第43話「武田、痔になる」
「あ〜〜っ、あ、あ、あ〜〜っ!」
武田家のトイレから変な声が聞こえる。
「お父さん、どうかしたの?」
廊下にいた娘のマナミがたずねる。
「あっ、いや、なんでもない……」
トイレの中から武田が答える。
まいったな〜
肛門が切れたよ。
前から少し出血はあったが、やはり、あれか? あの硬い椅子に座って検ビンしていたのが原因か?
病院には行きたくないな……
見せなければならないもんな……
薬を買って塗れば大丈夫だろう。
❃
近所のドラッグストア。
痔の薬はと……
店内を探しまわる武田。
「あら、武田さん。お薬探してるんですか?」
「えっ! あ、あっ、そう、そうそう。のどが痛くて、咳も出るもんで……」
「そう、風邪かしらね? お大事に」
近所の奥さんが武田に話しかけてきた。
ふ〜っ、びっくりした。
こんな近所で痔の薬を買ったら、誰に見られているかわからないな。街中まで行って買うか……
武田は自宅から離れたドラッグストアで痔の薬を買って、密かに塗っていた。
「あ〜っ、痛い……」
思わず、トイレの中で声を上げる武田。
薬を塗っても傷が治らない。
排便のたびに肛門が切れて、便に赤い糸のように血がつく。
肛門が切れて、もう1ヶ月。薬を塗っても良くならず、排便のたびに肛門が切れて出血と激痛がともなっていた。
泣くほど痛い。排便は気持ち良かったのに今は恐怖だよ。しかし、こう毎日、出血していたら貧血で倒れるんじゃないか?
恥ずかしいが、やはり、早坂さんに頼るか……
❃
早坂氏の健康法教室。
武田は思いきって、早坂氏に痔の治し方を聞いてみることにした。
「あの〜っ、早坂さん、痔の治し方なんて知ってますか?」
「痔!? 痔ですか? 武田さんもなりましたか?」
「えっ、まあ、ちょっとですけどね……」
「はっはっはっ、年取ると、ほとんどの人はなると思いますよ。私もなりまして、ずいぶん苦しみましたよ。そのおかげで初期の痔なら治す良い方法を見つけたんですよ」
「えっ! あるんですか!?」
「ええっ、私も痔の痛みには悩まされましたからね。試行錯誤してみつけましたよ!」
早坂氏は痔の治し方も知っているようだ。
密かに狂喜する武田。あの痛みから脱出する方法を知りたかったのだ。
「やり方は簡単なんですよ。立ったままで足を広げてお尻を持ち上げる気分で上下にお尻をもんであげるんです」
早坂氏が実際にやってみせる。
ズボンの上から右手を右のお尻にあて、肛門の横から手を上に上げるようにもんでいる。
「肛門の横から仙骨の横までもんでやるんです。椅子に座って、お尻が圧迫される部分ですね。お尻の骨にそってもんでやるといいですよ。仙骨の横もコリやすいので、よくもむのがコツです。お尻の骨の上から内側をよくもむんですが、骨の外側もついでにもんだほうがいいです」
「なるほど」
武田は感心しながら早坂さんの動きを真似してお尻をもんだ。
「これは、立ってやる方法と横になってやる方法があります。自宅でやるなら横になってやったほうが楽ですね」
「これで痔は治るんですか?」
武田が早坂氏にたずねる。
「これだけでも治ることもあるでしょうが、肛門も押さえてあげたほうがいいです」
「肛門を押さえるんですか……」
「そう。押さえるんです」
「痛そうですね」
「無理して押さえなくてもいいですよ。ちょっと痛いかなというところまでです」
「そうですか……」
「では、やってみましょう。まずは、トイレットペーパーの使い方です。排便の後、トイレットペーパーで拭きますね」
「ええっ、拭きます」
「一回目は、普通に拭くんですが、二回目はトイレットペーパーの上から肛門を押すんです。押した後で拭きます」
「トイレットペーパーの上から肛門を押すんですか?!」
「そう、押したことないでしょう?」
「ないですね、拭くだけです」
「トイレットペーパーの上から肛門を押すというのは簡単なんですが、言われないと気がつかないもんなんですよ。昔の仙術の本には“指で肛門を強く指圧せよ”と書かれているんですが、現代ではトイレットペーパーがあるので、柔らかいトイレットペーパーの上から押すといいですよ」
「なるほど、裏ワザですか?」
「時代によって導引もかわりますね。でも、トイレットペーパーで肛門を押すのは一回30秒くらいで、二回くらいまでです。それ以上すると、かえってお尻が痛くなったり、痒くなったりするかもしれません」
「一回30秒ですか、けっこう短いですね」
「トイレットペーパーは柔らかいですが、やはり紙なので、やり過ぎると摩擦があるんです。ですから、もっと押したい時は下着の上から押すといいですよ」
「下着の上ですか、なんか汚れそうですね」
「トイレットペーパーで押さえた後なら、そんなに汚れないと思いますよ。それに痔がひどくなったら、汚れるとか言ってられなくなると思いますよ」
「たしかに、痔が治るなら下着の汚れなんてなんでもないですね」
「トイレの中で下着の上から押さえる時は、便座に片足を乗せて、胸を膝に付ける姿勢で肛門を押さえると上手くいきますよ」
「便座に足を乗せるんですか、嫁が居たら怒りそうですね……いないからいいか」
「下着の上から押すとけっこう時間をかけても大丈夫ですよ。まぁ、悪化するようならやり過ぎですけどね。はっはっはっ……」
「押すのは傷のある部分を押すんですか?」
「傷のある部分は直接押さないほうがいいです。傷の痛みがあるところと、痛みがない境い目までです。それから、押した後に痔の薬を塗るといいですよ」
「は〜っ、押した後で薬ですか。わたし、痔の薬を1ヶ月塗ったんですが治らなかったんですよ」
「古い血が残っていると治りづらいんです。指で押すことで古い血を出すと、自然と新しい血が入り快復していくんです。その時に薬を塗ると効くんです。傷の化膿止めにもなりますしね」
「薬も効くんですか……」
「最後に、とっておきの技を教えましょう。これは、ひっくり返る危険があるのであまり教えられないんですが、武田さんなら大丈夫でしょう」
「とっておきですか、秘伝みたいなものですね」
「秘伝と言えば秘伝ですね。人には見せられない技ですよ!」
「それは、ワクワクしますね。どんな技ですか」
「こうやって、テーブルに片足を乗せて、片手は椅子の背もたれにつかまり、もう片手で肛門を押さえるんです。こうすると、肛門の肛門括約筋を押す指の角度が正確になるんです」
「すごいかっこうですね……これは、人には見せられないですね……」
武田も早坂氏と同じようにテーブルに片足を乗せて肛門を押してみる。
「なるほど、これは、いい角度で入りますね! これは効きそうだ!」
「体が不安定になりますから、必ず壁か椅子の背もたれをつかんで倒れないようにしてください。それと、これも押す時間は30秒くらいにしておくといいですよ」
「これも30秒ですか、でも効きそうですね!」
テーブルに足を乗せて肛門を押さえる武田。
一緒に来ている娘のマナミと孫のタケルは冷ややかな目で見ていた。
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