについた。俺としてもこれ以上やることもないので、来た道を戻っていく。


 それにしても、本当にこの世からゴミが無くなったのだろうか。でも、心なしか道が綺麗になっている気がしなくもなくもない。


 とりあえず帰宅し、ゴミ箱を見る。……だが、紙屑などが入っていた。何だ、消えてないじゃないか。どうやら、不思議な詐欺にあったらしい。


 それにしても──俺はなんてことをしたのだろう。母親の財布から金を盗むなんて。今すぐ働いて返さないと。それに、心配をかけないよう早く就職して親孝行をせねば。こんな気にさせてくれたのも、あの神様のおかげかもしれない。後でお花を添えておこう。


 ──この日を境に「社会のゴミ」と蔑まれていた人物達が次々と更生していき、様々な犯罪や政治家の汚職事件も無くなっていった。一方、蔑んでいた側にも「こんな罵倒はよろしくない」という風潮が広まって、この言葉は死語となり誰も使わなくなった。けれど何故そうなったのか、本当の理由を知る者は、誰一人としていない。

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