第12話 郷司史美先輩と「小森耀子さん」(1)

 富貴恵ふきえの手本で、と総子ふさこが言うので、富貴恵は、校歌の最後の部分を歌いながら、振りをして見せた。

 「一回めの「瑞城ずいじょう」の「ずい」のところで右手を上に上げて、「じょう」でキラキラさせながら大きく回して下ろす。二回めの「瑞城」は左手でおんなじ動き。上げて、動かすほうの手に意識が集中しがちだけど、下ろしてるほうの手もだらっとならないように気をつけて」

などと説明する。

 説明してから、

「ずいじょー、ずいじょー」

などと歌いながら、速さを落として、演技してみせる。

 これ、動画に撮っておいてあとで再生して見たら、確実に笑う。

 まじめくさって校歌を歌って、振りをつけているなんて。

 でも、新人の二年生も一年生も、まじめにその演技を見ていてくれた。

 ありがたいことだと思う。

 「じゃ、まちがってもいいから、やってみよう」

と富貴恵は言って、校歌の最後の部分に合わせて、ポンポンをもたずにステップを合わせてみる。

 去年からいた総子と富倉とみくらひとみがきっちり合わせられるのは当然だ。

 一宮いちのみや夏子なつこは、最初のうちは振りを覚え切れていなくて失敗したけれど、リズムは正確だ。ダンスが好きということで、そのリズム感も天性のものらしい。

 さめ皓子てるこはそれ以上だった。

 すぐに振りを覚えてしまった。

 それに、ふだんは「みすぼらしい子」という印象なのに、演技するとそれが一変する。軽やかにリズムを取って、思い切りよく手足を動かして、華やいだ雰囲気を振りまく。

 この子も才能がある。

 末廣すえひろ晶菜あきなだけは最後まで体の動かしかたが硬かった。

 でも、いっしょうけんめいなのはわかった。振りもよくまちがえたけど、正確に覚えようとしているのはわかった。図書委員をまじめにやっていただけあって、まじめなのだろう。まじめさは信頼してもいいみたいだ。

 厚朴ほおのき寿野じゅの滑川なめかわゆいは演技は正確で質も高かった。さすが経験者だ。

 厚朴寿野は、斜め上に手を伸ばすときに角度が浅すぎると思った。あと直立の姿勢でちょっと背を反らせ気味になる。それが種子しゅうじはまで身につけたやり方なのかも知れない。

 何回かやって、富貴恵も汗をかいて息が上がってきた。一宮夏子はだらだら汗を流していたし、末廣晶菜は肩で息をしていた。鮫皓子は、汗ばんで肌の艶がよくなったかな、と思うくらいで、とくに変わっていない。一年生二人はだいたい富貴恵と同じような疲れ具合だ。

 それで

「ちょっと休憩」

と言おうとしたときに、三年生の一人が大きな音で手をたたいた。

 「はーい、こっちに注目してください」

と声をかけた。

 あまり通りのいい声ではない。

 声をかけたのは、がっちりした体格の髪の長い三年生らしい。

 さっき、郡頭こうずまちといっしょに、もう一人の体の大きい先輩と話をしていた。

 いままで部にはいなかったメンバーだ。

 そんなひとがいきなり仕切るの?

 富貴恵がそう思ったとき、椎名しいなひとみ先輩がその先輩の横にさっと並び、澄ました顔で教室を見渡す。

 唐崎からさきが、大山おおやまという派手な先輩とさっそく何かしゃべろうとしたが、すぐにやめて、髪の長い先輩と椎名ひとみ先輩のほうを見た。

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