偽装結婚
不知火白夜
ソロモンとジェシカ
第1話 プロポーズ
「ソロモンさん、私と結婚してくださらない?」
「へ?」
始まりはそんな言葉だった。
とある春の日の午後、遊びに来てくれた恋人と共に自宅の庭園を散歩をしていた頃だった。眼鏡と短髪の癖毛が特徴的な細身の青年――ソロモンは、妹の恋人であるジェシカに声をかけられた。そして世間話や事情説明もそこそこに先述の言葉を投げかけられたのだ。
隣に立つ自身の恋人からではなく、目の前にいる、妹の恋人である女性から。
「私と、結婚してくださらないかしら」
「けっ……こん?」
「えぇ、結婚。悪い話ではないと思うのだけど」
――訳が分からない。
ソロモンは素直にそう思った。何故って、彼には学生時代より心を通わせる恋人がいる。それこそソロモンの隣で目を丸くし困惑している男性、ビルキースがそうだ。少し長めの金髪を固めオールバックにし、耳にはピアスを飾った、小麦色の肌が印象的な体格のいい彼。自分たちは男性同士だが、恋人としての交際歴は長く、二人の関係はジェシカも知るところである。一応、ソロモンとビルキースの友人でもあるためだ。
それに、今しがたプロポーズをしてきた長い金髪を三つ編みにした女性、ジェシカだって、同性の恋人がいる。それがソロモンの妹であるアイリーンだ。
アイリーン――彼女は背が高くスレンダーなタイプの女性である。真っ直ぐ伸ばされた綺麗な黒髪が印象的である彼女は、雰囲気が真反対のジェシカと仲睦まじく交際していたはずだ。アイリーンが他者にうつつを抜かす様子など見たことないし、それどころか自らの姉妹に惚気けている様子さえ見たこともある。
アイリーンとジェシカの仲は良いように見えたし、別れたという話も聞かない。にも関わらず、何故ジェシカはソロモンに対して結婚を求めてきたのか。
「あ、あの、一体どういうことですか。お互い、恋人はいますよね? それなのに、結婚、だなんて」
「え? …………あぁ、ごめんなさい、ちゃんと説明してなかったわね」
酷く
「ソロモンさん、貴方に、私の交際相手か夫の役をしてほしいの。そういう話をしたかったのだけど、ちょっと先走り過ぎたわ。ごめんなさいね」
「え、いや、大丈夫です。いやぁ、びっくりした……」
ジェシカの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろしたソロモンは、ちらりとビルキースを見やる。彼も少し安堵した表情を浮かべており、思うところは同じだったようだ。そして、彼女が言った『交際相手か夫の役』に思考を巡らせる。
ソロモンは、その言葉でなんとなく察した。恐らく、彼女は両親を含む親族から結婚を急かされているのだろう。
今の世の中では、大人になったら結婚して子をもうけることが当たり前で、その中でも特に女性は、20歳を過ぎて婚約者もいないとなると、行き遅れと言われるようにもなる。現在彼女は20歳。そろそろ家族からの視線も痛くなってくる頃なのだろうか。
とはいえ、やはり恋人がいる以上見知らぬ男と見合いをして結婚して……なんて道には進みたくない。その思いから、知人の男性に恋人のフリをしてもらう、もしくは偽装結婚をしてしまおうということか。
そういった事情を汲み取ったソロモンは、ひとり静かに頷いた。
「……事情はなんとなく分かりました。ですが、僕だけで決めていいものなのでしょうか。アイリーンやビルキースのこともありますし、二つ返事で引き受けるとはいかないでしょう」
「まぁ、そう、だな。流石に俺も少し驚いてるし、そちらの事情ももう少し深く知りたい」
「それもそうね。なら、もうすぐアイリーンが戻ってくると思うから、その際に少し詳しくお伝えしましょう」
ソロモンに続いて、ビルキースもぎこちなく肯定した。2人とそれぞれ目を合わせたジェシカは、彼等の言葉に短く頷き、屋敷の方からこちらに掛けてくるアイリーンに視線を向けた。
それから数分後。暖かな陽の光の下で、庭園の片隅に建てられた西洋風の白い
「ジェシー、あなた、先に言っちゃったの!?」
「そうなの。ごめんなさいね」
「別に謝らなくていいけど……今日2人で説明しようと思ってたのよ。結構大事な話なんだから……」
「ごめんなさい。つい先走っちゃったわ」
「まぁ、別にいいわ。……それで、その、ソール兄さんはどう? ジェシカと恋人のフリ、受け入れてくれる?」
「あぁ、夫役の前に、まずは恋人からですものね」
「そういうこと」
ジェシカに向けられていたアイリーンの金の双眸が、ソロモンへ向けられる。ソロモンは、それを受けてどう返すか悩み、膝の上に置いた両の手を軽く組んだ。
