第40話「猛烈な尿意」

「ニャッハッハッハ。武田、しっかり検ビンしてるか? ちゃんと見てないと大変なことになるぞ」


 誰もいない空ビンが並んでいる場所で山口はクラフトテープの破片を空のビンの中に入れた。

 酒の空ビンはリンサーと呼ばれる機械で高圧洗浄されるが、紙のような物はビンに張り付いてしまい取れないことがある。


 ❃


「なんだ、これ?」

 酒の入ったビンの中にクラフトテープの破片が入っていた。

 武田は、ちゃんとした検ビンのやり方を二番手、三番手のおばちゃん達に教わり、検ビンも出来るようになっていた。


 山口め、ちゃんとした仕事のやり方も教えられないくせに朝の挨拶もしない。

 武田は、仕事のやり方を教えられなかった山口を怒っていた。

 武田は山口に対して、朝の挨拶だけはちゃんとしていた。

 しかし、山口は武田に挨拶されても軽く頷く程度で、武田に対して自分から挨拶をすることはない。他の人に対しては愛想良く挨拶をするのだが、特に役職の有る人に対しては丁寧に挨拶をしていた。



 武田が検ビンを始めて1ヶ月。

 武田はトイレに行ってオシッコをしょうとしたら、猛烈な尿意が来た。

 なんだこれは!?

 便器は目の前なのに、ズボンのチャックを開けるのがもどかしい。

 まずい、まずい、下着がからまって出せない。漏らしそうだ……


 なんとか間に合ったが、その後も急な尿意は現れるようになった。


 ❃


 武田の自宅。

「なあ、マナミ、今日、ものすごい尿意がきたんだよ。トイレの前なのに漏らしそうな感じ、これってなんだかわかるか?」

「尿意ね……機械排尿ってのは、あるけど、それかな?」


「機械排尿? なんだそれ?」


「オシッコをするとき、全部をしぼりだすようにすると神経が刺激されて頻尿がひどくなるのよ」

「しぼりだしすようにするのはダメなのか?」

「そうなのよ。オシッコは力を入れないで自然にださないとダメなんだって」

 マナミはオシッコについていろいろと勉強をしていた。

 武田は自分で勉強するということはしなかった。


「オシッコをするのも難しいな。自然にといっても、けっこう残った感じもするんだよな」

「男性は尿道が長いから、そこに残るんだって」

「尿道か……オシッコをしても、2〜3分して、またしたくなるんだよ。そして、オシッコがまたでるんだ」


「膀胱が弱ってきたの? 前立腺が腫れてきた?」

「わからん。昔みたいにシャーーッと出したいな〜」


 ❃


 職場。

 この椅子って、気にしてなかったけど硬いな。座布団を付けたらいいんじゃないか?

 武田が椅子をしげしげと見ていると、検ビンの二番手のおばちゃんが話しかけてきた。


「その椅子、硬いでしょう? お尻が痛くなるのよね」

「あっ、ええ。座布団を付けたらいいんじゃないですかね?」

「そうなのよ、本当は、座布団が付いていたのよ。二ヶ月くらい前かな? 武田さんが来る前に、異物のクレームが会社に来たの、それで、坂本班長が怒っちゃて、座布団は洗濯に出すって言って三枚とも持っていっちゃったのよ」


「異物があったんですか……」

「そのころは、ひどかったのよ! 空ビンを機械に乗せる人が新人の人で、ダンボールの箱に入ったビンを機械に乗せてフタをしているクラフトテープをカッターで切るんだけど、その時にダンボールの端も切ってしまって、ビンによくダンボールの切れ端が入っていたのよ」

「そうなんですか」


「そうなのよ、それで、今はダンボールを切らないように、カッターを禁止にしてペーパーナイフでクラフトテープを切っているのよ」

「その新人の人が今も切っているんですか?」

「いや、いや、あの人は、坂本班長に滅茶苦茶に怒られて辞めちゃったわ」

「坂本班長は、怒りすぎじゃないですか?」


「そうなんだけど、もし、異物が入っていたってテレビのニュースになったりして、商品の回収なんてことになったら、会社が潰れるくらいのお金がかかるらしいの……」

「そうなんですか……怒るのもしかたないのか……でも、もっと優しく仕事を教えてもいいんじゃないですかね?」

「坂本班長は、一応は仕事を知ってはいるけど、詳しいわけじゃないから教えられないのよ。やっぱり、その仕事をやってる人じゃないとコツとかはわからないのよね……」


 ❃


 製造が終わり、武田は坂本班長とばったり会った。

「武田さん、仕事は順調ですか?」

 坂本班長が話してきた。

「はつ、なんとかやっています……」

 武田が答えると、ハッと座布団の事が頭に浮かんだ。

(座布団の事を言ってみるか、お尻が痛くなるもんな)


「あ、あの、坂本班長」

「ん、何か?」

「あの、座布団なんですが、椅子に座布団を付けてはどうでしょうか?」


「あ〜っ、座布団か、あれね。洗濯に出してたんだったかな? 忘れてたよ。ありがとう、武田さん」

 坂本班長は、にっこりと笑って去って行った。


 は〜っ、良かった。また怒鳴られるかと思った……

 額からでる冷や汗をぬぐう武田。


 ❃


 壁を蹴っている坂本班長。

「どうかしたんですか?」

 山口が坂本班長に話しかける。


「武田だよ。あいつ、この俺に指し図しやがった! 椅子に座布団を付けてくれって」

「武田ですか、あいつ生意気ですね。僕にも仕事の事で文句言ってましたよ」

「あいつ、積み付けに回してやるかな……」

「積み付け!? あの、みんな腰を壊すやつ。それは面白いですね!」

 山口が嬉しそうに笑っている。

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