4#スクールライフの残滓

膝を折り、たたんだ両足を

全体の下敷きにする。

両手は太ももの付け根に添えるだけ。

地表より独立した平面を形成するちゃぶ台、

そのちょうど膝を差し込める低さに

最適とされている座面姿勢。


「………?」


こてん。


肩から下まで礼節を宿した

読んで字の如くの正座。


上だけ、こうべだけが。

感情表現のジェスチャーとして

独立して傾いている。


………疑問。対象、アオガミネサトルの

急激な心拍上昇。


帰宅時、節目がちに

双方向のコミュニケーションを

妨げるほどの拒絶反応。

一転、ソレを追究すれば。

それまでの気落ちした情緒で平気を装う。

代わって、自ら提案すれば。

翻って唐突に、狼狽し返答もなく浴室へ。

挙動もぎこちなく、

むしろ乱暴ともとれる一挙一投足。


「しかし、とった行動は

普段のルーティンどおりで、した………」


自白、否定。

譲渡、逃亡。


ーーー、それでは。



立ち上がる。

待機状態を解除。


浴室から聞こえる絶え間ない注水の音。

お湯を張らずに水浴びを断行した分

浴槽に体を収めたままに

行なっているのだろう。


歩み寄る。

カレへのアプローチを再試行。


「サトルさん。」


突然、浴槽の水が跳ねる音。


「ほ、ホントに大丈夫だってば!」

「ーーー、困ります。

それでは、困るのです。」

「………え?」


供述。今日、おおよそ初めての対話。

カレが毎日欠かさず聞いてくる

1日の出来事、報告レポート。


「今日は、色々なコトがありました。

本当に、いろいろあったのです。

多くの疑問点に立ち会いました。

外を1人で歩き、生活圏に触れ、

オーヤさんと公園で話しました。

彼女の野望を聞き、そして私も

園芸への興味を打ち明けたのです。」

「………」


霞のかかったプラスチック板に手をあてる。


「私は、今まで。

モニターで学習した内容を

そのままサトルさんに反芻するだけでした。

ですが、今は。

貴方にも、聞き返したいコトが

たくさんあります。

話すコトが、話さなければならないコトが

あるのだと今の私はそう思うの、です。」


文法、論理の不整合。

………疑問。

スクリーニングをスキップして

迫るように、迫られるように。

口頭から述べられる一言一句。


流れる静寂。確かな間隔を刻む脈拍も。

今は、時間ごと

止まってしまったかのような喪失。


「そうか、そうだよな。」


ざばぁという音で立ち上がったのが分かる。


「ゴメン。ちゃんと話し合おう。

だからさ、ちょっとだけ…離れてて、ね?」

「は、い………?

居室中心にて、待機します。」


大人しく定位置に帰投し再びの待機状態。

アオガミネサトルからの和睦調停。

赦されていないから、

無視されている、のではない?


こてん。


………推測。互いの思考の齟齬。

過度な追究は今後控えるべきである。



数分後、パジャマに着替えてちゃぶ台を挟む。

今日の夕飯は、スーパーマーケットのお弁当。

だが不思議と

かすかに感じられるのは共通点?


