第23話「卒業」
いよいよワープロの試験である。
エクセルの試験とやり方は同じだが
皆んな緊張しているようだ。
人工股関節の苫ノ地さんは血圧が上がり横になっている。
体操をする者、スマホで音楽を聴く者いろいろである。
武田はペットボトルの水を飲み気持ちを落ち着けようとしたが、水が喉を通らず吹き出してしまった。
周りの人には大ひんしゅくである。
ひたすら謝る武田。
❃
試験の課題は3つあり、制限時間は50分である。
課題1は単純な文字入力約350文字。
課題2は文章の作成。表作成や編集。
課題3は文字の編集や校正。
課題2と3は大丈夫だ。
問題は課題1の文字入力だ。
武田は、この時、まだ10分間の文字入力は200文字程度だった。
まともにやると時間が足りない。
そこで、3つの課題を全部はやらず80点を目標にして8割づつやるやりかたをとった。
この方法なら文字入力も8割はできる。
7割程度できれば合格ラインだと先生は言っていた。
8割やれば大丈夫だろう……
「試験時間50分、試験開始!」
試験官の号令で試験が始まった。
教室内にいっせいに“カタカタ”とキーボードの音が響く……
五十肩で肩が痛くても頑張って文字入力を練習した。
試験の例題集も何度もやって内容は理解していた。
武田は課題1・2・3と8割程度やる作成で時間内に終わらせることができた。
(たぶん大丈夫だろう……)
❃
試験も終わり、帰る途中に前祝いに人気のラーメン店に入った。
時間は午後5時、まだ店内はすいている。
奮発してチャーシュー麺を頼んだ。
目標である資格試験も終わり気が抜けた。
次は就職か……
もう、すでに就職の内定が決まっている人も何人かいた。
若くて看護師などの国家資格を持っていれば就職も決まりやすいよな〜
俺も就職で使える国家資格を考えるべきだったかな?
この歳だと、また警備員か掃除の仕事くらいかな?
それも雇ってもらえるだけましか……
パソコンの資格があれば、何か別の仕事につけるだろうか?
娘達にも国家資格を取らせてやればよかったかな?
しかし、専門学校でも年間100万円くらい授業料がかかるし卒業まで2~3年か……
まあ、二人とも無事結婚できたから旦那さんに頑張ってもらうか。
「はい、お待たせしました。チャーシュー麺です!」
カウンターで新聞を読みながら考え事をしていた武田にチャーシュー麺が来た。
この店は夕方になると満席で入れないことも多い店だ。
あれっ、なんだろう?
あんまり旨くない。
前は旨かったのに……作っている人が違うのかな?
なんだか腑に落ちないで店をでる武田。
❃
パソコン教室の授業もあとわずか。
パワーポイントを使っての課題が最後である。
武田はパワーポイントを使うのはもちろん初めてである。
パワーポイントは紙芝居のようにパラパラと物語を作れるスライドショーや、広告のチラシを作ることができる便利なものである。
各自でテーマを決めて何枚かのスライドショーを作り、皆んなの前で発表するのが最終課題である。
武田は、これまでの人生を振り返り、パソコンを覚えて、これからの残りの人生をどうしたいかをスライドショーにすることにした。
製作時間はパワーポイントの授業を含めて約一週間。
初めてのパワーポイントに苦戦しながらも、なんとか出来た。
パワーポイント発表の日。
かなり凝った作りの人が多かった。
武田は、実に簡単な初歩の作りだった。
隣りの席の早坂さんも武田と同じレベルだったので、武田は正直ホッとしていた。
前の席の岡崎くんは、意外と凝っていた。
パソコンを使いこなしていて武田とはレベルが違った。
岡崎くん、なかなかやるな。
これならパソコンの仕事につけるかもしれない。しかし、話しをしても、ほとんど返事が「あーっ」で終わりだったな……
パワーポイントの発表も終わり、いよいよ卒業である。
卒業式は教室の中でやる、簡素なものだが、ひとりひとり卒業証書をもらい、女性達は泣いている者もいた。
別れを惜しみいつまでも教室で集まっている女性達。
武田は早坂さんと教室を出て、ささやかな卒業祝いをパソコン教室のそばにある、うどん屋でした。
岡崎くんも誘ったが、すぐに帰ると言って、本当に終わったらすぐに帰った。
「早坂さんとも会えなくなりますね」
武田は、この3ヶ月で早坂さんともなじんできて、会えなくなるのが寂しく思っていた。
「武田さんは、これからもう一花咲かせてください。私も寿命がくるまで頑張りますけどね……」
「早坂さんの健康法、本になって出版されるといいですね」
「ありがとうございます。パソコンで書いてコピー用紙に印刷までなら出来そうですけどね、はっはっはっはー」
武田は、早坂さんの健康法が本当に本になって出版されればいいと思っていたが、肝心の健康法には興味は無かった。
❃
家に帰り、奥さんに卒業証書を見せる武田。
「なんとか卒業したよ」
素っ気なく話す武田。
「おめでとうございます」
同じように素っ気なく話す妻。
「それでは、私からもささやかなプレゼントを……」
妻は、武田に一枚の紙を渡した。
それは、離婚届の用紙だった。
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