第11レース(1)ジョーヌエクレールVSブトウカイノハシャ

                  11


「金糸雀君」


「は、はひ⁉」


 パドックで騎乗前に仏坂に声をかけられたレオンの返事は裏返った声になった。


「緊張している?」


「す、すこひだけでふ!」


「うん、大分緊張しているね……そう言えばさっき控室で朝日さんに言われたんだけどさ、『金糸雀が緊張しているようだったらこの言葉を伝えてくれ』って……」


「え?」


 スーツ姿の仏坂がレオンの耳元で囁く。


「『夏合宿……大凧……購入履歴は抑えてあるぞ』」


「ひ、ひい⁉」


 レオンが直立不動の姿勢になる。仏坂が首を傾げる。


「これはどういう意味?」


「い、いえ、あまり意味は無いっていうか、と、とにかくレースに集中しましょう!」


「よくわからないけど、緊張はある程度は解けたみたいだね。OK、それじゃあ、最終確認といこうか」


「はい、お願いします」


「この阪神レース場、ダート1800mはコーナーを4つ回る上、スタートから最初のコーナーまでの距離が短い。そのため逃げ・先行がかなり有利なコースになっている。最後の直線はダートコースとしては長めな約353mで、途中に急な坂もあるが、道中スローペースになりがちで前を行くドラゴンの脚は止まりにくい。よって急坂を意識して、差し・追込が決まりやすいとは考えがたい。逃げ・先行型のドラゴンが優位だ」


「はい、つまり……僕とジョーヌエクレールは『大逃げをかます』だけです」


「ああ、ただ、ダートは消耗しやすい。ペース配分はいつも以上に気を配ってくれ」


「はい!」


「良い返事だ。よし騎乗開始だ。うん? その身に付けているのは……御守?」


「宿舎近くの神社を参拝した際、皆で買いました。竜体と同じ色なので目について」


「……ご利益あるといいね」


「ええ! 行ってきます!」


 ジョーヌエクレール号は確かな足取りでパドックを周り、地下竜道へ向かう。


「『安産祈願』の御守だったけど……まあ、気分の問題だからね」


 仏坂は微笑みながら頷く。竜道を歩くレオンは、立ち止まる乱舞の姿を確認する。


(知らない仲じゃないし、ちょっと大きい声で声をかけてみようかな……動揺してくれたらしめたもの……少しズルい気もするけど……これも駆け引き……よし!)


「お~……」


「しゃあ!」


「⁉」


 レオンは驚く。乱舞が急に大声を発したからである。一呼吸おいて乱舞はドラゴンを前に進ませる。レオンが戸惑う。


(な、なんだか、先月とは雰囲気が違うような……ん?)


 レオンが周囲を見回す。妙な視線を感じたからである。しかし、その視線の主を確かめることは出来なかった。レオンは首を左右に振り、ドラゴンを進ませる。本竜場に入場し、全10頭が順調にゲートインする。一瞬の間があり、ゲートが開く。


「!」


 レオンのジョーヌエクレールが珍しくスタートに失敗し、やや出遅れる。


(しまった! だけど、まだ立て直せる!)


「オラオラ! ドンドン行くで‼」


「⁉」


 レオンは再び驚く。隣のゲートでスタートした、乱舞が荒っぽい叫び声を発したからである。レオンの動揺はエクレールに伝播し、かなりの出遅れになってしまう。


(そうだ、忘れていた、あの人ダンスを踊っているときも妙にテンションが高かった! 普段は気弱だけど、ここぞという時にスイッチが入るタイプなんだ! くっ、動揺させられたのはこっちか! ミイラ取りがミイラになってしまった!)


「ジョーヌエクレールが大きく出遅れ⁉」


「金糸雀君、スタートが上手なのに……」


 この交流レースも先の模擬レースのように満員ではないが、観客が入っている。スタンドで見つめる飛鳥と真帆が戸惑いの声を上げ、炎仁が心配そうに呟く。


「レオン……」


「起こってしまったことは仕方がない。ここからどう立て直すか、臨機応変さが彼には求められる」


 冷静に分析する翔に飛鳥が尋ねる。


「『大逃げ』こそ、金糸雀君たちの生命線ですわ! ここからどうしろと⁉」


「……誤算であったことは間違いない、だけど戸惑っているのは彼らだけではない」


「え? ……あ!」


 真帆がレースを見て驚く。皆、まるで先頭を譲り合うかのように固まった集団で走っていたからである。


「皆、エクレールの『大逃げ』をレースプランに組み込んでいたはずだ。それが早々に崩れてしまった。恐らく、冷静にレースを進められている人は少ないはずだよ」


 レースは中盤あたりまでほぼ団子状態で進む。飛鳥が呟く。


「皆さん、落ち着きを僅かながら取り戻したのかしら、本命竜の『ブトウカイノハシャ』を警戒していますわね。一、二……七頭が包囲網をしいていますわ」


「第三コーナー、そろそろ終盤、誰が仕掛けるか……!」


 翔が呟いた瞬間、並んで先頭に位置していた二頭が仕掛ける。


「待っとったで! この瞬間を!」


 乱舞が叫び、手綱をリズミカルに動かす。それに呼応するかのように、ブトウカイノハシャを巧みなステップワークを見せ、竜群をすり抜けていき、前に出る。


「するすると前方に!」


「包囲網の一瞬のほつれを見逃さなかった、大した集中力だね」


 驚く真帆の横で翔は感心する。次の瞬間、スタンドがざわめく。飛鳥が叫ぶ。


「ジョーヌエクレールが後方から凄いスピードで上がって来ましたわ!」


「後方で脚を溜めていたんだ!」


「圧倒的な逃げ脚をまくりに応用するとは……臨機応変だね」


 炎仁の言葉に翔が笑顔を浮かべる。真帆が声を上げる。


「でも、包囲網がばらけたことでエクレールの前方に新たな竜群が!」


「竜群……!」


 炎仁が苦い表情になる。竜群での接触事故がトラウマとなって、レオンは大逃げ戦法を編み出したのである。レオンも一瞬渋い顔つきになるがすぐ真顔になる。


(……プロになる為には、トラウマだとかイップスだとか言っていられない! 僕はこれからもレースは逃げるが、困難からはこれ以上逃げない!)


「!」


 炎仁が驚く。ジョーヌエクレールが竜群に突っ込み、抜け出してきたからである。レースは最後の直線、早めに先頭に立ったブトウカイノハシャに外側から、ジョーヌエクレールが襲いかかる。翔が珍しく大声を上げる。


「竜群を捌いたことでハシャはスタミナを使った! エクレールの脚色が良い!」


「いけえ! レオン! エクレール!」


 炎仁も立ち上がって声援を送る。鞍上のレオンも手応えを感じていた。


(伸びがある! 急な作戦変更にもよく応えてくれた、エクレール! なっ⁉)


 その時、赤色の竜体が外から二頭を差し切った。レース場にアナウンスが響く。


「第1レース、外から差し切ったのは、フィーバーアロー! 鞍上は中国競竜学校所属、大毛利竜子たもうりりゅうこ!」


「出遅れは焦ったで……でもアンタをマークしといて間違いじゃなかったわ」


 竜子は振り返りながら、レオンを指差す。レオンは肩を落とす。


「ま、負けた……!」


「イップスを克服したと思ったのに……」


「これが競竜と言えばそれまでだけど……大穴狙いは僕らだけではないようだね」


 スタンドで炎仁は悔しがり、翔は腕を組む。

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