疾れイグニース!
阿弥陀乃トンマージ
第一章
第0レース 晴れ舞台
0
『さあ大欅を抜け、18頭が最終コーナーに差し掛かる! 竜群が固まっている! 先頭の――やや苦しいか、前目につけていた――がここで仕掛けるか! それとも、おっと、中団後方のグレンノイグニースがここで外に出てきた! 大胆に行ったぞ、
二十万人もの大観衆が詰めかけた『東京レース場』。この日のメイン、第11レースはいよいよ佳境である。最終コーナーから直線に入ろうというその時、紅色の竜体をしたやや小柄なドラゴンが大きく動き、スタンドの観衆のどよめきを誘う。数多の視線がそのドラゴンと、それに跨る赤地にさらに赤い炎の模様を重ねるという、見ているだけでも火傷しそうなデザインの勝負服を着た騎手に一斉に注がれる。
スタンドの観衆はそれぞれ歓声、嬌声、怒声を上げる。すっかり興奮のるつぼである。それも無理はない。何故ならばこのレースは『第100回ジパングダービー』……。このジパング国の『競竜』――この競技発祥の地の言葉を借りるならば『ドラゴンレーシング』――に関わる全ての人々が夢見るレース。この大事なレース、ダービーを制覇するという最高の栄誉に浴するのは誰なのか。18頭の竜体色鮮やかなドラゴンたちがこれまた色とりどりの勝負服を身に纏った騎手たちを背に乗せて、翼を広げてターフを駆け抜けていく。
レースはスタンド前にさしかかろうとしている。観衆の興奮と喧噪は大きな地鳴りとなって、レースを駆ける騎手たちにも嫌でも伝わってくる。それでいて紅のドラゴンに跨った騎手の頭は不思議なほど冷静だった。ピンク色のヘルメットから覗く赤茶色の髪、ゴーグルで隠れているため、はっきりとは伺いしれないが、まだどことなく少年のようなあどけなさを残した顔立ちをした若い騎手は見つけ出していた、勝利への道筋を。
絶え間なく変化するレースの状況にも冷静に適応し、絶好の位置につけることが出来た。ドラゴンの轡に繋がっている手綱の手応えは十分。まだスタミナも残っている。内側はやや他のドラゴンがひしめいているが、外側には自分たちしかいない。前方の視界はこれ以上無いほど開けている。残り500mを切った、ここからこの東京レース場は高低差4m、距離220mもの長い坂がある。ドラゴンたちのタフネスぶりが試される場面だ。若い騎手は紅のドラゴンの体に一発ムチを入れる。ドラゴンの筋肉がピクリと動き、スピードが一段と上がる。騎手はすかさず手綱をさばく。それを合図にドラゴンは翼を広げ、坂道を一気に駆け上がろうとする。良い手応えだ。若い騎手はもう一度ドラゴンの体にムチを入れて声高に叫ぶ。その叫びはスタンドの大歓声にもかき消されることなく、そのドラゴンに確実に響いた。
『
これは紅蓮炎仁という青年とその相棒のドラゴン、グレンノイグニース号の物語である。
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