第26話「オシッコが出せない」

 武田の日常は、週に2~3度はハローワークに行って検索機を使い仕事を探し、たまに応募していた。


 最近は、列車の清掃の仕事で面接をしたが、二人の面接官の内、一人は乗り気で服のサイズとかを聞いてきたが、もう一人は乗り気ではなかった。

 翌日に電話で不採用と言われた。


 電話が来たから、てっきり採用だと思ったのに、不採用と聞いて思いっきりがっかりした。

 通常、面接して不採用の場合は面接の2~3日後に手紙で返事がくるのだが、電話で不採用と言われるのは珍しかった。

 よっぽど返事の手紙を書くのがめんどうだったのか、切手代がもったいなかったのだろうか?

 電話で不採用と言われるのはいい気持ちではないが、返事が早いというのは待たされる期間が短くて、それは助かった。 


 ハローワークに行かない日や応募をしない日は、図書館で本を読むか、パチンコ屋でスロットをしていた。


 そんなある日。

 スロットをしていてトイレに行ったら……


 あれっ、なんで? オシッコが出ない。

 出したいのに出せない!?


 武田はパチンコ屋のトイレで立ってオシッコの便器に向かっているがオシッコを出すことができなかった。

 尿意はあるのにオシッコが出せない。


 なんだこれ!?

 なんで出せないんだ?


 オシッコを出せないなんて人生で初めてだった。


 最初は不思議だなと思っていたが、だんだんと余裕が無くなってきた。

 オシッコは膀胱にたまるが出すことができない。


 どうしよう、病院に行くか?

 下手したら救急車だな……


 時間は午後2時、病院は開いている。


 いろいろ考えながらスロットを打っていたら大きい方もしたくなった。

 こっちは出るだろうな……


 トイレに向かうと洋式便器には人が入っていた。しかたなく和式便器ですることにした。

 すると、大きい方は普段どうりに出た。

 しかもオシッコも出た。


 なんだい、しゃがむと出るのか!?


 立ってすると出せなかったが、しゃがんでするとオシッコは出た。

 なんとかオシッコを出す方法を見つけてホッとする武田。

 病院行った方がいいかな?

 ただ事じゃないよな、オシッコが出せないなんて……


 しかし、武田は病院には行かなかった。

 検査されるのも嫌だし、もし「がんです」なんて言われたら最悪だと思っていた。


 ❃


 翌日、自宅のトイレで用をたす。

 やはり立ってオシッコを出すことができなかった。便座に座っても出せなかった。

 しかたなく便器の前に和式便器にしゃがむ姿勢でビニール袋にオシッコをした。


 この姿勢だと出るんだよな……どういうことだ?


 自衛隊に入ったばかりのころ、演習地まで行くのにトラックの後ろに乗っていったな〜

 トラックの後ろは向かい合わせに木の長い椅子があり、すし詰めで何時間も乗ってたら、トイレ休憩の時間までオシッコを我慢できない同期の奴がトラックの中でビニール袋にオシッコをして、皆んなで馬鹿にしてたが、あいつは膀胱炎だったな。

 アトピーもあって薬ばっかり塗っていたが、2年で辞めてしまったな……その後、どうしたんだろう、マラソンしても汗をかけないなんて不思議なことを言っていたが……


 ビニール袋にオシッコをしながら昔のことを思い出す武田だった。


 やはり病院に行くか……

 でも……嫌だな……


 そうだ、早坂さんだ! 整体の店をやるって言ってたから、もう開店してるんじゃないのか!?

 電話してみるか、早坂さんならオシッコが出せない原因が分かるかもしれない。


 武田が早坂さんに電話をすると、整体の店をオープンさせたと言うので、客として行くことにした。


 ❃


 早坂さんの店『はやさか循環堂じゅんかんどう

 商店街の端にある店で一人でやっていた。


「お久しぶりです。本当に店を始めたんですね」

 武田が店の中をながめている。

「武田さん、来てくれてうれしいよ」

 久しぶりに武田に合い、本当に嬉しいという表情の早坂さん。


「綺麗でいい店ですね。商店街だから人も入りやすいですね」

「いやいや、閑古鳥が鳴いてますよ。全くお客さんの来ない日も珍しくないんですよ」

「そうなんですか、流行りそうな所ですけどね……」

「私も、いい場所だと思うんですけど……なんでお客さんが来ないんでしょうね?」

 武田と早坂さんが話し込んでいる。


「実はですね、オシッコが出せなくなったんですよ」

 武田が早坂さんにオシッコの話しを切り出す。

「オシッコが出せない? 尿閉にょうへいってやつですか?」

「尿閉? そんな言葉があるんですか!? なんせ、立ってオシッコを出せないんです。しゃがむと出せるんですけどね……」


「それは、たぶん前立腺肥大とかじゃないですか? 前立腺がんもあるので病院で診てもらった方がいいですよ」

「前立腺がんですか、急になったんですよ」

「急にですか、前立腺肥大ならじょじょになりそうだけど、結石が詰まったんでしょうかね?」

「結石って、あの激痛だっていうやつですか?」

「そう、腎臓から膀胱までの管で詰まってしまい激痛で転げ回るらしいですけど、オシッコは出るかな? 両方の管が詰まるわけじゃないもんな……」


 いろいろと話しながら、施術を始める。

 膀胱の周りを中心に触っていると、

 左のふとももの内側に痛がる所を見つけた。

「そこ痛いです。針で刺されたような痛みがあります」

「こんな所が痛いなんて変ですね。右側の同じ所は痛くないでしょう?」

 早坂さんは右のふとももの内側をもんでみる。


「そっちはなんともないです」

 不思議そうにする武田。


「なにか椅子のようなものかな? 角のあるような物に長時間座っていたこととかありませんか?」

 しばし考える武田。


「スロットだ! スロットの椅子は足が床につかない長いやつで、私、左側に体を傾けていたから左のふとももの血管が圧迫されていたんだ!」

 武田の通っていたパチンコ屋のスロットの椅子は、オシャレなバーのカウンターにあるような長い足の椅子だった。


「たぶん、この血管が圧迫されて前立腺の血流が悪くなり腫れたのかもしれませんね」

 早坂さんの説明に納得する武田。

 ひどく痛む部分と、その周りのふとももにも違和感があった。

 早坂さんにもんでもらうと、しばらくしてオシッコを立って出すことができるようになった。

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