第28話 ゼルナside①
ウェンディがマーサと食べ終わった皿を片づけている間ーー
目の前に立っていたのは険しい顔をした父だった。
「ゼルナ……」
「…………僕は」
「これがデイナント子爵夫人から送られてきた手紙だ。読んでみなさい」
「……はい」
厚い封筒の中から数枚の紙を取り出した。
驚くべき事に枚数が進むにつれて、インクが滲んだ跡がある。
恐らく涙の跡だろう。
子爵夫人の手紙を端から端まで通して読んでいく。
読み進めていくうちに、ウェンディがどんな経緯でこの場所に足を踏み入れたかが見えてくる。
震える手で手紙を折りたたんだ。
そこには母親として娘を心から思い遣る言葉が綴られていた。
心から愛していた婚約者と姉が、体の関係を持ってしまい、その裏切りを目撃してしまったこと。
婚約を解消した後に、醜聞を恐れて元婚約者と姉がすぐに婚約したこと。
そして……ウェンディは心ない噂に苦しめられていた事。
元婚約者であるフレデリックと姉であるジャネットは、何事もなかったかのように平然と過ごそうとしているそうだ。
このままではウェンディの心が壊れてしまうのではないか……二人の姿を見たくないと、ウィンディは辺境の地へと赴く覚悟を決めたのではないかと。
そして最後には謝罪と、娘を案じる言葉が震える文字で書かれていた。
「……ッ!」
初めて聞くウィンディの事情に胸が締め付けられる思いがした。
此処にそんな噂は全く届く事がない。
『君が裏切らないのなら、僕も絶対に君を裏切らない』
その言葉を信じて来たのではないか……そう思ったのだ。
「ウェンディは手酷い裏切りを受けて此処にいる」
「…………」
「何故……私の手紙を読まなかった?」
「っ、また……いつもと同じだと思った」
「お前は自分自身で彼女がいいと選んだのではないのか?何の為に結婚をしたのだ?」
「…………それは」
震える唇を噛んだ。
今は、ウェンディに自分の我儘ともいえる条件を一方的に押し付けていた。
彼女の事情を聞いて胸が痛んだ。
「お前がウェンディと何も関わっていない事は会話を聞いてすぐに分かった……だが、私は折角迎えた妻をこうして放置しているとは思っていなかった。己に向き合わずに怠慢を許されるがまま許していた事に、強い怒りを感じている」
「…………申し訳、ありません」
父の言う通りだと思った。
ウェンディに嫌われる事が怖くて、避けてしまっていた。
今までのように文句を言われて、心ない言葉を言われながら去っていくのではないか……毎日毎日、そう思っては怯えていた。
「やっと覚悟を決めたのだと思っていたのだが……お前には失望したぞ」
「……でもっ、彼女の事情を知らなかったんだ!!」
「事情があろうとなかろうと、知らない土地で一人で馴染もうと頑張っていたウェンディの気持ちを考えると胸が痛い」
「…………」
「それに何も与えてはくれないお前の為に、レシピを取り寄せてマーサと共に料理を作る…………そんな事をしてくれた令嬢が今まで居たのか?貴族の生まれで同じ事をしてくれたのは、私が知る限りではリアーナだけだった」
「……!!」
「お前が見目で苦しみ、受け入れて欲しいと思う気持ちが強いのは分かる…………だが、お前自身はどんな相手でも受け入れる覚悟は出来ていたのか?」
「…………いいえ」
「不誠実な態度をこれ以上続けるのなら、私はお前を許さない。人としても武道を極める者としても最低な行いだ。」
「……っ」
「貴族の令嬢達にとって結婚とは己の人生そのものが掛かっている。それを理解していない訳ではあるまいな?」
「…………」
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