丘の上。夜分遅くにピクニック。

彼女と2人で乗り回した中古車の軽から降り、

運転席のドアをバタムと閉じる。


時は夕方。

周囲はすっかり夕陽に包まれ、

遠くに望む家々に生活の明かりが

灯り始めている。


助手席に回り眠ったままの

彼女を背負おうとするが、

上手く彼女の上半身を支えられず断念。

仕方なくお姫様だっこの姿勢で、

座席から百合音を抱き上げた。


此処は丘陵の中腹に位置する住宅街

宙羽そらうが丘を抜けた、なだらかな頂上だ。


この場所からの展望は

住宅街からさらにその麓に広がる近郊部、

果てには海と空を分ける水平線が見える。


ささやかな幸せをたたえた

アパート六畳半の暮らし。

予定のない休日は、

百合音と質素な住処を後にし

公園として土地利用されたこの丘には

息抜きドライブのメインイベントである

サンドイッチ同伴のピクニックで

よく訪れていた。


上半身に偏る重心。

足元の傾斜に気をつけながら芝生の丘を登る。


「また痩せたんじゃない?

スタイルはいいかもしれないけど

これじゃあちょっと心配だな。」


声が震える。

外気が冷え込んできて吐く息が白くなる。

頂には大きな楠の木。

アソコだ。

今日の最後はあの場所で

彼女と過ごすと決めた。

ふらつく足取りをそのままに

ゆっくりだが一歩一歩踏みしめる。


怪訝そうな顔で遠くから眺めていた来訪者も

陽が落ちるにつれて公園から立ち去っていく。


傾斜がなだらかになり、大きな常緑樹の根元。

彼女を力強くそびえ立つ胴に、

もたれかけさせる。

隣に座り込み、上がった呼吸を落ち着ける。



彼女との出会いは学生時代。

いや、出会いって言うのには

一方的だったかも。

新学年の高校2年。

彼女は隣の机。でも、ーーー

その机には誰も着いていなかった。


そうして2週間。

折角隣の席が女の子だってのに、

全く学校来ないんじゃあ

ヤロウが隣の方が幾分マシだ。

不運なことにこのクラスは彼女を抜いて奇数。

ペアワークの時間を持て余す3限目に、

彼女は、現れた。


花粉の季節にマスク。そう珍しくもない。

されど何処か浮世離れした箱入りの雰囲気。

華奢な体躯に小さいカバンを両手にもち

ドアの前に叶芽かなめ百合音ゆりね

たどたどしている。


顔すら見たことなかったけど。

「君の席、ここなんじゃない?」

頬肘ついて空いた左手で隣を指差した。


急いで席に着く彼女。


蒼ヶ峰くん、だよね…

「ボクのこと知ってるの?」

名簿ぐらいしか、見るものがなくって。

「ふぅん…」


授業すすめんぞ~!と物理の先生。

クラスを持たない癖ツヨ教師だから

彼女のことも知らずに授業が再開した。


「今のウチ、ホームルームの1分自己紹介。

考えといた方がいいぜ。

ボクはダイ失敗したから。」

そう言い足して、彼女は小さく笑った。



懐かしい記憶がフラッシュバック。

いや、今のが走馬灯ってやつかも。

見れば1時間ほど経っている。

空はすっかり暗くなってしまっていた。

ちょっと消耗しすぎたかな。

体温が、夜風に奪われていく。

目の前が霞んでいく。

…彼女と手を結ぼう。

伸び切った彼女の腕を触る。



だが、もうソレは叶わない。

首周りから進行した硬直は最早、

彼女の全身にまで及んでいた。

グキッ。鈍い音。

…やっぱりヤメだ。



彼女を連れ回すのは。

ハナからドダイ無理な話だったんだ。



夜7時。

丘の頂上に大木。

そのふもとに男女が2人。


消え入りそうな意識の中で

幸せに溢れた日常のなか、

彼女がふと呟いたセリフを思い出す。ーーー



宙羽ヶ丘の由来はね、

夜ごく稀に、UFOがみえるからなんだって。



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