第30話 ゼルナside③


屋敷を訪ねてきたウェンディにブルが飛びついた瞬間に「もうだめだ」「やってしまった」と思った。

皆と同じように、父に文句を言って怒りながら帰っていくだろう。


倒れてしまったウィンディに手を差し伸べたものの、力加減を間違えたらどうしよう、と思うと緊張してしまった。


(触れたら、折れてしまいそうだ……)


自分を従者だと思ったようで「ゼルナ様はいますか?」と尋ねてきたが、名前を言うだけで精一杯だった。


その後もウェンディはずっと屋敷に居て懸命に仕事をこなしていた。

特に此方に干渉してくる事もなく、マーサと仲良さげな話し声が度々聞こえていた。


自分がちゃんとしなければ……ウェンディと向き合わなければと、心の中でそう思っていても、何も出来ないまま時が過ぎていく。


夫婦らしい会話をしたことなんて一度もなかった。


ウェンディは、普通ならば絶対に嫌厭する姿を見ても平然としていた。

素手で自分よりも大きな動物を倒して持ち帰ったとしてもウェンディは倒れはしたものの、逃げ出したりしなかった。


(何で……?)


それが不思議で、嬉しくて仕方がない反面で、誰にも受け入れられない現実を知ることが怖かった。


(……このままでいい。傷つくくらいなら)


本当は……臆病で投げやりで何も出来ない弱い自分が大嫌いだった。

ただ、頑張っているウェンディの姿を遠目から眺めては申し訳なさと、前に進めない自分に苦しんでいた。


そんなある日、ウェンディが夕食を一緒にどうかと誘ってくれた。

困ったような笑みを浮かべながら遠慮気味だった。

頷くべきだと分かっていたが、心の準備も出来ないままだった。


(また失敗したらどうしよう……折角、屋敷に居てくれるのに)


それに、こんな自分と一緒に食事をしても楽しくないだろうと思い、ウェンディの申し出を断ろうと小さく呟いた。


断ろうとしている事が分かったのだろうか。

悲しげな彼女の顔に心が酷く痛んだ。


(でも、彼女に失望されるくらいなら……)


しかし、父が急に帰ってきたことで大きく展開が変わる。


ウェンディは"自分が妻として出来ることを"と、懸命に料理を作ってくれて、必死にここに馴染もうと頑張っていた事を知った。

そしてウェンディが何故、自分の所に嫁いできたのか……本当の理由を知って愕然とした。


実の姉に婚約者を奪われたのだ。


恐らく、手紙に書いた"裏切らない"と言う言葉を信じて、縋るような思いで此処に来たのだろう。

その中で懸命に頑張る彼女に自分がしていた事は……。


(僕は、なんて事を……!)


今まで自分の事ばかりで、ウェンディを避けていた事を強く後悔していた。

父に結婚についての認識の甘さを指摘された事で、自分の愚かさと大きな過ちにやっと気付く事が出来た。


彼女の誠実さを踏み躙って、自分が嫌っていた令嬢達と同じ事を平気でしていた。

上辺だけで決めつけて、顔を背けていたのだ。


(母上もよく言っていた……幸せは二人で積み上げていくものだって)


もう何もかもが手遅れかもしれない。

ウェンディはこんな自分を嫌いだと言うかもしれない。


(そう思われても仕方ない事をしたんだ……だけど、結婚を決めた以上、僕には彼女を幸せにする責任がある)


許してもらえるかは分からない。

けれど覚悟はもう決まっていた。


(ウェンディは他の令嬢とは違う……なら僕も逃げてばかり居ないで向き合うべきだ)


今まで裏切られて辛い思いをしてきたウェンディを幸せにしたい。

彼女の頑張りに応える為に、何が出来るだろうか。


(たとえ嫌われていたとしても、自分がしてきた事が許されなくても……今度は逃げたりしない)


決意固く歩き出した。

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