第1話 黒薔薇の館2



 ガラガラと車輪の音を立てて、馬車は進む。四頭立ての立派な馬車だ。車内にはワレスとジョスリーヌ、それにラ・ヴァン公爵がすわっている。


「なぜ、公爵閣下までいらっしゃるのです?」

「私にも君が活躍するところを見せてくれないか。君がもっとも素敵に見える瞬間だと、ジョスが言うんだ」


 ワレスはジョスリーヌをにらんだが、彼女は肩をすくめるばかり。


「あら、だって、嘘じゃないわ」


 おかげでこっちは機嫌をとる人がいつもの倍だ。この上、謎解きまでさせられるのは、めんどくさくてしかたない。

 だが、まあ、来てしまったものは、どうにもしようがなかった。馬車も公爵のものだ。降りろと持ちぬしに言えない。


 ワレスはあきらめて、馬車の小窓を見る。美しい貴族の邸宅と意匠のほどこされたガーデンが、いくつもガラスのむこうをすぎていく。


 景色は秋だ。深まりつつある紅葉の季節。


「それで、閣下。殺された者の名前は?」

「ラ・フィニエ侯爵の次男、リュドヴィクだという話だ」

「跡継ぎではない子息か」

「そう。レモンドはラ・テルム公爵家の一人娘だ。二千五百年続く家名を継ぐ、ゆいいつの娘なのだ」


 きわめて高い身分の一人娘。その婚約者の死。ばくだいな金や跡目争いの匂いがプンプンただよう。


「さらに言えば、レモンドはひじょうに美しい娘だ。彼女と結婚したいと願う男は皇都じゅうに何百人といるだろう」

「なぜ、そのフィニエ侯爵子息が選ばれたのですか?」

「学生時代の知りあいだったのではなかったか」


 つまり、親の決めた政略結婚ではなく、恋愛による結びつきだったということだろうか。それならば、恋のもつれで殺された可能性もある。なかなか難しい事件のようだ。


 皇都の貴族区を離れ、郊外へむかう。だが、それほど離れてはいない。半刻もすれば到着した。


「おお、ついた。見たまえ。とても情趣のある屋敷だろう? 個性的で耽美だ。私はなかなか好きなのだよ」


 この世のありとあらゆる贅沢になれきった公爵が言うのだから、どんな屋敷だろうと、ワレスは期待して外をのぞいた。


 たしかに個性的だ。そして耽美でもある。しかし、高雅ではあるが、どことなく不気味ですらある。


 邸宅の前面に薔薇が数えきれないほど咲き乱れている。

 薔薇はユイラ人の好きな花だ。大輪の四季咲きの薔薇が、どこの庭でも華麗に屋敷をいろどっている。


 だが、ここの薔薇は黒い。紅のさらに濃い色の品種なのだろう。それにしても、ほとんど黒に見える深紅の花がいちめんに咲き誇るさまは、美しくも禍々しい。建物は塔の目立つ白亜である。黒薔薇との対比がいやでも目立った。黒いドレスをまとう白い肌の魔女。そんな印象がある。


「あら、やだ。なんだか怖いわね。黒い薔薇なんて、わたくし初めて見たわ」と、ジョスリーヌが肩をふるわせて、少しわざとらしくワレスのほうにもたれてきた。


 ワレスはその肩を抱きながら、黒薔薇の庭をながめる。


 公爵家の家紋の描かれた馬車は、門番に誰何すいかされることもなく、すんなりと門を通る。


 そのとき、ワレスは前庭に立つ一人の人物を見た。黒い薔薇を両手にかかえている。小間使いだろうか? いや、それにしては豪華なドレスを身につけている。

 おそらく、あれがレモンド姫か。遠目だったが、ひどく悲しげに見えたのは、婚約者を亡くしたという先入観のせいか。


「閣下。古代兵器というのは、どこに保管してあるのです?」

「私は知らない。それは家人だけの知る秘密だろう」


 まあ、そうだ。危険な兵器を誰にでも手に届く場所に、かんたんにさらしておくわけがない。きっと城の奥深く隠してあるのだ。


 それにしても陰鬱な館だ。

 明るく楽しい気分になる景観ではない。ことに木枯らしの吹くこの季節では。


 こんなところで殺人事件を調べるのか。せめて、気心の知れた友人でもいてくれたら……と思う。一瞬、脳裏にジェイムズの顔が浮かんだ。


 いやいや、なぜ、ジェイムズなんだ?


 ワレスは首をふり、その幻影をふりはらう。

 大切な友人ならば、まず誰を置いても、ルーシサスのことを思いだすべきだ。そう。たとえ今はもう、この世にいない人だとしても。


 広い石畳の道を通り、馬車は館の前までやってくる。ラ・ヴァン公爵が手紙を送っていたのか、当主のテルム夫妻が一行を出迎える。そこでかわされる社交辞令を退屈な思いで聞きながす。


 だが、とつぜん、目のさめるような思いをする。


 どことなく神殿めいたエントランスホールのなかへ、外から女が一人入ってきた。

 さっき、庭で見かけた娘だ。黒髪の巻毛と琥珀色の瞳。たしかに美しい。だが、どこか暗いかげがある。やはり、婚約者を亡くしたばかりだからか。未亡人の持つふんいきが、彼女から年相応の若々しさをうばっているように見えた。死の気配とすら言えるほど。


 ひどく不吉だ。

 きっと、何かが起こる。

 ワレスはそう予感した。

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