【短編小説部門】短編特別賞『嫌われ聖女の癒し方』の感想
嫌われ聖女の癒し方
作者 悠井すみれ
https://kakuyomu.jp/works/16816700428796681976
かつて聖女リシアの癒やしで助けられたシャムエルが、今度はシャムエルが聖女リシアを癒やすことで医療を発展させ、より多くの困っている人を救っていく物語。
第四回カクヨムweb小説短編賞2021において、
「短編賞を受賞した三作品はストーリー展開、キャラクター、文章力などが高いレベルでまとまり、小説として完成度が高く、なおかつコミカライズでさらに輝くポテンシャルを持っていました」
「短編特別賞の九作品はいずれも秀作で、わずかの工夫や見直しで短編賞を受賞した可能性がありました。作者の皆さまは力量十分ですので、次回にぜひ捲土重来を期してください。短編小説を書く方には参考になる作品ばかりなので、ご一読をおすすめします」
「コミックフラッパー奨励賞の一作品は短編小説としての完成度という点で他の受賞作と比較した場合、一歩足りないところはありますが、映像が情景として浮かびやすく、この物語を別の媒体で読みたいと思わせる作品でした」
「新設の実話・エッセイ・体験談部門では、七作品が短編特別賞に選ばれました。独自の経験、体験談を見事にアレンジし、読み手に届けることに成功した作品ばかりです。新しい知識が面白く得られる作品から、涙なしでは読めない感動の作品まで、幅広いラインナップとなっています。フィクションとはまた違った角度から、読む楽しみを味わわせてくれる作品ぞろいではありましたが、コミカライズという点では適さない部分もあり、惜しくも短編賞は該当なしとなりました」と総評されています。
なにげなくタイトルを見て、「異世界転生ものに癒しの聖女が出てくる話かな」と思いつつ読み終えて見直すと、読み間違えていたことに気づく。
たしかに癒しの聖女が出てくる話である。
が、嫌われている聖女を癒やす話だった。
「タイトルも見落とさずに読む」という教訓を得た。
三人称神視点とシャムエル視点で書かれた文体。過度の描写はないものの、熱病にうなされていた時の記憶や大聖堂の様子、聖女リシア、癒し手マリシュカ、病人を偽っていた者など作品内容に重要な描写はなされている。
本作に関係しているかどうかはわからないけれども、シャムエルとは「神を見るもの」という意味を持つ天使の名。天使と格闘して勝ったヤコブを祝福したシャムエルは、「神と格闘する者」という意味の「イスラエル」という名を彼に与えたという。
リシアとは、ウキゴケ科の水草の一種。水田や水路、池などに生息している。草体は薄い緑色で、Y字に分枝することから鹿角ゴケと呼ばれる。光合成を活発に行う習性があり、二酸化炭素を取り込みより多くの酸素を供給してくれる。
本作に登場するキャラクターのイメージに合う名前である。
本作は、女性神話の中心軌道で書かれている。
かつて聖女リシアに助けられたシャムエルは、聖女リシアが感染予防に気を配り、教会に集まる多額の布施を、教会から異端視されている医術学校に無名で寄付し、医術師の知識と技に理解を示しながら手助けしている一方、金持ち貴族しか相手をしない歴代の聖女様に比べても劣る聖女だと悪名が広まっているのを知りつつ、医術師をしていた。
年に一度、王都の大聖堂で行われる祭儀で聖女を糾弾する計画を知ったシャムエルは、聖女リシアに助けるべく王都へ向かう。
教会の中でも医術師を異端視する一派の癒し手マリシュカが「病人を見捨てる冷酷な聖女」の姿を民に見せるために、聖女でも決して癒せない詐病の者を仕立てて騒ぎを起こす。
シャムエルは「自分が治せるかもしれない」と申し出て、聖女リシアを救うための行動を取る。「神の加護を持たない癒呪師風情が」と罵られても、癒し手マリシュカの陰謀を駆逐する。
祭儀後、聖女リシアの住まいに招かれ、悪名を甘んじて受けながら医術師にも信頼が向くよう陰ながら尽力されている姿を民に知らしめるようお願いする。話し合う方法で聖女を癒やし、聖女と医術師、互いに歩み寄る。
世間の悪評に耳を貸さず長く聖女の地位に居座ったおかげで、辺境の農村には医術師が活躍し、医学と薬学が大いに進歩した。
シャムエルの傍には聖女リシアが同伴し、本来の医療を求めて活躍していく。
冒頭、主人公が聖女リシアに癒やされていくところが良い。
熱病でうなされたときの話として、説明から入るも、すぐに「額に冷たく心地よいものが触れ」と触覚からはじまる。
体感から入ることで、読者は想像しやすい。
とんな触覚か、「それは、女性の細い手のようだった」と続く。
次にどのような細い手かといえば、「水仕事に荒れた母親のそれとは違って、ひたすら柔らかく滑らか」と比較することで、母の手とは異なることを伝えている。
幼いとき、親が額に手を当ててきた経験は、おそらく誰もが覚えがあるだろう。共感を得やすい例えをしながら、それとは違うことを書くことで読者に想像しやすくしている。
