ROLL PRAY その1
「聡、君。ほら言ってみて。」
「サトル、ク、ン。」
「その…もうちょい柔らかく、ね?」
「………サトル、ク、ン。」
ちゃぶ台挟んでふたりきり。
日曜正午前の安息をリピートアフターミー。
「発音は、正しいです。」
「もうチョットやってみよ?ね?
ーーー、そう!ニュアンス!たおやかな!
あと、ほんのちょっぴりだけ…ホラ。」
「………発音は、正しいです。」
いかんともしない。
毅然とした態度。
なだめるように、再交渉。再提案。
ただ
医者のお墨付きもあるという
コチラの言い分に対し
「ソレなら五体満足で
当日連れて来てみせろ!」
と颯斗のヤツに発破かけられたからであって。
「ね?違和感あって馴染まないかもだけども。
来週の休みだけでいいからさ。頼むよ…」
「もう、よろしいでしょう、か。
日曜の今日はマザートーヤやユキさんと
園芸の先約があるのです。
これ以上は彼女らを、待たせてしまいま、す。」
「ぅ~~ん。ソレなら仕方ない………か。」
ちゃぶ台に手をついて立ち上がる彼女。
………時間が迫って焦っているのだろうか?
今朝は妙に挙動がきびきびしているような。
「お昼は焼きそばにするからさ。
まぁ思う存分楽しんできな。」
「………そうさせて頂きます。」
慣れたように靴を履き。
ガチャン。
ドアノブに手をかけて
六畳半を出て行くユリネ。
ボクの方はというと、
その一連の動作をただ
見つめることしか出来なかったり。
ジッサイ。
呆気に取られていたのだろう。
ふと3日前を思えば。
モニターの前に釘付けの彼女。
六畳半にただ一人でいて
ただ一人の帰りを待つ彼女。
結果として良かったのだ。
能動的な行動は食事とTV視聴ぐらいだったが
その食事がきっかけで彼女の行動規範が
六畳半からアパート一棟まで広がった。
「私は、かまいません。」
気がかりなのは。
六畳半しか知らなかったユリネはああ言ったが
それはボクが彼女の見聞を
狭めているからであって。
彼女が真に自らの生活を手に入れた時に
「もう一度自分を選んでほしい」というエゴが
彼女の両親と同じように今一度ユリネを
束縛してしまうのではないかという事。
「………ソレはない。
どう転んでも、かつて
百合音が望んだように。」
蒼ヶ峰くん。一度でいいから…私ね、ーーー
「ふぅ………」
立ち上がる。サンダルを履いて外へ。
赤サビのついた手すりに
両手投げ出して重さを、ーーー
ギシィ。
………おそるおそるもたれかかって、
上から眺める。
かがみ込んで見つめるユリネ
シャベル片手に講釈をたれるオーヤさん。
そしてソレを立ったまま
腕組みして見ている安祢田さん。
「………ぅいう雑草は
確か全部取っちゃってぇ」
「違う、ママ。それミオソティス。」
「ミ、みお………?」
「はぁ………ワスレナグサね。」
「雑草とは。広義、なのですね。」
日曜の朝の賑わいとはいえ、
周辺は娯楽の何もない住宅地。
普段は湧かないような明るい会話に。
「ども。」
「………おう。」
灰色スウェットな二つ隣の尾箕野さんや
一階の歳上大学生、髪ボサボサの
「洞爺さんに、アネさん。
あと………お久しぶりっす。
蒼ヶ峰クンの奥さん。」
遠巻き、上方で眺める男二人。
尾箕野さんは警察署勤務で遅めの出勤、
休日はパチンコ打ちに
行ったりしてるもんだから
会釈程度の人付き合いでも
これが事情聴取以来なかったりする。
そんな彼女を見つめながら。
「聞いたぞ。あの子の話。」
「そうですか。」
「そうですか、じゃあねえだろ。」
俯いてポケットからタバコとライター。
一本取り出して咥えようとするしぐさ。
そのさなか、ーーー
ガチャリ。
「こんにちは。おじさん。」
二人の間に現れる一人の少女。
「や、やぁ。おはよう優華ちゃん。」
ばつの悪そうな苦笑いで
そのままポケットに突っ込む。
スムーズで滞りない一連の所作と違って
口に咥えきった惰性の収納は辿々しい。
まぁ当たり前っちゃあ当たり前だが。
「全然、お早くもないから。」
ため息ついて。
踵だけ接地してつま先取舵いっぱい。
反転ののち腰に手を当てて再度ため息。
彼女の背面に尾箕野さんを見れば
いィーっとハグキ剥き出し
こちらを顎で示して、ーーー
「こ、こんにちは…」
ウンウンと頷く優華ちゃん。
ーーー、待て。
今、オジさんで一括りにされたか?
コッチはまだギリギリ未成年なんだぞ………
「ままー」
次いで出て来る次男坊、悠樹くん。
手を添えないと玉のように転がっていきそうな
少しおぼつかない足どりで、
「ままはー?」
長女に駆け寄っていく。
年少にも満たない弟をひし、と抱き止めて。
「ママはね………」
上体を傾けて階下を覗き込む優華ちゃんと
格子を両手でひんづかむ悠樹くん。
「ーーー、今日は、公園で遊ぼっか。」
「なんでー?」
「なんでったって、そうったらそうなの。」
カン、カン、カン、カン。
薄板の階段を手を引いて駆け降りていく。
ーーー、去り際一瞥して。
そのまま敷地外へ。
レンガブロックの庭園周りは
頼貴くんに事情を説明している最中。
「ちょ、ちょっと………
ゆうかぁ!ゆうきぃ!」
あれだけしっかりした娘でも
年相応、適当な付き添い役が必要だろう。
「じゃあ、代わりにボクが着いて行きますよ。
ユリネを、お願いします。」
「え、チョット………!」
たまには近所付き合いに時間を使うような
こんな日曜もあっていいだろう。
見失わないうちにアパートを後にした。
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