第40話 フレデリックside④


「帰って……ッ!!」


「え……?」


「ーー帰れって言ってるのよッ!」


「……!!っおい、ジャネット!」



またいつもの癇癪が始まった。

カップやスプーンを投げるのをやめさせようと手を伸ばすが、触るなと言わんばかりに手を振り払われてしまう。

侍女達に連れられるがまま、ジャネットから距離を取る。


(信じられない……!なんなんだよッ)


何かあったらアドバイスをくれていたデイナント子爵夫人には助けてもらえない。

デイナント子爵は何があろうとも基本的には見て見ぬふりだ。


ジャネットとは話ができる状態ではなく、屋敷から立ち去るしかなかった。


自分が惨めに思えて仕方なかった。

しかし、次第に怒りが湧き出てくる。


(ジャネットが婚約者になってから、何もかもが上手くいかないッ!!)


欲しがってばかりのジャネットは、常に自分に尽くす事が当たり前だと言わんばかりの態度だ。

ウェンディが婚約者だった時の居心地の良さが懐かしく感じると共に戻りたいと思っていた。


ジャネットの美しい容姿を見て、最初は喜んでいた母は最近、彼女が邸に来ると嫌な顔をするようになった。

父は「婚約を破棄することを視野に入れた方がいい」と言う始末だ。

恐らくジャネットには伯爵家を支えられないと判断したのだろう。


ウェンディとあんなにも長く続いた関係は、ジャネットとは半年と持たずに破綻してしまった。

我儘で浪費家、気に入らないと癇癪を起こして周囲に八つ当たりをする。

常に文句を吐き散らす彼女はニルセーナ伯爵邸でも評判は悪く「ウェンディ様の時はこんな事はなかった」「ウェンディ様の方がいい」と言われていた。


(我慢の限界だ……同じ姉妹で何でこんなに違うんだよっ!)


以前の彼女は華やかで眩しくて、まるで高嶺の花のように手の届かない存在だった。


「明日も話したい事があるから来て」

「新しいドレスが欲しい」

「わたくしに、もっと愛していると言って」


平気で無理難題を押し付けてくるジャネットに驚きはあったが、初めは仕方ないと我儘に付き合っていた。


けれど、もう限界は近付いていた。

ジャネットと関わって分かった事は兎に角、ウェンディとは真逆だという事だ。


ウェンディは物を強請らなかった。

ウェンディは文句を言わなかった。

ウェンディは場を弁えていた。

ウェンディは此方の都合をいつも優先してくれていた。


どうしてこんな事になってしまったのか……暗闇に覆われていた。

再びウェンディと婚約者に戻りたくても、彼女は嫁いで『結婚』してしまった。

取り戻そうとしても、手が届かない場所に居る。


(ウェンディは俺が好きじゃなかったのか……?あんなにアッサリと他の男と結婚して!!)


ウェンディに裏切られたような気分だった。


(こんな事になるならいっその事……!婚約を破棄してしまえばッ)


そう思って首を横に振った。


ジャネットと"真実の愛"で結ばれた筈なのに、一年も経たないうちに婚約を破棄してしまえば、自分自身でその噂を否定してしまう事になる。

嘘をついていたのは自分達だと証明する事になる。


(そんなのは嫌だ……耐えられない!!)


今はそれだけの為にジャネットとの婚約関係を継続していた。


それにもう一つ、ある噂を耳にしていた。

それはジャネットとフレデリックはウェンディを裏切り追い出したというものだった。


明らかにそちらの方が正しいし、真実なのは分かっている。

一体、誰がそんな噂を流したのかは知らないが、この真実が漏れるのだけは避けなければならない。


(あんな風に言われるのは絶対に嫌だ……!俺は悪くない!ジャネットがあんな事をしなければ、俺は幸せでいられたのにッ)


"当たり前"が消えて初めて、自分が幸せだった事に気付いた。

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