「……ちょっと、考えてます」
「そうよね。今提案してるのは恋人の役とはいえ、確実に役で終わらないわ。そのまま結婚して、家庭を……って想定をしてるからね」
「そうですよね。でも、ジェシカさんはそれで大丈夫ってことなんですよね?」
不安げな気持ちを抱えるソロモンがジェシカに問うと、彼女はきっぱりと言い切った。
「平気よ。よく知りもしない相手と結婚して子供を産まされるよりはずっといいから。……それに、ソロモンさんって多分まともに話せる相手だと思うし、それに、いわゆる『優良物件』だもの。恋人や夫として隣にいてもきっと恥ずかしくないわ。お家だって、あの名家のマスグレイヴ家の人よ? うちのお父様も認めてくださるはずよ」
ジェシカはそういいながら口の端を薄く上げた。
ソロモンとアイリーンが籍を置くマスグレイヴ家は、何世代も前からこの地にて名家として名を馳せている。父親が名のある軍人であることに始まり、親族には政治家や、事業で財を成したものもいる富裕層だった。そういった家の男子が相手なのは喜ばしいという。――ただ、ソロモンに家督が回ってくる可能性は限りなく低いのだが。
「……僕、四男坊ですよ?」
「別にいいのよ。少なくともうちよりはいい家の人なんだから。それに、仮に貴方が長男だったら、こっちの荷が重いわ。長男の妻なんて私はやりたくないもの」
「……だとしても……随分、買ってくれますね」
「えぇ、貴方が『優良物件』なのは事実だもの」
「……そう言いますが、僕、まだロースクール卒業してませんよ。それに、まともに働いたこともありません。働いたと言っても、教授や先輩の手伝い程度です」
明るめに言ったジェシカに随分と褒め言葉を掛けられ、さほど悪い気分はしなかった。それはいいとして、自分はまだ学生だ。結婚して生活をしていくのは安易な事ではないだろう。そう言うが、ジェシカは平気そうに言葉を続ける。
「学生の妻帯者も結構いるし、別におかしなことでもないわ。ただ、どうしても不安なら、在学中は婚約状態にしておいて、卒業して暫くしてから結婚すればいいわ。それならうちの両親も納得するでしょう」
「……それなら、まだ、いけるかもしれませんね」
ひとまず婚約状態に持っていくことをひとつの目安としたら、悪い案ではないだろう。何故まだ結婚しないのか、と聞かれても『まだ相手が学生で、学業に集中させてあげたいから』とでも言えば、ひとつの理由にはなる。
ソロモンは、決して悪い話ではないと思いかけていた。しかし、ビルキースの気持ちを害さないかという不安もある。ソロモンは、隣のビルキースに問いかけた。
「ビルキースは、今の話、どう思います? 僕が彼女の恋人役をして、婚約するのは……」
「え、あぁ、そうだな。俺は、いいんじゃないかと思ってる」
「……そう、なんですか」
問いかけに僅かに動揺したように見えたビルキースだったが、彼は静かに頷いた。多少驚きに短く声を上げたソロモンだったが、ビルキースの言い分を聞いて納得する。
「実際、20代になっても独り身でいるのは……はっきり言ってリスクだ。勝手な詮索をされるし、同性と付き合ってるのかと疑われてしまえばそれだけで厄介だ。……それが、事情を知る異性と手を組むことで回避できるなら、それを選んでもいいと思う」
ビルキースの言葉にソロモンは押し黙る。事実、世の中は独身や同性愛者に優しくはない。結婚して一人前という感覚が一般的であり、いい歳した年齢で独り身なのはやたらと肩身が狭い。更に同性愛者となると宗教的な理由も相俟って更に周囲の目は厳しくなり、場合によっては逮捕されることもある。
また『異性を好きになるための治療』もあるにはあるが……それで治ったという例は、同性愛者仲間の中では数える程しか聞いたことがなく、それを受けた者の中には、自死や恋人との心中を選んだものもいるというほど。
ソロモンは、自分はともかくビルキースやアイリーンやジェシカにはそんな目に遭ってほしくない。ならば、同性愛者であることが露呈してしまう前に、フリだとしても、異性の恋人なり結婚相手なりを用意するのが一番安全なのだ。
ソロモンとしては、結婚によりビルキースが嫉妬するのではないかと想定していたのだが、嫉妬と現実的な問題を比べると後者が優先されるのだろう。致し方ないことだと、つい苦い表情を浮かべた。
続けて、ビルキースは少々戸惑ったようにこんなことも口にした。
