マリモの法

 国王最愛のマリモ、死す──。


 そのニュースが王国全土に広まるのに、そう時間はかかりませんでした。ついに、ついにマリモが死んだのです。

 先々代の国王が敷いた「全国民マリモ最高主義最愛法」は、散々と国民を苦しめていました。「一、マリモは全ての国民の上に立つ。二、マリモの意思は絶対である。三、マリモが死すまで本法は適応される──」から始まる、今では150項目にも及ぶこの悪法は「国王死すともマリモは死せず」の精神の下、三代の国王に渡り続けられていたのです。


 「やった!ついにマリモ様が死んだんだ!」


 「ウチの夫はマリモ様が気に食わなかったからと殺されて…」


 マリモの死に歓喜するものや、思い出に涙するものもいます。しかし、誰よりもこの死を重く受け止め、誰よりもマリモの死に動揺した人々がいました。そう、それはマリモの威を借り甘い汁を啜ってきた、国王及び臣下達でした。


 「なんということか!マリモが死んでしまったではないか!」


 国王が叫び、臣下達を叱咤すると、


 「コレでは国民を統制などできない!」


法務大臣は危機を口にして、


 「だからアレほど、マリモ様のご子息を早く見繕うべきと言ったんだ…」


環境大臣が後の祭りだと嘆きました。


 「マリモ様の死により我が国の貨幣価値が落ちてきています!」


外務大臣はあたふたと、


 「マリモ様のためだと言ってきたのに、コレでは民から年貢が取れませぬぞ!」


財務大臣は顔面蒼白です。そんな中、


 「あのう」


手を挙げたものがいます。農林水産大臣です。


 「どうしたのかね、農林水産大臣」


 皆がテーブルを囲んで前のめりにベチャクチャと喋る中、一人だけ手を挙げたものですから、それが却って国王の目につきました。


 「マリモ様の影武者を立てる、というのはどうでしょう」


 その発言に、他の皆は目を丸くしました。


 「なるほど」

 「ふむ」

 「その手があったか」

 「それならば」

 

 大臣達は皆同じ調子で、農林水産大臣の妙案に納得しました。が、しかし国王は、一つの懸念があったのでした。


 「農林水産大臣よ、それが出来れば何とかなるかも知れぬ。しかし、以前のマリモ様と別のマリモ様であるとバレてしまいはせぬか?」


 なるほどたしかに、死んでしまったマリモ様は祭りや行事の度に、多くの国民の目に触れていたのです。それに国が作った公園にはマリモ様の銅像があるのですから、そっくりなもので無ければ、国民達にはすぐにバレてしまいそうです。


 「たしかに」

 「それはそうだ」

 「それもそうか」

 「やはりだめか」


 大臣達はまた同じ調子で、国王の言葉に肩をガックリと落としました。すると今度は、農林水産大臣がニッコリと笑って、解決策を提案したのです。


 「国王様の言うことは尤もでございます。しかしご安心なされ。マリモ様の世話も担当し、毎日間近で見ていたこの農林水産大臣なら、前マリモ様と寸分違わぬマリモ様を見つけることができましょう」


 「おお」

 「これはこれは」

 「なんと頼もしい」

 「やはりこの手しかない!」


 農林水産大臣の言葉にまたもや大臣達は歓喜づき、さらには国王も安堵の表情を浮かべました。


 「おお、おお!なんと有能な臣下をワシは持ったものだ!して、農林水産大臣よ、どのようにそれを行うのか?」


 「ありがたきお言葉をありがとうございます国王。はっ、新マリモ様の捜索は近くの湖で行いますが、極秘に行わなければならないので、ここに居る人間以外には知られてはなりません。また、湖は少し広いので、人手が要ります。なのでここにいる大臣方と国王様の全員で、夜に捜索を行うのがよろしいかと思います」


 「なにっ、ワシも行くのか?」


 「私の目で、前マリモ様との相似を選びとうございますが、何文見分けが私一人では心細いのです。マリモ様をあんなにも愛していた国王様も一緒にいらっしゃれば、こんなに心強いことはございません」


 「おお、それがよい」

 「そうしよう」

 「国王様も来てくれれば百人力だ」

 「是非来てください国王様!」


 「ううむ、分かった。では、いつぞや湖に赴こうか」

 