どのような感触かといえば、「触れたところから熱が引いていくのが不思議」「頬をそっと撫でられると、目を開く余裕もできた」と続く。
目が開いたことでようやく、誰の手なのかが明かされる。
「霞んだ視界に映ったのは、優しい銀と碧の光」「流れる銀はその人の髪。星の輝きの碧は、その人の目。それらが彩る白い顔」
見えてくるのは断片的で、まだはっきりと視覚できていないことを伺わせる。それらの断片的情報から主人公の胸に「聖女」という言葉が浮かんでいく。
不思議な体験を語ってから聖女についての説明をし、「シャムエルは既に寝台から起き上がる気力を取り戻していた。でも、彼の喉は干上がって礼の言葉を言うことも叶わなかった。だから、彼は煌めく銀の髪が踊る背を、見送ることしかできなかった」いかに聖女の力がすごかったのかを、説明ではなく自らの体験談として語っている。
この聖女との出会いが、主人公の生き方を決めるのだ。
だからこそ、記憶に残るほどの印象的な出会いでなければならない。この書き出しが素敵。続きを読み進めたくなる。
一人称で書いていたなら、「その時、額に冷たく心地よいものが触れた」から書き出すだろう。
無駄にダラダラとはじまるのではなく、細かく場面ごとに話が展開していく。
老人に薬を出しながら医術氏がどういう扱いをされているのかをさり気なく描写したあと、村長の家で食事しながら、聖女リシアの悪い噂について語った後、シャムエルの体験談としての過去の記憶がら、村長の噂の補足になるような思い出をはさみ、庶民からの「聖女様は、一度着た衣装は残らず捨ててしまうとか。信じられない贅沢だわ」「お布施は一体どこに行ったんだ。うちの教会は古いままだってのに」「癒し手のマリシュカ様の方が慈悲深いというのは本当でしょうか」といった話を並べながら疑惑や新たなキャラの説明をさり気なくしている。実に無駄がない。
その後、年に一度の祭儀にむかう宿屋で医術師仲間ティボールと再会し、野心家である癒し手マリシュカが祭儀で聖女を糾弾する計画の噂や聖女の噂など、次の場面の情報を小出しにしていくやり方はうまい。読者にさり気なく伝えながら、物語を先へ先へと読み進めさせていく。
前半は受け身になりがちの主人公だった。
けれど、「いや、祭儀目当てだ。年に一度だし……気になることも聞いて、な」からはじまる反転攻勢の場面。
「癒し手マリシュカのやり方は質が悪い。俺は、不当な糾弾には立ち向かうぞ」
ここで、医術師仲間ティボールに宣言することで後半、主人公が積極的にドラマを動かしていく。ここの宣言は、主人公にとって殻を破る瞬間としての要素がある。
なので後半は、あれやこれや理性的に見るのではなく、感情的にドキドキハラハラ読んでくださいと読者に伝えている。
そもそもシャムエルは、いつ「教会の中でも医術師を異端視する一派の癒し手マリシュカが『病人を見捨てる冷酷な聖女』の姿を民に見せるために、聖女でも決して癒せない詐病の者を仕立てて騒ぎを起こす」ことを知ったのだろう。医術師仲間たちの間では、すでに不穏な動きがあることが噂話として飛び交っていたのだろうか。
それとも、あちこちの村を尋ねて治療に当たる度に、教会内の噂を耳にしたのかしらん。
「癒し手のマリシュカ様の方が慈悲深いというのは本当でしょうか」とあるように、村人からは悪い噂はない。
ということは、医術師仲間たちの間でだけ「癒し手マリシュカは野心家」と広まっており、「今度の祭儀で聖女を貶めることを企てているみたいだ」という噂も、すでに聞かれるようになっていたと推測。
教会側は日頃から、医術師に対して「神の加護を持たない癒呪師風情」と見下していたようだから。そんなふうにいわれてきたら、医術師たちもいい気はしない。教会側の気に食わない行いについては、すぐ仲間内に出回るものだ。
王都にいる医術師仲間に、病気でもない人間を病気に見せかけて貶めるといった計画内容をシャムエルは聞いた。
だから、「まったく分かりやすい構図だった。シャムエルは深々と息を吐いてからまた吸って──声を張り上げ」て、自分が治せるかもしれないと名乗り出れたのだろう。
「聖女リシアは世間の悪評に耳を貸さずに、長くその地位に居座った」とあるので、癒し手マリシュカは祭儀上での一件により、役職を追われたのかもしれない。
AとB、どちらを優遇されるべきかよりも、互いにいいところがあるのだから、双方歩み寄って助け合うことでより大きな力となる。いがみ合うことより助け合うことは、医療に限らず、どんな場所でも大切なこと。
大病で苦しむ者を減らすために一人の聖女の癒しになんでも頼るのではなく、自分たちでできることをしてこそ、医療従事者たちの負担も軽減できるのだ。
これまでシャムエルのような考えをする人がいなかったから、聖女リシアは一人で嫌われ役を買っていたのかもしれない。
彼を癒したのは彼女。彼の存在こそ、彼女の癒しとなったのだ。
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