「ただ、てっきり2人とも男性との縁談が来ていると思っていたので、やや驚いてはいます。自分が知らないだけで、婚約者くらいはいてもおかしくないかと思っていましたから」
「もしそんなのがあったら、ビルキースさんには言ってますよ! お友達なんですから」
その言葉に、アイリーンがそんなことを口にする傍らで、ジェシカはあぁ、と頷いてあっさりと言葉を返す。
「あなたの言うとおり、確かに今まで縁談は何件か来たし、見合いもしたわ。ただ、向こうが皆断ってくるのよ。偉そうな女は嫌だって」
「え、偉そう……? そうですか?」
ジェシカの言葉にビルキースもソロモンも首を傾げる。確かにジェシカはハッキリした話し方をする女性ではあるが、特に尊大な態度には見えない。ビルキースが発した言葉に、ジェシカが話を続ける。
「私は相手の男性が話すことに適切に返答をしているつもりなのだけど、どうやらそれが気に食わない人がいるらしくて。なんでも男の話には黙って相槌だけ打ってろとか、余計なことを聞くなとか、そういうことを言われるのよね。私は普通に会話とか議論とかがしたいのに」
「それは……ジェシカさんとは合わないタイプの人ですね……」
「そうなのよ。すごいって褒めてほしいだけなら褒めてくれる相手と話してたらいいし、ちょっとしたことで偉そうな女になるのも嫌なものだわ」
「ジェシーははっきり話す傾向があるだけだものね」
ジェシカの話を聞き、ソロモンとビルキースはついつい納得してしまった。
はっきりした物言いをするのは悪いことでは無いし、ある分野について議論を出来るほど知識を持っているとしたら、純粋に素晴らしいことだ。
ただ、世間的にもどうしても男尊女卑が普遍的である以上、ただはっきり物事を話す傾向がある、相手の意見に反論するというだけでも「女のくせに偉そうにしやがって」ということになるのだろう。先程ジェシカが言った「ソロモンとはまともに話せそう」というのはここにも繋がるのだろうか。
ちなみに、アイリーンの方も理由は違うが、縁談は来ても婚約までいったことはない。
「そもそもお父様は、私とジェシーの関係を知ってるから、あまり積極的に縁談を持ってこないっていうのもあるんだけど……。だとしても、私はあまり淑女って感じじゃないから……」
アイリーンは背が高く運動神経も優れ、思春期の疑似恋愛を含めてかなり慕われている様子だった。演劇等で男役をすれば、きゃあきゃあと黄色い声を向けられるほど。ただ、それはあくまで学園内での話。あくまで男性に見初められ結婚し、良妻賢母を目指すべきなのである。
「私は、お淑やかにしてるより、馬に乗ったり剣術をしたりしてる方が楽しいし……。なんか、思ってたのと違うって言われることが多くって。あと背も結構高いし……」
アイリーンの言葉に、ソロモンは内心納得した。彼女は言葉遣いや立ち振る舞いは相応に教育されたものの、根は結構お転婆で、お淑やかな令嬢のイメージとはかなり異なる。そう思うと、淑女を求める男性からは受け入れられないということなのだろう。
更に、彼女が長身であることは述べたが、その丈は、男に混ざっても違和感のない程である。実際、平均以上の背丈であるビルキースよりいくらか低いくらいだった。
――多分、デカ女ってのが一番嫌がられるんだろうなあ……。
そんなことを思いながらソロモンはふぅ、と息を吐いた。
とりあえず、2人の縁談に纏わる事情は分かったところで、話は戻る。
「……色々と話してしまったけど、本題に戻りましょう。私とソロモンさんが交際していることにするっていうこと、これはビルキースさんは問題ないってことでよかったかしら?」
「あぁ、そうだな」
「じゃああとはソロモンさんの問題ね。どうかしら」
「ジェシーはいい子よ。恋人役、妻役にするにはとてもいいんじゃないかしら」
「それはまぁ、そうだね。あくまで役な訳だし……」
ジェシカとアイリーンからの視線を受けたソロモンは、腕を組んで暫し悩む。偽の恋人を作ることはお互いにとってメリットはあるし、ビルキース本人も承諾している。拭いきれない抵抗感というものはあるが、背に腹は変えられぬということでソロモンも躊躇いつつ受け入れた。
「分かりました。なら、ジェシカさんの恋人役とか夫役とか、やりますよ」
「ありがとうございます、ソロモンさん。では、よろしくお願いしますね」
ソロモンの言葉に、ジェシカはほんの少し表情を柔らかくする。クールな印象の彼女の笑顔に少し安心しながら、とりあえず馴れ初めのすり合わせをすることになった。アイリーン繋がりで知り合い交際するようになったことにし、接し方でも極力恋人らしく自然になるように練習することにした。また、ソロモンとアイリーンの両親にも後日説明するという方針で固まった。