 「はい、それは──」


 こうして秘密会議で「新マリモ様捜索隊」が結成されたあくる日の深夜、城の中から六つの影が、コソコソと森の湖へと向かいました。


 「ひいひい、まだつかぬのか農林水産大臣」


 「もう少し、もう少しでございます」


 「ぜえぜえ」

 「はあはあ」

 「はっはっ」

 「ふうふう」


 農林水産大臣に案内されて、ガサガサと悪い足元と視界の中を突っ切り、国王と大臣達はやっと湖につきました。


 「こ、ここがマリモ様の生息地か」


 「遠かった」

 「疲れた」

 「くたびれた」

 「足が痛い」


 「はい、そうでございます。では皆様、湖に潜りまして新たなマリモ様を探しましょう」


 「ちょ、ちょっと待て、少し休ませてはくれぬか?他の大臣達も疲れているのだ」


 「なりませぬ。ゆっくりしていたら夜が明けてしまいます。陽が出るより早く、マリモ様を探し出さなければならないのです。」


 「そこをなんとか」

 「なにとぞ」

 「国王様のお頼みでもあるのだぞ」

 「せめて飲み物を」


 五人がやんややんやと囃し立てるので、農林水産大臣は鞄から革の水筒を取り出して、国王達へ飲ませました。


 「こちらは茶に数種類の薬草を混ぜたものでございます。風味は独特かも知れませんが、多少の元気は出るかと」


 「ほほう」

 「少し苦いな」

 「私は好きな味だ」

 「おいしい」

 

 「これは助かる!生き返るようだ。農林水産大臣よ、お主も飲め」


 「私はまだ喉が渇いていないので大丈夫でございます。では、皆で湖へ入りましょう」

 

 ざぶぅんと全員が湖に入りますと、顔を沈めてマリモを探しては、空気が足りないと顔を上げ、沈めては上げ、沈めては上げ、と繰り返します。その姿は滑稽で、森の動物達は笑うのでした。

 本人達は必死にやっているのですが、しかしながら、なかなかマリモが見つかりません。


 「どういうことか、マリモ様がいないではないか」


 「あれれ」

 「おかしいなあ」

 「どこにいるんだろう」


 「ここはまだ浅すぎるのでしょう、もう少し奥の深い場所へ行くのがよいかと」


 そうしてざぶざぶと、奥へ六人が進んできます。底が深くなってきて、身体は水に囚われ始め、鈍く、動きづらくなるのでした。


 「ここらなら見つかるでしょう」


 「よーし、皆よ、頑張って探すのだ」


 「はい」

 「承知いたしました」

 「了解でございます」


 どうしたのでしょう、揃って返事をしていた大臣が、三人しか返事をしません。見ると、財務大臣がブクブクと溺れているではありませんか。


 「財務大臣!どうしたのだ!足でも滑らせたか!」


 「しっかり!」

 「今助けます!」


 すると今度は、外務大臣が返事をしません。


 「一体何が!そこまで深くはないはずだぞ!」


 「二人とも!」


 続いて、環境大臣の声がしなくなりました


 「ええいっ、どうなっているのだ!」


 ついには、法務大臣も溺れたようです。国王と農林水産大臣以外は、ボコボコと音を立てて沈んでしまったのです。


 「何をしているのだ農林水産大臣よ!はよう、はよう他の大臣達を助けぬか!」


 国王は顔を青くして、ぽつんと立って様子を見ていた農林水産大臣に助けを求めました。


 「それは無理な願いです、国王様。何故なら、彼らは私が殺したのですから」


 「何を言っておるのだ!」


 「マリモ様の湖で死ぬのなら、彼らも本望でありましょう」


 「お主は気でも狂ったのか!」


 叫んだその時、国王は大臣達が何故溺れてしまったのか理解しました。国王の足が痺れ、力が入らなくなってきているのです


 「貴様、毒を盛ったな!」


 「いいえ、国王様、茶に盛ったのは痺れ薬です。無論、全身が痺れて動かなくなるほど強力ではありますが」


 段々と薬が回ってきて、国王は立つこともままなりません。ついには膝をついて、顔をかろうじて水面上に出しています。


 「な、何故だ、何故ワシを殺そうとするのだ」


 「何故?それが分からないから貴方達は殺されるのです。私はマリモ様の世話をしていました。最初の頃は、何も考えてはおりませんでした。しかし、ある時思ったのです。マリモ様は何も考えてはおらぬのではないかと。マリモ様は悪用されているのだけなのだと。そう思ったある日、私はマリモ様を殺しました。マリモ様を自由にしたのです。国王、貴方や大臣達は、マリモ様をただの権力の盾として使っていただけではないですか。私は、マリモ様の物言わぬ意思を汲み、マリモ様殺しの復讐として貴方達を殺すのです」


 「き、きさま」


 環境大臣は国王の身体を押し倒し、国王は最後の息をぶくりと吐いたのでした。


 翌日、国では国王及び大臣達がいなくなったと大騒ぎになりました。人々は国王達が逃げたのだと考えましたが、日が経つにつれ、その話題も消え薄れていきました。


 湖の底では、六人の死体が沈んでいます。マリモ達はただただ邪魔であると思いながら、時が流れるのを、じっと静かに待つのでした。

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