階段
青山えむ
第1話 グラビティ
階段を上がる。壁にはひっきりなしにポスターやフライヤーが貼ってある。踊り場を二つ経て、さらに上がる。
見上げると、ガラスのドアがある。そこにはフライヤーやバンドのステッカーが貼ってあって、そのすき間から向こう側が見える。
誰かの顔が見える。ガラスのドアごしに目が合う、誰かが笑う。私も微笑み返す。
この階段を上がる時は、いつも上を向いている。
〇
東北地方で北側に位置するここが私の地元、イオアイ市。
イオアイ公園は日本有数の桜まつりの名所。たくさんの桜に日本最古と言われる桜の木。公園内にはイオアイ
ライブハウス・グラビティ。グラビティの意味は引力。バンドと観客、人間とライブハウスが互いに引力のように引き合うことを願ってつけた名前だと聞いている。
晩春、朝晩はまだ冷える。けれども会場内は熱気で暑くなるだろう。半袖を着て、着脱しやすいアウターを着てグラビティに行くのは私のなかでは常識になっている。
グラビティの近くにはおしゃれなカフェがある。
グラビティから徒歩五分、カフェ・キャロット。道路に面したガラス張りにカウンター席がある。普段からキャロットの前を通るとつい覗いてしまう。いつもおしゃれな人が座っている。
けれどもおしゃれじゃなくても気軽に入れる。これが本当に良い店というのだろう。グラビティに行く前、このカフェに寄るのが愉しみの一部になっている。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
ショートヘアが似合うはつらつとした美女が笑顔で迎える。ついこちらも笑顔を返してしまう。午後五時すぎ、店内はまばらに人がいる。
今日は一人なのでカウンター席に座る。コーヒーとワッフルを注文する。
レジカウンター前のマガジンラックから暮らしの手帖最新号を持ってくる。
良質の紙にはっきりした色の写真が載っている。料理のレシピや手作りワンピースの記事。戦争に関する意見や暮らしの知恵など、他の本では読むことのない記事が載っている。この本を選ぶと自分までがイケている人間になったような気になる。
「いらっしゃいませ」
誰か来たようだ。夕方に来る人は珍しいと思い見てみると知っている顔だった。いつもライブハウスで会う人が二人。一人は今日の出演者だった。私とその人は、お互いに会釈をした。
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