更に、ビルキースとアイリーンも恋人ということにすればいいのでは? と話は広がっていく。アイリーン本人は両親や親族からの結婚の催促はないが、ビルキースはどうやらその被害を受けているようだ。最近耳にタコができるほどに結婚の話をされ、見合いの話も持ってこられたことがあるという。それなら、そこも上手く擦り合わせてしまおうという案が出たのだ。この話に、アイリーンは前向きでだが、しかし、ビルキースはどこか躊躇っているようである。
「……確かに、親にあれこれ言われるのも、そろそろきつい」
「ということは、ジェシーと似た状況ってことかしら」
「そんなようなもんですね。……しかし、俺は別に金持ちじゃないし、実家だって、割と普通です。いや、それどころか貧困層に近いかもしれないし、そもそも、富裕層出身のソロモンと知り合えたのだって、奇跡みたいなもので……。なので、アイリーンさんが実家にいる時のような裕福な暮らしはできないと思います。……だから、俺を相手にするのは避けた方が良いかと」
動揺した声色でそう話すビルキースの面持ちは、いつになく真剣だった。確かに、ビルキースとアイリーンでは、身を置く層が明らかに異なる。
ビルキースは学校を卒業してから数年、一般企業で真面目に働いてきた。彼は決して浪費家などではなく、寧ろ倹約家に近いことはソロモンもよく知っている。しかし、まだ若いことや、外国人であることもあり賃金もそこまで高いとはいえない。その一方で、アイリーンは富裕層のお嬢様だ。女性でありながら進学もさせてもらえて、淑女としての教育を受けている。根本の生活が違いすぎる上、富裕層だった者が生活の質を落とすことになる以上、アイリーンには、ビルキースとの生活は合わない可能性が高いと推測される。
ビルキースは、眉を顰めつつ遠慮した方がいいと伝えるが、アイリーンは割と楽観視しているようだった。
「うーん、やってみないと、分からないけれど……きっと大丈夫よ、なんとかなるわ」
「いやいや……」
「それにね、お父様とお母様は、私のお金も貯めてくれてるみたいだし、お仕事だって、私に出来ることがあればやるわよ。ビルキースさんに任せっきりにしたりなんてしないし」
「……そうは、いいますけど……。……お嬢様育ちの貴女にはやれる仕事も限られそうですし……例え仕事が出来たとしても、その、どれだけの稼ぎが出来るかを考えると……そう簡単に頷くことはできません」
「うーん、じゃあ、とりあえず一旦恋人のフリまでにしておいて、夫婦になるかどうかはまたお父様たちも交えて相談しましょう。それでどう?」
ビルキースの言葉に悩んだアイリーンは、ひとまずそんな提案をする。ビルキースは一瞬、困ったような顔つきを浮かべたが、恋人のフリというのはやはり悪い案ではない。とりあえずそれならばと受け入れることにしたらしい。
「……わかりました。では一旦そうして、細かいことはまた後で話し合いましょう」
「えぇ、そうしましょう」
とりあえず、ビルキースとアイリーンの方は区切りが着いた。とはいえ、ビルキースはあまり納得いっていないようだが。
その傍らで、自分の恋人と妹のやり取りを、特に口を挟まず眺めていたソロモンは、役とはいえ2人が恋人同士になることに舌打ちをつきたくなった。
それから数日後、ソロモンとアイリーンは折を見て両親に報告すると、2人は驚きにつつも、ひとまず子供たちの選択を理解し、否定せず聞いてくれた。
実際に結婚する場合、相手方の家族とも会って話を進めてもらうことや、金銭的な支援も必要になるなど、様々な面で協力が必要であるためそこは申し訳なく思ったが、親としての役目であると父は了承してくれた。また、金銭面についても、『子供達の為の資金は備えてあるから気にするな。どうしても気になると言うなら、働き出してから少しずつ返してくれればいい』と迷いなく言ってくれた。その気持ちは感謝とともに受け取り、ソロモンは少しづつでも返す気持ちがあることは伝えた。
ソロモンの意思が決まっているのは良いことではあるが、偽の恋人や配偶者を立てるしかないという結論に、父はやり切れない気持ちを抱いているようだ。そして母は、また別の不安を投げかける。
「恋人の役にしろ、夫婦の役にしろ、お互いが納得してるならいいと思うの。でも、実際に結婚したら、きっととても大変よ? 軽々しく余計なことを言う人もいるし、それに、アイリーンの場合、ビルキースくんと生活するのはきっと大変よ? 変な言い方だけど、向こうは一般家庭みたいだし……感覚の違いから揉めることもあるんじゃないかしら……」
