第12話 黒薔薇姫の真実3



「あの日、二人ならんだ赤ん坊は、生まれたばかりで見わけがつかなかった。身にまとう産着の豪華さをのぞけば。着衣さえ交換してしまえば、誰も気づかない。奥さまは産後、疲労困憊ひろうこんぱいして眠り続けておられましたし、小間使いは公爵閣下に知らせに走った。産婆が水をくみに行ったすきに、こっそりと……」


 レモンドが床に両手をついてくずおれる。

 メラニーの声も涙でふるえていた。


「悪いのはわたしです。わたしはただ、自分の娘に幸せになってほしかった。今ならそれができると思った……」


 とつぜん、メラニーが走ってきた。手にナイフをにぎっている。


「もう誰もわたしの娘を苦しめないで!」


 だが、しょせん女の細腕だ。それに、

 ふところにとびこんでくる前に、ワレスはかるがるとメラニーの手をつかんだ。ナイフをたたきおとす。


「おれとジェイムズを酒蔵に閉じこめたのは、あんただな? メラニー。おかげでジェイムズは風邪ひいたが、まあ、いいよ。どうせ、あんたに殺すつもりはなかったんだ」

「娘の幸せをジャマする者はみんな……リュドヴィクさまとシロンさまを殺したのも、わたしです」


 レモンドがこわばる。

 だが、ワレスは冷静に告げた。


「ほんとに? レモンドは誰も殺していないのに?」


 今度はメラニーが硬直した。


「えっ? どういうことです?」

「あなたは娘をかばってる。だが、そもそも、レモンドは誰も殺してない。むしろ、シロンに殺されそうになった」


 二人の女は呆然としている。


「あなたたちは、たがいに相手が犯人だと勘違いしていた。そうなんでしょう? でも、ご安心を。どちらも人殺しではない」


 絶句している二人の前で、ワレスは嘆息する。


「一つ聞きたい。メラニー。リュドヴィクはあなたを知っていた。おそらく、以前、フィニエ侯爵家に仕えていたんでしょう?」

「はい。奥さまの侍女でした」

「だが、何かの機会にフィニエ侯爵と関係を持った」


 メラニーは黙りこんだあと、うなずいた。

 ワレスはレモンドをながめる。


「ということですよ。令嬢。リュドヴィクはそこを隠していたようだが、あなたはたしかにテルム公爵の娘ではない。だが、フィニエ侯爵の娘だ。多少、格は落ちるかもしれないが、それでもなかなかの家柄だ。

 あなたは公爵家の一人娘として育てられ、そのことに誇りを持っていた。だが、じっさいには、すりかえられた平民の娘だということを知った。侍女としてあなたに仕えていたアドリーヌのほうが、ほんとの公爵家の娘だったのだと。それは、あなたにとっては耐えがたい事実だ。だから、そのことを暴露すると脅迫するリュドヴィクの言いなりになるよりなかった」


 レモンドは答えない。が、その涙が肯定している。


「でも、ほんとのところは平民というわけではなかった。それを知っていれば、あなたの心もいくらか軽かっただろうに」


 メラニーが子どものすりかえなんてだいそれたことをしたのも、一つにはそれが原因だろう。彼女の娘も本来なら侯爵家の赤ん坊として、アドリーヌと同じほど豪華な産着をまとうはずだった。そう思ったから我慢できなくなったのだ。


「リュドヴィクはヒドイ男だ。あなたを異母妹だと気づいていたくせに、そのことは隠していたのだから。言えば、いくらなんでも、あなたが婚約を嫌がると思ったからかもしれない。あなたは父上に似て、ひじょうに美しいレディーだし、いっしょに育っていないから、リュドヴィクにとっては妹だという意識も希薄だった。だから、このまま結婚してしまえばと……悪魔のような考えに取り憑かれていたのだろう」


 ゾッとしたように、レモンドが肩をふるわせる。

 ワレスはその肩を抱いて立たせた。


「あなたはリュドヴィクが兄だなんて知らないから、しかたなく承諾した。すると、しばらくして、リュドヴィクが勝手に死んでくれたんだ。あなたは最初、喜んだ。だが、彼が殺されたと知り、あせった。自分はやっていない。では誰がそんなことをするのか?

 考えられるのは、あなたの実の母しかいない。子どものころから、ずっとそばにいて、あなたを心から可愛がってくれた女性だ。その理由を知って裏切られたとは思っても、憎みきることはできなかった。母が捕まるところを見たくなかった。そうですよね?

 あなたはいつも暗い顔をしていた。これだけの秘密を一身にかかえていたのだから、それは当然だ」


「このひとつき、生きた心地がしなかったわ。もうずっと、いつバレるのか、次は誰がわたしをおどしにやってくるのかと……」


「シロンのようにね。あいつはリュドヴィクがあなたを脅迫しているのを聞いていたようだ。最初はあなたの花婿候補として意欲的だったくせに、途中から急にターゲットをアドリーヌに変えた。アドリーヌこそが真の公爵令嬢だと知ったからだ。アドリーヌを手に入れた上で、あなたを殺そうとした。シロンもなかなかの卑怯者だったな」


 だからこそ、レモンドはすべてを終わらせるために、シロンと結婚し、本来それを享受すべきアドリーヌに令嬢の特権を返そうとした。しかも、自分の秘密は守ったままで。それだけが彼女に残された、ゆいいつのプライドだった。


「でも、シロンも死んでしまったわ。なぜなの? メラニーがしたことじゃないなら、誰が?」

「あなたにはナイショの守護天使がついていた。たぶん、彼もあなたのその胸のアザを見て、気づいたんだと思う。あなたが隠すようになったのは、リュドヴィクに何か言われたからでしょう?」

「ええ。これのあることが、メラニーの娘だという証拠だと」

「それはメラニーのというより、フィニエ侯爵の娘である証拠なんだ。兄弟姉妹には、みんなそのアザがある」


 ワレスは戸口をかえりみた。


「そうだろう? 出てこいよ。おまえが、レモンドのもう一人の兄なんだ」


 扉のかげから、男が一人、現れた。

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