第69話


「なっ……!」


「これだけの人数の責任を問われる事となる……デイナント子爵も今から大変だなぁ?」


「っ、そんな訳ない!!全部嘘よ!デタラメだわ」


「今までの悪事が全て返ってくるね……その様子だと何も悪いと思ってないんだろうけど」


「……っ、違うわ!わたくし、そんな事をしていないわ!!」



ぐるりと周囲を見渡すと、憎しみの籠った視線を"ジャネット"に送る令嬢や令息達の姿があった。

姉が今まで彼等に何をしてきたのか……その光景を見るだけで分かるように気がした。



「ねぇ、ウェンディ……!」



そんな時、大声で名前を呼ばれて姉の方を見る。



「わたくしは何も悪くない!!そうでしょう!?」


「…………!!」


「わたくしは何もしていないって、この人達に教えてあげてッ」


「……お姉様」


「ウェンディは、わたくしを見捨てるわけないわよね!?だって姉妹でしょう?わたくし達は家族だもの……!!」


「………」



こうして簡単に手のひらを返す姉の姿を見て愕然としていた。

まるで、今までの事が何もなかったように平然と言っている姿を見て怒りが込み上げてくる。

もし母がこの場に居たとしても、きっと同じ事をするのだろう。


(どうして……?私がお姉様の味方になるって本当に思っているの?これだけの事をしておいて……!!)


今までは、そんな理不尽を当たり前のように受け入れていた。

家族だから、姉だから仕方ない……そんな思いがあったのかもしれない。


けれど、今は違う。ハッキリと分かるのだ。

もう姉に振舞わされる必要はない……そう思った。


伸ばされた手を避ける様に一歩、後退する。

静かに首を横に振ってから、焦りからか眉を寄せる姉を真っ直ぐに見据えた。



「お姉様、傷付けた人達に謝罪してください」


「!?」


「誠意を見せて……罪を、償って下さい!!」



今までのように、姉を庇うことなく淡々と告げる。

言い訳をしながら、しおらしい態度を取っていた姉は、血走った目で此方を睨みつけた後に掴みかかろうと手を伸ばす。

その行動から姉にとっては自分は家族ではなく、都合の良い駒なのだと思い知らされる。



「ーーこのッ、裏切り者があぁ!!」



殴りかかろうと手を振り上げた姉の間に一瞬で入り込んだゼルナが腕を引いて体を倒した後、一瞬で身動きが出来ないように背中を押さえつける。


その見事な手捌きに歓声が上がった。

暴れて呻き声を上げる姉を見ても、もう"羨ましい"と思うことはなかった。

昔はあんなに輝いて見えた姉が、今はもう見る影もない。


これも欲に溺れて、人々を騙し、奪い取っていった結果なのだろう。



「放しなさいよッ!わたくしはやってない!!誰かがわたくしを貶めようとしているの……っ!!」


「……来い!」


「嫌よッ!!こんなの嘘よ……!!いやぁあぁッ」



直ぐに騎士に拘束された姉は最後の抵抗とばかりにもがきながら、引きずられる様にして扉の向こうへと向かう。

暴言と金切り声が次第に遠のいていった。


姉を庇い、手を差し伸べる者は誰一人居なかった。


ふと、視線は後ろにいたフレデリックへと集まる。

彼は顔を背けた後に唇を噛んで、黙り込んで動かなくなってしまった。


(……どうしていいか分からなくて泣きそうになっている時、いつもこうしていた)


フレデリックは嫌な事があると、いつも顔を背けて逃げてしまう。

以前それを指摘した時に「俺はウェンディみたいに強くないんだよ!」と言われてから、見て見ぬふりをしていた。


フレデリックの顔色を窺い、遠慮するようになってから、彼はどんどんと変わっていった。

今思えば、彼を気遣い過ぎた此方の態度も原因なのだろうが、彼はこうして同じ事を繰り返しながら生きていくのだろう。


ゼルナと共に前に進み愛されている今では、あんなに辛く悲しかった気持ちは、ただの思い出に変わっていた。

あんなに自分の中で大きな存在だったフレデリックが今はとても小さく見えた。


安心したように微笑んでいるゼルナが此方に手を伸ばす。

その手を取ろうとした時だった。



「……ま、待ってくれ!」



その声にいち早く反応したのはゼルナの方だった。

鋭い殺気の籠った視線に、フレデリックは大きく肩を揺らした。

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