困った様子でそんなことを言った母は、結婚した後相手の親や赤の他人から投げかけられるかもしれない不躾な質問や、娘の今後の生活を気にしているようだ。これについては、父も、妻が心配する気持ちも分からなくもないらしい。
苦い表情を浮かべる父の隣で、母は、不安げにソロモンとアイリーンにいくつか質問を投げかける。
ビルキースとジェシカ、それぞれの家族はどのような人か、家族構成はどうなっているか、優しい人達かどうか。
それに対して、ビルキースとジェシカ、それぞれの家族構成を答え、家族は皆優しい人だと伝える。一通り回答を得られた母は、安堵したように表情を和らげたあと、ハッと一瞬目を見開き、申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「ごめんなさいね、ソロモン、アイリーン……色々、聞いてしまって」
「いえ、大丈夫、ですよ」
「最初は、一応恋人の振りからだってのは分かってるんだけど、このままいって結婚したあとのことを考えると、どうしても色々と不安で……」
母の心配は、少し先走っているようにも思えたが、後々のことを考えると恐らく、気にしておいて損は無い所なのだろう。ソロモンとしては、何故母がビルキースの家族構成を気にするのかがいまいちピンと来なかったが。
「大丈夫ですよ、お母さん。心配してくれるのは、ありがたいですから」
「そうよ、お母様がそうやって気にかけてくれるのはありがたいわ。別にお節介だとか嫌だとか思ってないから、そこは気にしないで」
「ありがとう、二人とも。……あ、そうそう、もし結婚したら、子供のことは聞かれるかもしれないわ。貴方たちは多分、子供を持たないか、養子をとるかになると思う。それで色々心無いことを言われるかもしれないわ。……でも、周りに何言われても、2人で話し合った結果ならそれでいいのよ。気にしちゃダメよ。特に何回も聞いてくる人は適当に聞き流すか、できるなら距離を置きなさい。そういうことをしつこく聞いてくる人は、こっちが何やったって文句言ってくるんだから」
「え、えぇ……分かったわ……」
最後に突然言われたその言葉は、実体験なのかと思うくらいに、力強さを纏って発された言葉であった。
そして、母は最後にアイリーンにもう一言付け加えた。
「あとね、アイリーン。一応伝えておくけど、本当にビルキースくんに嫁ぐなら、生活の質が大きく変わることになるから、そこだけは覚悟しなさいね」
「……そんなに?」
「はっきりとは言えないけどね。そこは、ビルキースくんとよく話し合いなさい。彼なら、きっとそこを一番気にしてると思うから」
母の言葉に、ソロモンは彼女が言いたいことをなんとなく理解したが、アイリーンはいまいちよく分かっていないようだった。
それから数週間が経過した後、ジェシカやビルキースも、ソロモンとアイリーンの両親に会って話をし、偽の恋人という関係性や偽装結婚についての見解を固めた。ソロモンとジェシカについては意外とすんなり話が纏まったが、ビルキースとアイリーンの方はかなり難航したようだ。
彼等の話は、ソロモンとジェシカが居ないところでされたため、詳しい内容は分からないが、この話がなかったことになる可能性もあったという。にも関わらず、恋人役が続行され結婚まで持っていったというのは、ソロモンにとっては単純に驚愕ものだった。
やがて、最初の話し合いから数ヶ月後。ジェシカとビルキースはそれぞれの両親に『結婚したい人がいる』と伝えた。結果として、それぞれの両親は非常に驚き、泣きそうな程に喜び、子供がようやく一人前になることに胸を撫で下ろした。
また、ジェシカの両親は、娘の相手が名家の子息であるということにも大層喜んだ。嫡男ではないが名家の者と結婚できるのは素晴らしいと言い、話はとても順調に進んでいった。
ビルキースの両親も、不良のような雰囲気だった息子が名家の令嬢との縁を結んだことに大いにたまげた。実際、令嬢に嫁いでもらうことに心配はあったようだが、家族はそれは時間をかけて行われた話し合いや顔合わせの中で解消されていったらしい。
ここまで、アイリーンとビルキースの件以外は随分順調に思えた結婚話だった。
しかし、後に予想外の大きなトラブルに直面することになるとは、まだ誰も想像していなかったのである。
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