箸でつまみ、咀嚼して、嚥下した後

合間を縫って語っていく。


「ちゃぶ台かぁ。

でも、なんとなくあった方が

しっくりくるかもだ。」

「ええ。その必要性は

先程身を持って認識しました。」

「それにしてもマザーオーヤ…

はは、スナックのママ呼びじゃ不満ってか。」

「そういえば、後でサトルさんに

灸を据えると仰っていましたよ。」

「ーーー、マジかよ。」



「「ごちそうさまでした。」」


手を合わせてプラ容器をゴミ箱へ。

いつもならテレビ揃って見るなり

早めに寝てしまうなりしてしまうところだが。

再び正座で姿勢を直し

直面、対面、及び対談。


「それでは、どうぞ」


手のひらを向けて促す。


「………そうだね。ちゃんと話すよ。」


一度俯いたのち、顔を上げて。


「今日………クラスメイトにあったんだ。」

「クラスメイ、ト………?」


語り始めた。イレギュラー続きの今日一日、

そのコトの顛末を。


「あぁ、よく分からないのも無理はない。

クラスメイトってのは

俺の小学校からの腐れ縁。

ーーー、百合音にとっても。

高校2年の一年だけ、

互いに面識の合った奴なんだよ。」


クラスメイト。

主に社会人と識別されるまでの

教育課程を共にする関係。


「つまりは逃避行に至る前の

カナメユリネを知る人物

というわけです、ね?」


頷いて肯定するサトルさん。


つまりは同時に。

かつて捨て去ったコミュニティの残滓。

そのものである、と、ーーー


「アイツが来たとき正直………

あぁ、これまでなんだって。

はっきり言って絶望してしまった………

ホント、おかしな話だよ。

があることなんて

キミと故郷を出たとき既に

分かりきっていたハズだったんだ」


観念したのか、覚悟を決めたのか。

それまでそらすまいと注がれていた視線。

全身の筋繊維の強張りが見てとれる。

一度止めてしまったら

そのまま窒息してしまいそうな独白。

声にまで聞き取れる震えを誤魔化すように

片手で前髪を掻き上げて供述を再開する。


「ーーー、ボクは。

とうとうその瞬間まで

その事実を受け入れられなかった。

それが純朴な抵抗だったのか。

愚かな盲目だったのか。

こうして、キミが生きてくれている今では。

もう………計り知ることさえ

出来ようもないけれど。」


黙することでしか、応えられない。


模索。索引。検索。

どの慣用句テンプレートを以ってしても。

今の私に、かけられる言葉が見つからない。


「アイツはなんでも興信所を使ったらしい。

出立のとき、取りたての免許証で

レンタカーを使ったからね。

依頼料は高くついたけど

探偵は実際なんでもありなんだとさ。

キミの親御さんにも連絡がいったと

そうおもっちまうのは当たり前だろう?」

「ーーー、サトルさん。」


初めて口を挟む。

かける言葉は見つからない。

あいも変わらず、見つからない。


「私は、かまいません。」


カレに。パートナーに。

アオガミネサトルに

かけられる言葉など有るはずもないのだから。


「私は、目覚めました。

あの丘で。貴方の腕の中で。」


だから。私は、私の身の上を。

拙い感情表現では汲み取れる筈のない胸中を。

ただ、つらつらと。

サトルさんに、語るのみ。


「私は、わかりません。

彼女は。カナメユリネは。

私には何も、遺してはくれませんでした。

私の持ちうるものは、多くは無いのです。

貴方。私のたった1人のパートナー、

アオガミネサトルと。

この座標、この六畳半と

それを取り囲む宙羽ヶ丘しか。

私には、ないのです。」

「………」


ーーー、二度目の静寂。

でも、先程のソレとは明確に違う。

測りとることがかなわないほど

冷たく、遠く、巨大に感じられた空白はない。

故に、故にこそ。

刹那に発生する予測不能の永遠を

二人でなら、向き合っていける。


「ーーー、ありがとう。」

「まさか。

貴方が私のパートナーであるように。

私も貴方のパートナーなのですか、ら。」


………?


こてん。

パートナー。

何かしらの属性で紐付けられた二人組。

関係性のリンクを指す語彙なのだから、

後述した内容は前述した単語に

含まれているのであって、

論理文法の無効、同語反復に該当するのでは?


「………んふ。

ーーー、ははは!そうだね、そりゃそうだ。

どうしようもなく当たり前で、ヘンだけど。

念押ししなきゃいけないぐらい

大事なコトだ!」

「………あまり、笑わないでください。

日本語はむつかしい、で、す。」


ひとしきり、カレが笑って。

姿勢を正す。仕切り直す。


「………キミはそう言ってくれたけど。

でもやっぱり、会うことにしよう。

アイツ、まだキミのご両親には

伝えていないみたいでさ。

この宙羽ヶ丘を上手く伏せたまま、

上手く面会の場を

セッティングしてくれるみたいなんだ。

キミが言ったように。

ボクらの決断はやっぱり逃避行だった。

ーーー、逃げちゃいけないんだと思う。

キミだって完治したんだから

親御さんにも顔見せぐらいはしなくちゃあね。

例え何年かかったとしても。

必ずボクらの関係を祝福させてみせる。」

「サトルさんがそう言うのであれば、

やはりそれは正しいのだと、同意します。」


………

………………

………………………


「っ、たはぁ~~~っ!緊張したぁ~~~!」


突然、足を崩して畳に寝そべるサトルさん。


「だっ!あ、あ…足が痺れた…」


かと思えば両足をめいっぱい伸長させている。


「お疲れ様、です。」

「………あ、あぁ。ありがと。

ソッチこそ今日一日お疲れ様。」

「………確かに。肉体的疲労は有りませんが

今日は一入ひとしおに処理領域に負荷をかけまし、た。」

「そっか。じゃあお風呂

冷めないうちに入ってきな。

アイツ念入りに5日も

休日抑えて来たらしいんだ。

メールでビジネスホテル泊まりの奴に通達して

明日の土曜にでも決戦に向けて

打ち合わせをしなくちゃあだな。」

「それではファイト、です。」


立ち上がって浴室に足を進める。

1日を終えるルーティンに移行。

衣服を脱ぎ冷水のままのシャワーを浴びる。

就寝の早い二人だから

戻った時には布団が敷かれていることだろう。

長い。長い1日だった。




ーーー、ふと。

手を伸ばす。

こめかみの上。

掛かる濡れた髪をなぞって除ける。


「………」


私には、おおよそ、何も無い。

サトルさんと。この六畳半と。

そして頭蓋に埋め込まれた無機物の電極、

それ以外には。

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