第42話
何故、こんな大切な事を忘れていたのか。
本邸の存在に気付かなかったのか……自分でも驚きである。
此処に来た時から、ずっとこの辺境の地で生活していくのだと思い込んでいた。
しかし此処が別邸だと説明されたら、そうなのかと納得してしまう。
こんな基本的なことに気付かない程、今までこの生活に慣れる事に必死だったようだ。
(……社交シーズンだけは本邸、つまり王都に行くのね)
マルカン辺境伯は国王の弟でゼルナは王子達の従兄弟にあたる。
本来は公爵でもおかしくないはずなのに、好んで辺境伯の爵位を賜ったことは知っていた。
そう思うと本邸が王都にあるのは当然なのだろう。
マルカン辺境伯はいつも本邸に滞在しながら仕事をしているようだ。
(久しぶりの王都……大丈夫かしら)
その晩、マーサと共に夕食の片付けをしながら話していると……。
「こんな生活をしていると忘れてしまいそうになりますが、旦那様と坊ちゃんは王家の血を濃く引いております。旦那様と坊ちゃんの希望で此処で生活をしているのですよ」
「…………忘れていました」
「うふふ、そうだと思いましたわ」
「王都にある本邸は比べものにならないくらい豪華で煌びやかなのですから、楽しんでいらしてくださいね」
「……!?」
マーサも一緒に王都に一緒に行くものだと思っていたが、この辺境の地に残るそうだ。
王都に滞在している間、屋敷の管理や動物の世話をしてくれるらしい。
あまりのショックに動けなくなってしまい、それを見たマーサは「また直ぐに会えますよ」と困ったように笑っていたが、心にはポッカリ穴が空いたようだった。
本邸にはマーサの妹が居るらしく、手紙のやり取りをして情報を交換している為「安心して過ごせますよ」と言っていたが、マーサと別れるのが名残惜しくて、三日間ずっと一緒に過ごしていた。
夜、必要最低限の荷物を纏めながらボーっとしているとゼルナに「……ごめんね」と言われて慌てて首を振った。
そして王都に行く日、馬車から顔を出してマーサとの別れを惜しんでいた。
ゼルナが此方を気遣って休憩を何度も挟んでくれたお陰で、お尻も腰も痛くなる事はなかった。
辺境の地に向かう時とは全く違う気持ちだった。
馬車の中でゼルナと幸せな時間を過ごしていた。
半年振りに訪れた王都の煌びやかさに眩暈を覚えた。
しかし、もっと驚いたのが……。
「…………ゼ、ゼルナ様」
「どうしたの?ウェンディ」
「ほ、ほん、本邸って……」
「あぁ、此処だよ?」
(やっぱり、そうですよね……)
目の前に聳え立つ豪邸に圧倒されていた。
(デイナント子爵邸の何倍かしら……?比べるのも失礼よね)
今まで暮らしていた辺境の家とは、あまりにも差がありすぎではないだろうか。
門に着いて馬車から降りると、ズラリと並んだ侍女や従者達にゴクリと唾を飲み込んだ。
「「「「「「おかえりなさいませ」」」」」」
「!!?」
「ああ、ただいま」
次々に腰を折る人達の間を抜けて、巨大な扉の前に辿り着く。
燕尾服をピシッと着た初老の男性が、柔らかい笑みを浮かべながら頭を下げる。
「お待ちしておりました、ゼルナ様」
「父上は?」
「仕事が長引いております。明日にはいらっしゃるかと」
「そうか、分かった」
頭を上げた男性と目が合う。
外観もさることながら内装の豪華さに目を奪われていた。
「ぼ、僕の、つ……妻のウェンディだ」
「……!!」
ゼルナがそう言ったあと、頬を真っ赤に染めて顔を背けてしまった。
つられて此方まで顔が赤くなってしまう。
二人で目を合わせながらも、モジモジと照れていた。
(ゼルナ様が私の事を"妻"って…………嬉しい)
心の中で感動していると、初老の男性は嬉しそうに微笑んでいる。
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