間章1

その1 お付き合い始めました

 綾乃と零斗が互いに気持ちを伝え合い、通じ合った日から二日が経った日曜日。

 体調が完全に復活した綾乃は更紗やいずみと一緒に喫茶店へとやってきていた。


「えっと、この度はご心配おかけしました」

「ホントだよ。あたし達がどれだけ心配したか」

「えっと、でももう大丈夫なんだよね?」

「うん、それはもう。昨日一応病院で見て貰ったけど、問題無しって言われたし。明日からは普通に通えるよ」


 綾乃は昨日、定期検診のために病院へと行っていた。その時に念のため今回の体調不良についても伝えて調べてもらったのだ。結果は何も問題無し。体にこれといった異常は無く、健康そのものだと言われていた。

 その際に零斗のことについても言及されることとなり、色々と恥ずかしい思いもしたのだが……それはまた別の話だ。

 そんなことがあった後、ずっと溜まっていた更紗といずみからのメッセージに気づいたのだ。返信が遅れたことを何度も謝った後、こうして集まる約束をしたのだ。


「そっか。良かった。だけど……あたし達に話すこと、あるよね?」

「う……」


 からかうような笑みを浮かべた更紗を見て、やっぱり来たかと綾乃は内心でため息を吐く。更紗の隣に座るいずみも口にこそしないものの、ソワソワとした様子で綾乃のことを伺っていた。

 とはいえ、零斗が綾乃の家に来るように背中を押してくれたのは二人だということは綾乃も零斗から聞いている。つまり言い換えれば、互いの気持ちを伝え合う機会が得られたのは二人のおかげだと言っても過言では無かった。

 もし二人が零斗の背を押していなければ綾乃も零斗も互いの本心を伝えられず、今もまだ燻っていたかもしれない。

 なればこそ、二人に対しての説明責任はあるだろうと綾乃は覚悟を決める。


「その、えっと……二人も、薄々は察してると思うんだけど……」


 綾乃はあの時のことを思い出して頬が熱くなるのを感じていた。零斗と想いが通じ合った瞬間の喜びとドキドキはまだ胸の中に残っている。


「白峰君……ううん、れ、零斗と……お付き合いをすることに……なりました」


 瞬間、更紗といずみがきゃあきゃあと騒ぎ出した。

 ともすれば周囲に迷惑になるのではないかと思うほどだったが、そこは日曜日。喫茶店内は喧噪に包まれており、綾乃達が悪目立ちするようなことは無かった。それでも近くにいた人達は急に騒ぎ出した二人を何事かと言う目で見ていたのだが。


「やっぱりそうだよね、そうだよね! もう今日会った瞬間にわかったし」

「うん、綾乃ちゃんすごく嬉しそうだったもんね」

「え、そ、そんなにわかりやすかった? でもそれならわざわざ言わせなくても良かったのに……」

「わかってないなぁ。綾乃の口から聞くことに意味があるんでしょ。今日は色々と聞かせてもらうからね」


 そう言ってニヤニヤとした笑みを浮かべる更紗。口にこそしないものの、いずみも興味津々といった様子だった。古今東西、恋バナが嫌いな女子などいない。それが仲の良い友人ともなれば尚更のこと。

 一方の綾乃はと言えば。


「えー、もう仕方ないなぁ」


 などと、口ではそういうものの満更でもない様子だった。少なくとも、話したくないというわけでは無かった。


「まぁ綾乃が白峰君のこと好きなのはわかりきってたことなんだけど」

「えぇ、そうだったの!?」

「うん。綾乃ちゃん、口にこそしなかったけどずっと白峰君のこと気にしてたでしょ? 一年生の頃もよく話に出してたし。そんな男の子白峰君だけだったから」

「うそ……そうなんだ。気づかれてたんだ」

「むしろあれだけ露骨で気づかれないと思ってたの?」

「それはその……」


 気づいていなかったのは綾乃自身だ。零斗のことが好きだという気持ちはずっと心の奥底に隠して見ないようにしていたつもりだった。だが、無意識の部分まではどうしようも無かったらしい。

 綾乃と一緒にいることが多かった更紗といずみは、そんな綾乃の変化に気づいていたのだ。


「で? 綾乃は白峰君のどこが好きなわけ?」

「どこって聞かれても困るけど……そうだなぁ」


 問われて綾乃は考える。零斗のどこが好きなのか、零斗のどこに惹かれたのかを。

 しばらくの長考のすえ、綾乃が出した答えは――。


「ごめん、わからないかな」

「えぇ!? 散々悩んだ結果がそれなのっ!」

「好きな所が無いわけじゃないんだよね?」

「それはもちろん。だってその好き……だから付き合うわけだし。でも、零斗の好きな所とか考え出したらキリがないというか。有り体に言えば……全部好き」


 頬を赤らめ、恥じらうような笑みを浮かべる綾乃を見て同性である更紗といずみまで思わずドキリと胸を高鳴らせた。それほどまでに危険な笑みだったのだ。


「こんな笑顔向けられたらそりゃ惚れるよね」

「うん、わたしもちょっとドキドキしちゃった」

「? どうしたの二人とも」

「いーや、なんでもない。綾乃がほんとに白峰君のことが好きなんだってことがわかっただけ」

「その言われ方は少し恥ずかしいというか……間違ってはないんだけど」

「ふふっ、でも本当に良かったね。綾乃ちゃんが白峰君のこと気にしてたのはわかってたし」

「もういつ付き合うのかって感じだったもんね」

「えぇ!? 私、そんなにわかりやすかった?」

「もうめちゃくちゃ。というかあれで隠してるつもりだったの?」

「隠してるつもりというか……」


 更紗といずみは綾乃がひた隠しにしていた気持ちに気づいていた。だが、綾乃本人はつい先日まで気づいていなかった、否、見ない振りをし続けていたのだ。まさかその気持ちが更紗達に気づかれているとは毛頭考えてもいなかったのだ。


「気づかれてたなんて……恥ずかしすぎる……」

「まぁまぁそんなに気にすることないでしょ。どうあれ白峰君と付き合うことには変わりないわけだし。今は幸せいっぱいって感じ?」

「それはその……」


 コクリと小さく頷く綾乃。

 その殺人的な可愛さに更紗といずみは思わず胸をおさえた。


「い、今の顔は卑怯じゃない? あたし思わずクラッとしちゃったんだけど」

「わたし思わず新しい世界の扉を開きそうになっちゃったかも……」

「二人とも大丈夫?」

「綾乃のせいでしょうが! あーもうこうなったら白峰君とのこと根掘り葉掘り聞いてやるんだから!」

「な、なに言ってるの更紗!」

「わたしも気になるなぁ。白峰君と綾乃ちゃんの話、もっといっぱい聞きたいかも。今日はそのために来たみたいなものだし」

「いずみまで!?」


 二対一のこの状況。さしもの綾乃といえどこの状況ではどうしようも無く……というよりも、口では嫌がる素振りを見せながらも話すこと自体は満更でも無かった綾乃は二人からの質問攻めに付き合うことになるのだった。

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