慎ましきかな、晩餐会

引きずる様な駆動音と、途端皮膚を撫でる冷気。

軽快な電子音のマーチが立ち入った客人を出迎える。


入り口隅の買い物カゴを抱えて一呼吸。

取り柄のない不慣れな役回りに作業服は身構える。


「ふぅ、今日は何があるかなぁ?」


此処は大手フランチャイズスーパー。

勿論、品揃えの充実した昼頃に

勤労一般男性が訪れられるはずもない。

時刻は割引品の殆どが尽きかけた午後8時。

上貼りされた値引きシールが60%を叩き出す

幕の内弁当を手に取る。

いつもの様に野菜パックとささみ肉。

奮発して薄切り豚肉パック。

大玉のキャベツが視界に入るが、

少し悩んだ後に断念。


ああいった鮮度野菜は収穫から翌日、

県外からの収穫物であれば遅くとも

翌々日に店頭に並ぶらしい。

こじんまりとした型遅れの冷蔵庫とはいえ、

3日程は鮮度を保って保存できる筈だ。


「でも、そんな量いらないんだよなぁ…」


ボク自身好き好んで沢山食べるわけではない。

だが、それ以上に彼女があまり

食べ物を口にしようとしないのが原因だ。

昼ごはんを用意して外出しても

出来立てや少し高めな献立をこしらえても

彼女は自発的に食事を摂らない。

一日のおおよそをテレビの前で過ごし、

こちらから働きかけてやっと

模倣的に行動する。


出勤初日に帰宅すると失禁したまま

座り込んでいる彼女を発見し

大人用おむつの装着を考えたが、

翌日にはトイレで用を足して見せた。

つきっぱなしのチャンネルは国営放送。

こんな形で放送料の意義を確認するとは

思いもしなかった。


しかしながら彼女は、

自らのコンディションに対し、

不満や不快感というものを表面に出さない。

もしや3大欲求である

「食欲 睡眠欲 排泄欲」を

喪失してしまったのではなかろうか。

性欲…は言うまでもない。

今は日々の生活に追われているから。


以前の休み、ドライブのついでに

自然体を取り繕って

彼女を医者の元に連れて行った。

精神科、内科、専門家のカウンセリング。

彼女の体調に関しては、やはり口を揃えて

いたって正常な健康体だと判断される。

いたって正常な健康体だと判断される。

問診や触診、視診、打診に聴診といった

精密とはとても言えない推測程度では

彼女の容態を誰も説明できないのだが。


精神科の先生は精神的ストレスを原因とし

ボクに対してまでカウンセリングを行った。

入室した際に見せた柔らかな表情とは

うって変わって

「正直に答えてくださいね」

とピリついた顔つきで投げてくる

矢継ぎ早の質問。


得られた回答に疑念の色を含ませながら

「えぇ、問題は一切ありませんね…」

と何処か口惜しげに断言した。

流石のボクもちょいとムッとしたけれども。



百合音は病院には行きたがらなかった。


私、そうまでして、結局ムダだったから。


悲しげに微笑みを浮かべながら。

いわゆる、終末期というやつだ。

だから当然、調べればかつての病院で

作成した百合音のカルテが存在する。

慢性骨髄性白血病。

一度の投薬治療。

再発が確認されたのは、ーーー

3月29日、入学式を直前に

控えた時期だったのだ。



医者は彼女の現在の様子をカルテと

照らし合わせて

「奇跡に違いないが、

前例のないわけではない。」

と、目を丸くしながら口にする。


受付所上方に取り付けられた

テレビに視線を注ぐ彼女。

念のためと何度も言われ出された

抗精神病剤の処方箋を待つ間、

キンパツのナースさんに話しかけられた。


「変わったピアスですね!」



その時だった。


視野角外から側頭部に伸びたナースの右手を

彼女は見上げた上体の姿勢をそのままに

凄まじい反射速度ではたき落としたのだ。


突然の出来事に唖然とするナースとボク。

番号札を表示するモニターの通知音にハッとし

すみませんと謝りながらその場を後にした。



ピーマンを両手に見比べながら、追憶に浸る。

勿論目利きなんてこの方やったこともない。

二者択一の家庭科設問。

されど我此処になし、さんざ思案して。

ため息をつき、堂に入った白紙回答。

青椒肉絲は、また今度にしよう。



「ただいまぁ…」


無論、返事はない。


「今日はさ、豚肉にしちゃうんだぜ?

サトルシェフの新作に、乞うご期待!」


100点満点とはいかないまでも、

君の口から及第点を。


すぐ荷物を下ろし、軽くシャワー。

清潔な身なりで調理に取り掛かる。


意気込んで出来上がったのは豚の生姜焼き。

生姜チューブ、醤油、砂糖、料理酒、ごま油で

漬け込んだ豚ロースをフライパンで焼いていく。

あとは付け合わせのミックスサラダ。


少しずつ、焦らず、ゆっくりと。

出来ることを積み重ねていけば。


「一度ぐらい、

美味しいって言ってもらえるよな。」


ちゃぶ台に皿を並べて、腰を下ろす。


「いただきます。」


辿々しいながらも確かにそこにある暮らし。

そうだ、結局のところ何も変わっちゃいない。

彼女がいれば、彼女といれば。

求めていた日々なんて、

ほんのそれだけで事足りるんだ。


「今日は何を見てたの?」


彼女越しにテレビを覗く。

ゴールデンタイムの少し過ぎた

コアな衝撃映像特集。

日常ハプニング、交通事故、心霊現象、

ドッキリ企画。


その一つに。

Unidentified Flying Object。



彼女が唯一見せた特異反応。

あの晩より取り付けられた鉛色の突起物。

スマホのスクリーンショット。

かつて閲覧した胡散臭い特集記事の切り抜き。

題目は「宙羽ヶ丘に漂う閃光」

ライターは伊柳いやなぎたかし



もしも。

万が一。

彼女を脅かすナニカがいるのなら。

どんな手を使っても。

ボクはこの手で、百合音を救い出して見せる。

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